第11話 夢と過去と

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 ──ゆめ。 夢を、みている。


 夢というのは、記憶の定着、整理、更新。それらの見せる幻覚である。

 だからこの光景は

 間違いなくわたしの過去だ──



 最初に浮かび上がったのが、女の子。

 あたりを駆け回る、とても幼い女の子。

 当時は長かった黒髪も、今はしないまばゆい笑みも、嫌いではなかった運動も。

 その子の全てに、見覚えがある。


「───!」


 もう顔も思い出せない友達に囲まれて、楽しそうに笑い声を上げる......


 キラキラかがやくその光景は、今や目に染みて痛く映る。

 手を伸ばそうとして、そんなの無駄だと下ろしてしまった。


 そう。

 今のわたしからは想像もつかないけど。

 小さい頃のわたしは、真逆のずっと明るい性格だった──



 ──視界の端、記憶の端に。

 突然白い影が映りこんだ。


「──キミを〜

 キラキラの魔法少女にしに来たんだ〜」


 突如として、目で追えないほど景色がぐりぐり変わり始める。

 どうやらそれは、見覚えのある昨日の景色。


 トイレ、銃声、パンチ、トイレ。

 赤羽、恐怖、トイレ、魔法少女、炎、恐怖、トイレ、夜闇、トイレ──


 いやその。なんて言うか......


「トイレを誇張しすぎだよ────!!!」


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 ガバっ! と布団を押しのけた。

 嫌な汗を背中に感じる。

 視界に映るのは間違いなく自分の部屋だ。......まだ見慣れないけど。

 つまりは起床、それも最悪の気分。


「......イヤ〜な夢、だったなあ」


 視線を時計に移す。

 時刻は午前、6時半。 窓から射し込んだ朝陽が、しつこいぐらいに朝だぜと言ってくる。

 カーテン閉めとこ。


「......窓」


 窓、といえば。

 昨日の夜に、ここからこっそり出かけたことがフラッシュバック。それから魔法少女と戦って、痛み分け。

 結局帰ってこれたのが夜3時ぐらい、だっけ。


 ......ああ、納得。こうして最悪な気分になってるのは、夢じゃなくてうつつのせいだ。

 転校初日、喋るカラスに遭遇して、魔法少女にさせられて、戦わされて、燃やされかける。

 夢よりよっぽど非現実的。


 寝て見ないフリした悩み悩みが、墓穴から這い上がってきてどっこいしょ。

 余計に気分が重たくなった。

 シャッとカーテンを閉める。


 そのときガチャリ、とドアが開いた。

 お母さんの姿がそこからひょっこり。


「おはよう、鳥帳。

 昨日はよく......眠れなかったみたいね」

 顔を洗ってきなさい。ご飯はできてるから......とさっさと行ってしまった。

 たぶんまだ寝惚けてると思われてる。


「......」

 そうしよう。

 昨日とは別の理由で、ひどい顔してるに違いない。


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 のんびり顔を洗ってご飯を食べて、今は部屋に戻って着替えてるとこ。


 姿見の前。

 鏡に映る自分を見て、嘆息を漏らしそうになった。

 そうなったのは、悩みや気分といった理由だけじゃなくて。

 主に映ったの顔のせい、というか。


「やっぱり取れてないし......」


 ──寝不足がたたって、目の下は隈が青々。

 洗えば取れるかもなんて希望的観測は、無慈悲に鏡で打ち砕かれた。

 今日一日は、ひどい顔のまんま。


「はぁ」


 耐えきれず重い息。

 ため息をつくと幸せが逃げる、なんて言うけれど。

 ため息程度で逃げるなら、そもそもこんな女に寄り付こうとさえ思わないだろう......

 鏡の中をわたしを、あえて酷評するならこうだ。


 鏡像を、上から下へジロりと一瞥。


 肩上重めボブカットの黒髪。

 パッとしない表情かお

 最低限の季節感だけ抑えた服装。

 姿勢はちょっと猫背気味。

 シュッと背筋を伸ばしてみたけど、覇気の欠片も出ずヘニャンと萎れる。

 良く言えば大人しい、悪く言えば暗くて地味で芋。

 少なくとも幸が寄ってくるようには見えない人が、鏡越しにジロりと睨み返してきた。


 わたしは、こんなわたしのことがうっすら嫌いだ。


「......そろそろ行かなきゃ」


 不毛な睨み合いをしても、時間は止まってくれないし、悩みが晴れるわけでもない。

 どれだけどんよりした感情を抱えても、学校に行く以外の選択肢はない。


 けども、けども。覚悟だけはしとかなきゃ。

 最後に1回、鏡に映る自分の顔に手を触れた。


「なんて顔して、会えばいいのかな」


 昨日夜、殺意を向けてきた相手に......


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 魔法少女のことで、頭を悩ますことは色々あるけど。

 その中でも目下で目前、差し迫った危機がひとつだけある。それは......


「おはよう!玄河さん」

「ヒッ!?」


 校門前でばったり会った、しゃっきりした声、その主。

 赤羽夕子に纏わることである。


「お、おはようございます」

「いい朝ね。学校には慣れた?

 ......なんて、まだ2日目じゃわかんないわよね

 どうしたの、顔? 昨日眠れなかったの?」


 当然のように隣に並んでくる。距離の詰め方が早い。

 そんなことは些細なことで。


(──聞けば聞くほど、昨日聞いた声質そのままだ)


 正確にはで聞いた声に似ている、いやそっくりそのまま。

 昨日から抱いていた疑念が、濃いものとなって頭にびっしり。


 何やら話しかけてくるけど、そんなだから生返事しか返せない。


「──何? わたしの顔になにかついてる?」

「い、いえ何も!」


 つり目で可愛らしい顔立ち。ツインテールという髪形。髪の長さや色は違うけど、どうにも既視感が溢れてる。

 なんなら、しゃんとした立ち居振る舞いもそうかもしれない。


 ただ唯一、昨日感じた殺気は感じ取れなかった。人前だからか、それともこちらの正体に勘づいてないからか。


 それとなくやり過ごして、靴箱から教室へと一緒に歩く。


(み、見れば見るほどにしか見えない)


 ......端的に言おう。

 目下の悩みというのは、

 昨日戦った魔法少女──言外に殺すと警告してきた少女──の正体が、高確率で赤羽夕子その人なんじゃあないか、ということだ......

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