第7話 二度あることは…

 寮の部屋に戻って予備の制服に着替えたわたしは、昼食抜きで午後の授業を受けることになった。


(Bランチ……食べたかったな)


 ここの食堂のランチメニューは、同じものがほぼ出ない。

 定番メニューはいつも同じものが買えるけど、ランチメニューはその日限定だと思ったほうがいいらしい。

 だからこそ、昼食はわたしをまどわせる。


『ぼくを味わえるのは、今日だけだよ♡』


 そんな誘惑ゆうわくで、ランチがわたしの心をかき乱すのよ!

 急いで着替え、教室に戻ったけど、


(食堂でのアレが、変な話題になってたらどうしよう……)


 そんな心配がバカらしくなるくらい、教室はいつも通りだった。

 誰も話しかけてこないし、遠巻きにヒソヒソ話をする子もいない。

 わたしみたいなモブ子のやらかしは、なんの話題にもならないらしい。それはそれでありがたいけど。


 そして何事もなく、本日の授業は終了。

 放課後のわたしは、いつも通りセシリアちゃんのストーキングだ。


(ひとつ目の闇堕ちフラグイベント、そろそろな気がする)


 時期的にいつ起こっても不思議じゃない。

 とはいえ、見逃したわけじゃないはずだ。イベントはまだ起こってない。それは間違いない。


 今日はセシリアちゃん、放課後は図書館で読書やお勉強。

 放課後の自由時間は、〈ゲーム〉ではステータスを上げる行動か、攻略キャラと親睦しんぼくふかめるかの二択が基本になる。

 放課後の図書館で上げられるステータスは「知力と知識」。

 それらのステータスは魔法の威力だけじゃなく、2つ目と4つ目の「闇堕ちフラグ」にも関わってくる重要なものだから、彼女には頑張がんばってお勉強してもらいたい。


 わたしはしゃがんで物陰ものかげに隠れ、図書館の出入り口を監視する。

 目立たない場所だし、誰にも見つからないだろう。見つかったらヤバイんだけどね。同級生をストーキングしてるわけだし。


 しばらくの間、そのままの姿勢しせいで監視していたけど、どうやら今日も生徒会からの呼び出しはなさそうだ。


(……もう、いいかな)


 下校時間にはまだ余裕があるけど、ゆっくりしすぎると女子寮の門限に間に合わなくなる。


(うん。今日はこれまで)


 そう決めて立ち上がり振り返ったわたしは、少し離れた場所で無表情にたたずむスノウくんと目があった。

 さすがにビクッたよ。心臓に悪いな。まぁ、他人ひとのこと言えないけど。


 だけどこの人、いつからいたの? まったく気がつかなかった。

 彼にはこの前に背中を取られたよね、これで二度目だ。わたしのストーキング技術もまだまだってわけね。


「いつから見てたの?」


 わたしの問いに、


「今、見つけた」


 物陰にひそんでいる不審者がいたから、確認したのですか?

 確かにわたしの行動は不審者そのものだから、彼があやしむのは当然だ。

 なにをしているのかと責められる覚悟をしたけど、


「泣いているのかと思った」


 彼が発した言葉は、わたしの想定外のものだった。

 泣いている?


「どうして?」


 わたしの返答に彼は首を横に振って、


「すまない」


 とだけ。

 さすがにわかった。お昼のあれのことを言ってるんだ。


「なんでスノウくんがあやまるの? 変なの」


 彼はいい返してこない。本当に、自分にも非があると思っているの?


『昼間は助けられなくて、すまない』


 彼が言いたいのはそれ?


 ……はっ! あなたらしいね。〈ゲーム〉でもそんなところがあったよね。

 わたしは、ううん……「前世のわたし」は、余計なお世話だって思ってたよ。


 だけど今は、ちょっと嬉しいかな。

 ちょっとだけだけど、あなたのお人よしが嬉しくて、ドキドキしてる。


「あれくらいじゃ泣かないし、わたしも悪かったもん」


 実際、わたしにも悪いところはあった。調子に乗った、田舎の貧乏貴族。そんな雰囲気を出してたと思う。だから上級生に目をつけられた。

 だってわたしは前世が日本人で、身分社会を軽視けいししているから。

 この国では身分や階級は重視じゅうしされるべきシステムだから、わたしの軽々しい言動を不愉快に感じる人がいるのは当然だ。


 わたしのダメなところ。

 それはどうしても、「この〈世界〉のお客さん」という意識が抜けないところだ。

 まるで〈夢〉のように感じているの、〈いま〉を。


 どこか、地に足がついていない。

 ふわふわしているというか、居場所がないっていうか。

 きっと、わたしは……。


「……強いな、キミは」


 黙りこんだわたしに、スノウくんが言う。

 強い?


