普通に面白い程度の三題噺

犀川 よう

普通に面白い程度の三題噺

 高校の入学を機に、僕は自転車を壊すスキルを手に入れた。正確には破断といって、シャーシである金属を断ち切ってしまえるスキルだ。結果、ポキッと自転車が真っ二つに折れてしまう。走行している自転車に使うととても危険なスキルであるが、大好きな茉莉先輩の自転車を壊すことで、話をする機会を得ることができる。これは中学時代モテなかった僕への神様のプレゼントだと思った。彼女でも作ればいいという啓示なのだろう。何度も自転車を壊した。いや、スキルなので犯罪ではない。勝手に金属が破断してしまうだけだ。今日はシャーシではなくサドルを破断してみた。学校の自転車置き場でぽっきりと折れたサドルを前に困り顔の茉莉先輩。そこに颯爽と替えのサドルを持っていく。「先輩。お困りですか?」と。先輩は「ええ、そうなの。どうしようかしら?」なんて、頬に手をつきながら僕を見る。「とんでもないしますね」「ええ。これで何度目でしょうかねえ」先輩はどうすればいいのやらと困り顔をしている。僕はとりあえず、替えのサドルと交換する。「あら。これなら乗って帰れますわね」喜ぶ先輩。ああ。やはり、この笑顔の為に与えらたスキルなのだ。僕は天にも昇る気持ちでほわわってなる。本当にほわわっていう感じだ。先輩は僕のつけたサドルに可愛らしいお尻をつけて、「では、ごきげんよう」と挨拶の言葉を残して颯爽を去っていく。まるで春風のようで、シャンプーなのかトリートメントなのかわからないけど、甘い香りを残してくれた。

 先輩の笑顔は見たいが、何度も自転車を壊すと心が痛んできた。七回目のスキル発動で、とうとう喜んでくれる茉莉先輩の笑顔を真正面から見ることができなくなった。後ろめたさがスキルに反映されるのか、今回は破断まで行かずに、シャーシが部分的に破断して折れ曲がっている感じになった。このまま乗っては危険だ。僕は思いきって、教室から出てくる先輩を捕まえて、できるだけ人目のないところで相談をすることにした。「先輩。実は僕、とても良くないことをしているのです」「そうなの。どんなことをしているのかしら?」「それは言えませんけど、とにかくやめたいのですが、感謝されたくて、いや、ある人の笑顔を見たくて続けてしまうんです」と告白する。先輩は少しだけ難しい顔をしてから「良くないことで気を引こうとしても、結局うまくはいかないのではないしら?」と返してきた。至極当たり前の回答だ。僕は大きく頷いて、「ありがとうございます。また相談に乗って下さいね!」というと、先輩は笑顔で手を振ってくれた。なんだ、自転車なんか壊す必要なんてなかったではないか。僕は自分の愚かさに気づいて、このスキルを使うのをやめようと思った。やはり人外の力で何かを為し得ようというのはダメなのだ。そんな気持ちになりながらしばらくして自転車に置き場に行くと、帰るらしい先輩と先輩の友人らしき人が何やら話している。なんだろう。ちょっと悪い気がしたけれど、聞き耳を立てさせてもらう。「よかったわね。――っていうか。ねえ茉莉。あんた、どうやってこのいたずらをやめさせたの?」「ふふふ。簡単よ」「というと?」「わたしね、ちょっとしたスキルを持っているの」「ええ!? それって、いったいどんなスキルなの?」その問いかけに、ふふふと笑顔の先輩は言葉を漏らす。「それはね――向こうから相談に来させるスキル」

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