第3話

 ゴブリンは私の前まで走ってくると、地面に体を投げ出してひれ伏した。


「よく来てくださいました! お待ちしておりました!」

 と小説なら話しかけてくるところだし、場合によっては「おお、勇者よ! よく来てくださいました!」と言うのかもしれないけれど、残念ながらそうはならなかった。

「キーキーキー!」

 ゴブリンの声はそんなふうにしか聞こえなかった。

 うん、そうだよね。

 異種族だもんね。


 とはいえ、ゴブリンが本当に現れたということは、あの求人も本当だということ?

 私はお掃除する格好をしているわけだし……。


 通じるかどうかわからなかったけれど、私はしゃがみ込んでゴブリンに話しかけてみた。

「私を呼んだのはキミ?」


 すると、ゴブリンが跳ね起きた。

 背丈はしゃがんだ私と同じくらい。

 うん、やっぱり三歳の子どもくらいの身長ね。

 ボロボロだけど、服のようなものも身につけている。


 私はなんとなく小さい子どもに話しかけるような気分になって、話し続けた。

「捜し物を手伝ってほしいっていうのを見たんだけど、そうなの?

 何を探せばいいのかな?」


 どうしてこんな状況になったんだろう? とか、このままどうなってしまうんだろう? とか、家に戻れなかったらどうしよう──特に、夕飯の支度したくをどうしよう? とか、考えなくちゃいけないことは山ほどあったけれど、とりあえず、それは思考の外に追い出した。

 これが小説の世界で、私がその作家だとしたら、この「クエスト」をこなさなければ進展しないようにする。

 実際にファンタジー通りになるかどうかはわからないんだけど、深く考えるのはやめにした。

 考えたって解決しそうにないしね。


 それより心配なのは、ゴブリンに私のことばが通じるかどうか。

 話しかけると、

「キーキー!」

 ゴブリンが私のエプロンのすそをつかんでひっぱり始めた。

 森の中に連れていきたいらしい。

「一緒に来てほしいの?」

 と訊いてみたけれど、それに対する返事はない。

 う~ん、こっちのことばも通じてないかな。


 それなら一緒に行ってみるしかない、と私はゴブリンに引かれるまま森に入った。

 わぉ。ものすごい大木。

 樹齢何百年にもなりそうな木がぎっしりと生えている。

 ただ、木の下に低木や草はあまり生えていなかった。

 深い森の中って、そういうもの。

 太陽の光が枝葉でさえぎられるから、日光不足で植物があまり育たない。

 ヨーロッパにはそういう森が多いから、森の中は意外と歩きやすいらしい。

 ちなみに、アフリカやアマゾンのジャングルもやっぱり下草が少なくて、意外と歩きやすいという話。

 笹や低木や草が生い茂ってやぶになる、日本の森林とは違うんだよね。


 ゴブリンは私のエプロンを引っ張りながら、ちょこちょこ小走りで森を進み続けた。

 そういえばうちのお兄ちゃんも、小さかった頃にはこんな風に私のエプロンにつかまっていたっけ。

 チョロ助だった次男君はやらなかったけどね。

 そんなことを、ふと懐かしく思い出す。


 やがて、到着したのはひときわ大きな木の根元だった。

 ねじれた木の根が、地面の土を抱えながら私の背丈くらいまで盛り上がって、四方八方に広がっている。

 その根の間の一カ所にぼろぼろの布がかけてあって、布を上げると穴が現れた。

 私が入れるくらい大きい。


 引かれるまま入っていくと、暗かった穴が急に明るくなって、広い場所に出た。

 頭のすぐ上で木の根が絡み合って、自然の天井を作っている。

 明るいのは根の間の所々から差し込んでくる日の光のせいだった。

 まるで窓から差し込む光みたい。

 とすると、ここはゴブリンの家の中?


 私の推察を裏付けるように、そこには何匹ものゴブリンがいて、這いつくばるようにして何かを探していた。


 そして、その部屋の中は──

 想像を絶するほど散らかっていた。


(つづく)

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