第3話 厳格過ぎる家庭


「大丈夫ですよ。捜査第一課の中には、サイバー犯罪のプロもいますよ。

 出会い系サイト等のほうは、そちらに任せて、まずは教会関係者を当たるべきでしょう」




「分かった、まず、そちらの方面を当たってみよう」




 帰りの車の中で、運転中の高知刑事は、急に中村主任刑事にお礼を言った。




「父の事件の時には、大変に、お世話になりました」




「ああ、あの事件か。結局、迷宮入りとなってしまったが、あれは、このオレが捜査第一課に配属されて直ぐの事件だったので、このオレも必死で捜査したのさ」




「聞き込み捜査された店や家の総数は、軽く500軒を超えたとか?」




「まあ、それぐらいは回ったかな?だがな、高卒のオレには、それしか方法が無かったんだよ。しかし、あの事件以来、いわゆる「ドブ板捜査の中村」が生まれたものと、オレは考えているんや。そう言う意味では感謝もしているんや……。




 犯人を挙げられ無かった以上、高地君からお礼を言われる筋合いは全く無いのだが、高知君は、自分の父親の犯人像をどう考えている?」




「あの当時、何処の誰も聞いてくれませんでしたが、僕の父は巡査長でしかも剣道3段の腕前でした。この剣道3段とは、では、如何ほどのものなのか?


 


 僕は、父の非番の日に、酒を飲んで炬燵兼机の前でゆったりテレビを見ている父に対し、ポスターを丸めて即興で作った紙の剣で、こっそりと背後から襲いかかった事があります。息を完全に止め、靴下を3枚も履いて足音を消して襲ったのです」




「へえ、で、どうやった?」




「僕の紙の剣が背後から振り下ろされる直前に、父は、席からほんの少し体をずらし、そのため僕の紙の剣は、宙を切りました」




「で、お父さんは何と?」




「殺気を感じたと言ってました。




 しかし、あの父が刺殺された事件では、父はまともに肝臓を一突きされています。

 僕の殺気を事前に感じる事ができる父がです。

 この事から父を刺殺したのはプロの人間だと漠然と考えていました。多分、何度も人を殺めた事のある人間だろうと言うのが僕個人の見解です」




「と、するならば、オレの地取り捜査は役に立たなかったのかあ……」




「そんな事はありません。その時犯人が何処にいたかは、誰にも分からなかった事です。正に、地道な捜査しか犯人を挙げる事は出来なかったでしょう」




「そうか、高知君は、自分なりの犯人像を今でも追っている訳だな?」




「そうです、地獄の果てまで、父を殺した犯人を追い詰めるつもりです」




「そうかあ、それに今回の犯人もなあ」




「通称『聖母マリア殺人事件』の犯人をまず捜し出す。父の犯人探しは、一生かけてもやり遂げます」




 事件から1週間後、捜査第一課長を中心に合同捜査会議が開かれた。この会合には、捜査第一課全員、鑑識課から4名、科学捜査研究所から2名の出席があった。監察医は、多忙のため、報告書の提出のみであった。




捜査第一課の係長はあいも変わらず渋い顔をしていた。何故なら、ガイシャに男性関係の陰が全く見当たら無かった事だ。




 これではホシの特定などとてもできる物では無い。しかも、何度も言うように、防犯カメラの映像もなく、目撃者もこの時のみ無かったのだ。




「中村主任、何か、新しい情報は無いのか?」と、ついつい声が大きくなる。




「この前、言ったとおりで、その後の捜査においても進展はありません」




「それじゃ、何にもならないじゃないか!これは、ある意味では、密室殺人事件に近いガサだぞ。よほど、根性を入れないとホシは揚げられんぞ」




「しかし、係長、新人の高知君が、二つの仮説を提示してくれました」




「二つの仮説とは?」




「一つ目は、ガイシャの両親やガイシャが信仰していたキリスト教教会関係者の中に、ガイシャに好意を寄せていた男性がいると言う可能性です。これは、直ちに捜査に入るつもりです。




