ヒッチハイクで知らないおじさんに1万円貰った話【前編】

 春である。


 周りは青々とした木の生い茂る山に囲まれており、陽気に飛ぶヒバリの鳴き声が聞こえる。早朝のため少し空気は冷たいが、眠気がよく覚めると思えばそれもまた気持ちがいいものであった。


「じゃあ頑張ってねー」


 そう言い残して私を京都から乗せてきた車はどこかへと行ってしまう。人気のない山奥の道路にぽつんと私が一人佇んでいた。持ち物はスマホとスケッチブックとペンのみ。お金は1円も持っていない。どうしよう。


――さて、なぜ私は山奥に置き去りにされているのか、それは7時間ほど前に遡る。


 大学入学から約1か月、少しずつ大学にも慣れ友人ができ始めた頃、私は下宿でだらだらと寝ころびながら、次のタダ飯会こと新入生歓迎会を探してツイッターの大海を彷徨っていた。しばらくの間舟をこいでいると、タイムラインに面白そうな情報が流れてきた。


「下田寮祭ヒッチレース参加者募集中!」


 下田寮祭というのはわが大学にある寮、下田寮で春に行われている祭りのことである。寮生たち自ら様々なイベントを企画、実行しているのだが、まあ寮生だけあって珍妙なものが多い。そのなかでも一際珍妙に輝いているイベントが「下田寮祭ヒッチレース」である。


 このレースの概要を簡単に説明しよう。まず参加者は目隠しをした状態で車に載せられる。その状態で日本全国のランダムな場所に降ろされ、そこから自力で寮を目指す、というものである。もちろん金銭の使用は原則禁止であるので、基本的にはヒッチハイクで移動するしかない。ただ以前には離島に運ばれる者もいたようなので、そういった場合は現地で金を稼いでフェリーに乗り帰寮するようだ。


 下田寮……なにやらおかしな寮だと聞いていたがなんだこのイベントは……


 少し調べるだけでわかるその壮絶な内容に少し引いたが、それよりもこのイカれたイベントへの興味が溢れてしょうがなかった。長い受験戦争から突然解放された反動で私も馬鹿になっていたのだろう。開始時刻は12時。現在は11時半。家から寮までは約15分。そもそも寮生じゃないと参加できないのではないかという考えに至るより前に体は愛車に跨り、東大路通りを光の速さで下って行った。


 寮につくと入口には既に参加者と思われる者達がちらほらと見えた。なにやら爆音で音楽を流す者、酒を飲み談笑するもの、ドラム缶のなかで火を焚き暖を取るもの、見た目からも行動からも何となく癖が強そうな面々が思い思いに過ごしていた。


 さすがの私もこの時は世界を知らないかわいい大学1年生であったので、この空間、しかも得体のしれない寮に一人というのは怖かった。そして今更ながら部外者が参加できるのかということに少し不安を覚えていた。そこで何となく若そうかつ優しそうに見える男性に意を決して話しかけてみた。酒も飲んでないしたばこも吸っていない、多分大丈夫、カツアゲとかされないはず。


 予想は間違ってなかったようで彼は和やかにヒッチレースは寮生でなくても参加できること、開始が遅れており受付は30分に寮の部屋で行うこと、怖かったら手加減してくれと言えば近くで降ろしてくれることを教えてくれた。そして私がなんとなく寮には怖いイメージがあったと伝えると彼は笑って寮の説明もしてくれた。彼の語り口もあってか寮の話は非常に興味深く気が付けば既に受付が始まっていた。

 

 私は受付を済ませるため彼に感謝と別れを告げる。彼は多分何とかなるよと適当な激励をくれた。その適当さが寮の心地よさを感じさせ、何となく嬉しくなった。あと彼は大学6年生だった。ほんとに留年してる人っているんだなって思った。


 正面入り口にて集まった参加者全員で謎の歌を歌ってから受付をするため寮に入る。謎の歌は謎の歌だ。youtubeで「下田寮祭 歌」で検索してみてくれ。寮内はいかにも昔の寮といった雰囲気で、ところどころに何年前のものかも分からないチラシが貼ってあり、歩くたびに木の床板がギシギシと大きな音を鳴らす。奥へと続く長い廊下には鍋やら洗剤やらの生活用品が並んでいたり転がっていたりと住民の存在が感じられ、時の流れから切り離されたような雰囲気が漂っていた。


 少し歩くと、大量の漫画が並べられたり床に散らばったりしている部屋に参加者が集められた。まず全員で簡単な説明を受ける。内容は調べていたものとほとんど変わらないが、実際に耳にすると恐怖と興奮が湧き上がってくる。説明が終わるとそれぞれ受付のノートに氏名と電話番号をメモしていく。どうやら生存確認と遭難防止用らしい。そもそも遭難という可能性があることが恐ろしい。どんな山奥に飛ばされるんだ。


 メモが終わると全員駐車場へと向かい3人ほどのグループに分かれ車に乗る。私の同乗者2人は両方このレースに参加するのは初めてらしく、全員興奮でテンションがおかしなことになっていた。運転手から手加減を提案されたが、無論満場一致で提案を拒否、どこまででも運んでくれと漢たちの固い意思を示す。運転手は軽く微笑み、いいねと一言いうと車を出発させる。この運転手もまた粋な漢である。後部座席に座る3人の戦士はハチマキを結ぶように固く目隠しをし、4人の漢を載せた漢車はまだ見ぬ目的地へとひた走った。


 というところで時間は現在に戻る。周りは見る限りで山ばかり、少し下に町が見えるがそれも山奥の町といった様子でこんな早朝に活気があるわけもなく、どこか寂れた雰囲気を感じさせる。


 とにかく場所を確認しないことには始まらない。所持を許されているスマホで現在位置を確認する。


 

――富山県?



 私が降ろされたのは富山県の宇奈月温泉駅の付近であった。調べてもらえれば分かるが富山県北側の山の奥、富山市まで車で1時間かかる田舎である。そもそも車が全然走っていない。


 手加減しないでくれとは言ったが流石に田舎が過ぎないか。こうやって帰るんだこれ。


 ともかく車を捕まえないことには京都帰ることなど不可能である。私は最悪野宿する覚悟を決めて坂を下っていった。

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