「強くない。こんなのは、強いって言わない。わがままなだけ」


 この〈世界〉での「お父さん」と「お母さん」。ロマリア男爵夫妻は、わたしにとても優しい。

 今世のわたしって自分でも変わったむすめだと思うんだけど、そんな変わっているところも溺愛できあいしてると言っていい感じの人たちなの。

 嬉しいよ? この〈世界〉でのお父さんとお母さんは大好き。でもね、本物の両親とは思えないの。

 わたしの両親は前世の、『勉強には厳しかったけど、わたしを想ってくれているのがはっきりわかるほどに愛してくれた、あの人たち』だけ。


 わたしはこの〈世界〉を、「一歩引いたお客さん目線」でながめている。

 彼には「それ」が、「強さ」に感じられるのかな?


 そう。きっとわたしは心のどこかで、


いえに帰りたい』


 って思ってる。

 なつかしい「あの家」に帰りたいって……。


「泣いてないけど、落ちこんではいるんだよ?」


 少しだけ、本音を話してみた。わたしだって、誰かに攻撃されたいわけじゃない。平和ならそれが一番だよ。


「そうか」


 そうかって。

 でも……うん、あなたらしいね。

 そういう「口数が少ない」ところ、〈ゲーム〉では苦手だったよ。わたしって乙女ゲームには、大きな割合で声優さんの演技を求めていたから。

 だから、たくさんセリフがあるキャラが好きだったの。


『この声優さん前のゲームだと悪役だったのに、今度は王子さまキャラなんだー、すごいなー。声は同じなのにちゃんと別人だもん。ホントかっこいいなっ!』


 そんな感じで。

 でも「紅蓮ぐれん聖女せいじょ花束はなたば騎士きし」は違ったの。

 声優さんの演技だけじゃない。シナリオも絵も音声もサウンドも、全部が素晴らしかった。ううん。全部が合わさって最高の作品だった。

 わたしにとっては、だけどね。

 だから夢中になった。こんなにも素敵な世界があるんだなって。


「こんなにも素敵な世界を作った人たちは、どんな人たちなんだろう?」


 って思った。


 だけど〈ここ〉は……この〈世界〉は本当になんなんだろう?

 まるで〈夢〉のようで、それは〈作品〉のようで、「現実感」が希薄きはくだ。


 突然、スノウくんがわたしとの距離を縮めてきた。身体が触れ合うほど近くまで。


「な、なに?」


 突然の接近に緊張しながら彼を見上げる。

 すると、彼の大きな手がわたしへと降りてきて、


 ぽんっ


 それがわたしの頭へと置かれた。


「落ちこんでいるんだろう?」


 ……ん? だから?

 頭の上で動かされる手。もしかしてわたし、子どもあつかいされてる?


「落ちこんでいる女の子に優しくするには、覚悟かくごがいるんだよ?」


 これは、別の乙女ゲーで主人公が言っていたセリフだ。意識したわけじゃないけど勝手に出ちゃった。

 ちょっと大人っぽくて、いってみたいセリフだったからかも。


「そうか」


 わたしの頭は、大きな手にぐりんぐりんされ続ける。


「髪の毛ぐちゃぐちゃなんですけど。恥ずかしいんだけどっ!」


「キミを見ているのは、オレだけだ」


 それが恥ずかしいって言ってるのっ! 変な髪型を、あなたに見られたくないの。

 だけど、なぜ? なんでわたしは、こんなに恥ずかしいの?


 でも、まぁ……さすがにわかるかな?

 この気持ちがこいなんだろうって。


 これが恋か。


 ……うん、そうだね。

 そうだったらいいなって思う。


 スノウくんの瞳に入っているのは、この瞬間はわたしだけ。

 わたしだけが、彼の〈世界〉の住人。


「じゃあ、いっか」


 イヤな気はしない。髪の毛ぐしゃぐしゃだろうけど、むしろ嬉しいっ!

 わたしは彼が「もういいか?」と言っても、「もっとなでてー」と頭なでなでを続けさせた。

 こんなの一生に一度のイベントだろうし、せっかくだからわたしが満足するまで一生分なでさせてやろうと思った。

 そして、


「キミはここで何をしていた」


 その質問はムシした。

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