最終話

 私は家の入り口近くに立って、家の中を見回した。


 まず入り口の左脇には、今日私が持ち込んだ水甕みずがめと手桶がある。

 その隣にはパパゴブリン手作りの食器棚と鍋などの調理道具が置かれた棚。

 調理道具の下の段には、大工道具を入れた工具箱が収まっている。

 その隣には大きいお兄ちゃんの読書スペースと本棚があって、その先は食料をしまっておく小さい洞窟。

 さらにその隣は大きいお姉ちゃんのドレッサー。

 家の一番奥にママゴブリンの機織り機があって、その後ろに衣類や貴重品を入れた長持が置かれている。


 機織り機の右隣はチビちゃんのおもちゃを置いたスペースで、その隣は青草と布で作ったベッド。

 さらに隣はちい兄ちゃんの石のコレクション棚と収納箱で、そのまた隣はちい姉ちゃんの木の実コレクション棚と収納箱。

 入り口近くには、さっき土を運んでいた手押し車が置いてあった。


 家の真ん中にはかまどがあって、その横の床に石のまな板がある。

 かまどの上には天井の根っこから大きな木のしゃもじやへらが何本もさがっていた。

 さらにかまどを囲んで丸い座布団が置かれている。

 このときには4つ目も完成して、大きいお姉ちゃんは5枚目を編んでいた。


 うん、見事だね。

 本当に綺麗に整ったね。

 ここがゴミで埋まった汚部屋だったなんて、もう信じられないよね。


 あとはこれを維持できるようにしてね。

 面倒がらずにゴミを外へ捨てにいって、物を元の場所に戻してね。

 でも、きっと大丈夫だね。

 入り口脇の手押し車には、今は木箱が載せられて、料理で出たくずや食べ残しをいれるゴミ箱になっていた。

 これを押してミントモドキゾーンの外へ捨てに行けば、スライムが綺麗に片付けてくれる。

 物を元に戻すのだって、使う場所のすぐ近くに収納があるから、そんなに大変じゃないはず。



 ピポーン

 音が鳴って携帯のアプリが立ち上がった。

 異世界ヘルパー管理システムの画面に文字が並んでいた。



『契約終了』

 依頼された業務内容がすべて完了しました。

 お疲れ様でした。

 下のボタンを押して契約を終了してください。


〔業務完了〕



 ああ、とうとう終わっちゃった。

 しみじみと私は思った。

 いきなりこの世界に連れてこられて汚部屋を見たときには、どうしようと思ったけれど。

 みんなで頑張って、綺麗にできたね。

 本当に良かった──。


 気がつくと、ゴブリンファミリーがまた私の前に勢揃いしていた。

 これでもう契約終了なんだと、彼らも気がついたようだった。

 名残なごり惜しそうに淋しそうに私を見上げている。

「そんなに顔しないで。

 家がこんなに綺麗になったんだもの。

 みんな笑顔でお別れしようよ!」

 言いながら、私も涙ぐんでしまった。

 もう。

 笑ってお別れしたいのに……。


 バイバイ、と手を振ろうとして、私はやめた。

 代わりにパパの両手をぎゅっと握る。

 ゴブリンには握手の習慣がなかったんだろう。

 パパは驚いた顔をしたけれど、すぐに私の手を握り返してくれた。

 ママ、大きいお兄ちゃん、大きいお姉ちゃん、ちい兄ちゃん、ちい姉ちゃんと順番に握手をしていく。

 チビちゃんとは小さな手と私の人差し指で握手。


 みんなが胸を叩いてお辞儀してくれた。

 こちらこそ、ありがとう。

 楽しかったよ。

 みんな元気でいてね。


 そう言いたかったけど、声が出なかった。

 代わりに、私も胸を叩いて頭を下げて見せた。

 ゴブリンたちが目を見張って、全員が笑顔になった。

 私もにっこり。

 笑顔のままで〔業務完了〕のボタンを押した──。




 家に戻ってから驚いたこと。

 なんと、私の口座にけっこうな金額が振り込まれていた。

 計算してみると、片付けを手伝った10日分の賃金に、私がホームセンターで買って持っていった収納ケースとウォータータンクとバケツの支払まで加えた額だった。

 必要経費込みの給料らしい。

 まあ、本当にあきれるくらいホワイトな派遣会社ね。

 本社はどこにあるんだろう? と思ったけれど、通帳にもアプリにも、どこにも本社の情報はなかった。

 案外この会社も異世界にあるのかもしれない。

 どっちにしても、きちんと給料がもらえたから、我が家の家計は大いに助かった。


 もうひとつ、驚いたこと。

 ヘルパーの仕事が終わって1週間くらい過ぎたある日。

 いつものようにお茶を飲みながら携帯でSNSを見ていたら、こんなものがタイムラインに流れてきた。


『バイトで頼まれたゴブ一家の絵

 夢だったかもしれんけど

 拡散しろっていうから』


 依頼を受けてイラストを描く絵師さんの投稿だった。

 色鉛筆の優しい色合いで描かれていたのは、間違いなくあのゴブリンファミリー。

 みんな真新しい服を着て、こっちを向いて笑っている。

 すごく幸せそうな笑顔。


 ああ、私に送ってくれたんだ、と気がついた。

 元気にしてるよ、きちんと暮らしてるよ。

 そう伝えたくて、でも方法がわからなくて、肖像画を描いてもらってSNSで拡散させたんだろう。

 ありがとう、みんな。

 この絵、保存させてもらうからね。


 この絵師さんもあのアプリで契約したのかもしれない。

 きっとびっくりしただろうなぁ。

 今でも夢だと思ってるかも。

 絵師さんのことまで想像して、くすくす笑ってしまった。



 すると、携帯がピポーンと鳴って、画面がいきなり切り替わった。



『急募』

 お菓子作りを手伝ってくれる人を探しています。

 料理苦手でも作れるお菓子を一緒に考えてもらえませんか?


【職務内容】ヘルパー

【労働時間】大切な人へのお菓子が作れるまで

【労働場所】異世界の山

【賃金】…

【募集者】 コロン山のオーク



 あらまぁ。

 今度はオークですか。

 お料理が苦手なのに、お菓子を作らなくちゃいけないの?

 しかも大切な人のために?

 どんな状況なんだろう?

 女の子かな?

 いや、実は男性のオークだったりして……?

 好奇心がかき立てられる。


 ウィンドウの下には見覚えのある文字があった。


『求人に応募する』


 私はためらうことなくタップした──。



(おわり)

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ゴブリン森のヘルパーさん 朝倉玲 @ley_asakura

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