小さな思い出集

珊瑚水瀬

電車の思い出

もう会えないかもしれない。

ふとした時に感じる心の喪失感は、確実に私の内側の深いところにギュッと締め付けられる様な痛みを伴いながら存在する。

後何時間あなたと一緒にいられるのだろう。

電車で揺れ動くあなたのうなじを見つめながら、視線をゆっくりとあなたの横顔へと移す。

小さな呼吸すら、もったいない様な感じがしてひたすらに誰にも奪われない様に息を静かに止める。

たった、三日しかなかった。遠い国から来たあなたと私が居られる時間。

いつも何処かであなたの面影を多数の人から探して、それを現象として私の中で取り込んでいた。あなたの背格好に似た人をひたすらに追って、画面の中のあなたに生気を与えようとした。

何も返答を返さない携帯に映るあなたに。

私はそんな事をふと思いながら本物のあなたにどうしてもこの甘くて切ない泡沫の時間を忘れることなく共有したくて、こんなアニメを見てただただ時間を消費して行くのにはあまりに惜しくて、アニメを見ていたあなたの手をぎゅっと力一杯握りしめた。

私はすべてのこころをそこに込めた。


「はあ?何?」


怪訝そうに私を見つめるあなたに口下手な私は心に思っている全ての感情を糸車のごとく紡ぎ出せるわけもなく、瞳を幾分と見つめ続けた。


「これ見るのやめたい」


なんでこのセリフだったのだろう。たくさん考えてる感情は置き去りにして口に出たのは

それだけ。あなたは何を思ったのだろうか。

ただでさえ、苛立ちを抱えてたあなたの表情はさらに曇り、そのまま画面を無造作に消した。


「で?」


私の感情の熱は、無機質な彼の表情に溶けていく。ああ、何もきっと伝わってない。

私のわがままで見たいものを消させて、自分の思いを優先させてしまった様に思えた。

あなたへの音は狂いなく確かにそこに存在するのに熱を帯びた唇だけがかすかに戦慄いた。


「何もせず、ただあなたの事だけ考えていたい」


そう言った私に呆れる様にため息を一つつくと、そのまま私の方は振り返ることなく前だけを見続けた。

言葉の温かみと化した何かはそのままひしゃげて床へぽとりと落ちた。

ただあなたの手の温もりだけが、あなたが生きて側へいる事の存在証明の様だ。

たまに生存を確認する様に軽く握る。


この想いを全てあなたにぶち撒けることが出来れば、良いのに。

終わりの時間が来て哀しみがコトコトと音を立てて私を煮え尽くす前に。

言葉を紡いで何層にも織り込んで全ての想いをあなたへと伝えられたら。

私をそしてこの時間をずっとこれからも忘れない様に。


電車の窓から映るあなたの虚像をこれ以上見つめたくないの。

私は私は……。

話せない私はLINEのテキストを開いてあなたに見せつける。


「この時間がすごく素敵だ。あなたのことだけを考えられる贅沢な時間だ」


私のメッセージを見たあなたは目を疑った様に、少し時を止めて、私の手に力を込めた。

ガタンと揺れる電車の騒がしいノイズと人混みの話し声にかき消される中、手に込められた力だけがそこにまだ愛が存在することの証明になる様な気がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さな思い出集 珊瑚水瀬 @sheme

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