第2話 殺害現場の状況


「なあ、高知君や、今から一度、現場のマンションを見に行ってこようや」




「それがいいですね。僕も、この事件の担当を任された時から、一度は見てみたいと思っていました」




 車の運転を高知刑事に任せながら、手持ちぶさたになっていた中村刑事は言った。




「ところで、高知君は武道の猛者だと聞いていたが、この前の柔道の稽古では、子供のようにコロコロ投げられておったが、あれでは話とは随分と違うのじゃないかいや?」




 しかし、高知刑事はニヤリと笑って、




「まあ、負けるが勝ちとも言いますからねぇ……」




「要するに、わざと負けていたと言う事か。末恐ろしい奴やなあ。しかし、あの柔道5段の大木教官の得意技の大外刈りを何度も何度も掛けられていたが、よく持ちこたえたもんだ。前に、技を掛けられてそのまま失神した先輩がいた程だからなあ」




「まあ、ここだけの話ですが、大木教官が大外刈りの体制に入った瞬間に、既に、受け身の準備をしておくんですよ。そうすれば、ダメージは意外と少ないのです。少なくとも、失神させられる事は、この僕には青い畳の上ならばありませんよ。僕自身、若い時からブリッジ運動で首や背筋を十分に鍛えてきてますしね」




「そうか、何にせよ頭の良い者は考え方が違うなあ。オレは高卒やからなあ。




 ところで、ついでに頭のいい高知君に聞いてみたいのやが、オレが調べた範囲では、殺されたガイシャの身辺に男性の影は見当たらなかった。しかし、ガイシャは少なくとも小1時間はホシと思われる男性と、親しくスィーツを食べたり、缶チューハイを飲んだりしている。




 では、このホシと思われる男性は一体何者なんだろう?これについて、高知君はどんな見解を持っているんや?本当に仲の良い男性が犯人だったのだろうか?

 もしかしたら単に、偶然、知り合った男性を無防備な彼女が部屋に導きいれた結果、あんな犯罪が起きたのだろうか?」




「地取り捜査にかけては、うちの県警の捜査第一課の中でも右に出る者のいない、中村主任刑事が調べても、簡単には分からなかったのです。この事を推論すれば、犯人はただ者では無いと言う事です。普通の考え方では、真犯人にはそう簡単に到達出来ないでしょうねえ」




「そうか?では、やはり難事件の部類に入るのか?」




「はい、そう思います。もう少しで現場に着きますが、鑑識課の報告書によれば、現場からは、犯人と思われるいかなる指紋も唾液も検出されなかったとあります。それでいて、ガイシャの体内からは、男性の精液と水溶性潤滑ゼリーが相当量に残っていた。これを、中村主任刑事はどう考えられますか?」




「まあ、オレ流に推理するとだな、相手は、前科があるか、あるいは何らかの理由で過去に指紋を警察に採られた事のある人間なんだろう。そこで、身元の特定を防ぐために、徹底的に指紋等だけは拭き取った。




 水溶性潤滑ゼリーの件に関しては、相手がハルシオン入りの缶チューハイを飲んで先に寝込んでしまったため、自分のアレを突っ込む時に、入れ易いよう、ガイシャのアソコにたっぷり水溶性潤滑ゼリーを塗り込んで、それから味わうように自分のアレを突っ込んだ。そして、射精後、彼女の首をヒモで縛って絞殺した。こういう事だと考えているが」




「だいたい、僕の考えと似ていますね。何故なら、指紋は、国つまり警察庁の『自動指紋識別システム』いわゆるビッグ・データとして完全に管理・保管されていますが、まだ今のところ、DNAデータはそのようなビッグ・データとして国も県も管理・保管はしていません。




 ですので、指紋だけは徹底的に拭き取って、精液は体内に残しても自分が捕まえられない限り大丈夫だと考えたのでしょうねえ……。




 なお先程の意見に一言だけ付け加えさせてもらうならば、射精後、絞殺したと言うのは必ずしも正確ではありません。突っ込みながら同時に首を絞めている場合もあります。


 


こういう犯罪例は、犯罪心理学の本の中に、特に、外国の文献には山程ありますから。ただ証拠隠滅の件についてですが、僕だったら……」




「ただ、オレだったら、そこまで指紋等の証拠を残したく無いのであれば、最初からコンドームを着けて行為に及ぶと、そう言いたいのだろう。高知君は」




「正に、その通りです。中村主任刑事も鋭いですね。そして多分、この事が今回の事件の最大の謎となってくるかもねえ。あっと、アソコに青いブルーシートと黄色い色のポリス・テープが見えます。あの部屋が、今回の事件現場となったマンションじゃないですか?」