 で、もう一つは、ガイシャが出会い系サイト等で男性と知り合ったのではないか?と言う仮説です」




「何やと、出会い系サイトやと。しかし、それはいくら何でも少し無理があるだろう。




 あの『聖母マリア』とまで言われたガイシャが、果たして出会い系サイトに顔を突っ込むだろうか?現に、彼女の入っていた携帯会社の通信記録は、既にこちらの手元に入っているが、そのような、いかがわしい記録は一切残っていなかったと記載されてある。これをどう説明するのだ?」




「勿論、彼女の家は特に厳しい家庭環境でした。

 ですので、高知君の意見では自分のスマホ等を使わずに、仲の良い友人のを借りて男性と連絡を取ったのではないか?と言うのです」




「高知君、君は本気で言っているのか?」




「ええ、ガイシャの家風は現代ではあまりに厳格過ぎます。それに対し、内心反発を持っていたガイシャが、親に隠れてこっそり出会い系サイト等にはまる事は、あながち、ありえない事ではりません。これは、あくまで犯罪心理学的な解釈によるものですが。



 それと、ガイシャの体内に残されていた精液の血液型はO型です。ちなみにガイシャの父親の血液型もO型です。このビニール袋には彼女の父親の髪の毛が数本入っています。



 僕は、ある意味ガイシャと自由に連絡を取れる父親が犯人である事も想定し、先程ここに来る前に、事件後1週間も経ったので、お参りも兼ねてガイシャの自宅を訪ねてきました。娘さんの殺害現場から本人以外の髪の毛が数本見つかったので、念のため、お父さんお母さんの髪の毛を数本づつ下さいと言って貰ってきたのです。




 科学捜査研究所の先輩方、この父親の髪の毛のDNAと、ガイシャの体内に残されていた精液のDNA鑑定との整合性を直ちに検証して下さい」




「では、あの厳格な父親が犯人だったと言うのか?」




「勿論、あくまで、仮説ですが。日本の諺に『忙しい時は猫の手も借りたい』と言うのがありますね。僕は、『疑わしければ猫でも疑え!』の心情なのです」




 しかし、このあまりの推理の大胆さに、会議に参加していた全員が腰を抜かさんばかりに驚いたのである。しかし、この仮説を否定すべき根拠は、どこにも無い。あくまでDNA検査の結果待ちなのは、ここにいる全員が漠然と感じていた。




 しかし次の日の会合で、更なる過激な発表があったのである。中村主任より5歳年下の刑事が、ある情報を掴んできたのだ。




「課長、発言していいですか?実は、私も大変に面白い情報を掴んできました」




「それは、どんな情報だ?」




「例の現場となったマンション。あれは女性専用マンションでしたね?でも、入居しているのは本当に女性だけなのでしょうか?」




「と言うと?」




「実は、日本海総合大学の開設にも関わった、かって大臣の経験もある元代議士の孫が、噂では、どうも性同一障害で、しかも両刀使いだとの話があります。要するに男性器も持っているのです。普段から綺麗に女装していますから、誰も気付いていないのですが、戸籍上は男性です。



 その男は、ガイシャの住んでいたマンションに今も住んでますし、ガイシャとも仲が良かったと聞いてます。私の聞いた話ですが、その男性が例のマンションに入居する際、元代議士も陰で動いたとか聞きます」




「なるほど、女装した男性が、例のマンションに住んでいれば、簡単に実行できるなあ」



 だが、この意見に反対したのは高知刑事だった。




「確かにそれは初耳です。しかし、ガイシャの殺害状況や、指紋は一切出なくて精液のみ残っていたと言う、事件の特殊性を考えると、例えそのような男女がマンションに紛れこんでいたとしても、DNA鑑定をすれば一発で分かります。僕は、もっと深い謎があると考えていますが」




「しかし、ともかくその男性入居者をマークするのは、間違っていない。何とか、その男性入居者のDNAを採取できないものか?」と、捜査第一課長。




「いや課長、守衛のオバサンに頼んで、合い鍵を使って彼の使った歯ブラシの毛2~3本を既に入手しています。あとはこれをDNA鑑定するのみです」




「そりゃ話が早い。直ぐに、科捜研に回してくれ。父親のDNA鑑定より先に鑑定してもらうのだ。大至急だ。簡易鑑定でも構わない」




 しかし、結果は、簡易鑑定ですら全く一致しなかったのである。


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