「よし、車を降りて行ってみよう」




 入り口の所で、見張っていた警官が、中村主任刑事の顔を見て尊敬の目でサッと敬礼した。石川県警で中村主任刑事を知らない者はいない。地取り捜査の達人、通称、「ドブ板捜査の中村」が、いかに有名であったかは、高知刑事も素直に実感できた。




この現場となったマンションは、築後20年以上は経っている。1LDKではあるが、賃貸者の全員を日本海総合大学の女子学生又はそのOBと見込んで建築してあったためか、埋め込み型のクローゼットの半分は洋服掛け後半分は本棚になっている。その点が、通常の1LDKの賃貸マンションと少々構造が違うだけで、特に変わった作りでは無い。




 ただ、構造が以外に頑丈で丈夫で、とりわけ防音対策も大変しっかりしていた。5階建てで小さなエレベーターも設置されているが、ガイシャの部屋は2階にあったから、階段で上り降りする事のほうが多かったのだろうと思われる。




 ただ、残念な事には、冒頭にも書いたように、女性専用賃貸マンションのため、防犯カメラが1台も無かった事だ。2階だから、よじ登って入り込む事も不可能では無さそうだ。




 次に、室内であるが、最初に目を引いたのは、台所の洗面台内でコップ等が、キチンと洗剤で洗ってありピカピカだった事だ。ここに、指紋等の痕跡を消したいと言う犯人の強烈な意思が窺える。




 更に、奥に入ってみると、居間件勉強部屋の片隅に、シングルベッドが置いてあった。この上で、ガイシャは強姦され絞殺された事になる。




「このシーツのど真ん中に血液のシミがある。

 監察医の言うとおり、ガイシャは強姦される直前まで本当に処女だったらしいのう。




 『聖母マリア』のあだ名はダテに付けられていた訳じゃなかったのか。

 今時珍しい話だが、あれほどの美女に声を掛けれる男性がほとんどいなかった事は理解できるなあ。

 しかし、何で、強姦殺人までしなければならなかたのやろうか?」




「そこが最大の難問です。ところで、案の定メモらしきものすら見つかりませんねえ」




「それは、当初から、鑑識課の連中も言っていた事だ。ホシは多分、テーブルの上にでも置いてあった彼女のスマホらを全部持ち帰ったのでろう、と。

 だが現在では、通信記録を見れば相手は、即、特定できる。今、彼女の入っていた携帯会社に問い合わせているところだ。その内、相手が判明するだろう」




「いやいや、そんな簡単には判明しないでしょう。僕は、この犯人はどうも最初から殺人を考えていたようですから、スマホでの通話記録、メールやライン等の一切の痕跡は出て来ないだろうと考えています」




「じゃ、どうやってガイシャと連絡を取っていたんだと言うんだ」




「今のところ、僕には、ホシがガイシャに知り合う機会は、二通りあったと考えています。




 一つは、ガイシャ自身のではなくて、仲の良い友人のスマホ等を使って出会い系サイト等で相手と知り合う方法。相手方は、彼女の勤務する駅前の高級ホテルの受付に顔を出して、メモ用紙を渡せば簡単に連絡を取れます。




 もう一つは、ガイシャらが信仰しているキリスト教の教団の中に、彼女に思いを寄せる男性がいた場合です。これなら、協会内でもっと自由に連絡が取れます」




「うーん、高校や大学、職場内での男性関係が全く無かったとすれば、その線の方が合ってるかもなあ。しかし、あの清純なガイシャが、いかがわしい出会い系サイト等に果たして手を出すものだろうか?」




「心理学的には、逆に十分にあり得る話なのですよ。あまりに抑圧された性欲は、どこかに、そのはけ口を求める傾向があります」




「それでも、ホシは、何故、強姦、しかも殺人までする必要があったのだ?」




「ここが一番難しい問題ですが、仮に出会い系サイトで知り合った男性だった場合、要はSEXをやりたいだけです。しかし彼女に実際に会ってみて、美人には違いないが、こりゃ中々簡単にSEXをやらせて貰えそうにもない事が、即分かった。



 そこで、ある程度は我慢して待ってはいたでしょうが、遂にプッツンしたホシは最初から強姦殺人の準備をして、あの日、彼女に合ったのです。




 それと言うのも、睡眠薬のハルシオンは元々錠剤です。これを飲み物に溶かすために粉々に砕いて持参してくる程ですから、相当な覚悟をし、準備万端でこの部屋にまでやって来た。


 


 しかも、万一、ホシにサディストの気があれば、前にも言ったように自分の男性器を、無理矢理彼女に突っ込みながら、同時にガイシャの首を絞めていたかもしれませんねえ」




「そうか、まあ教会関係の人間なら、オレ流の地取り捜査でも何とかなるが、仮に友人の携帯やスマホを使っての出会い系サイトにはまっていたとしたら、このオレではうまく探し出せるかどうか難しい話やけどなあ?」


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