第25話 屋敷のメイド


 キルトと別れてからしばらく歩き、周りに人の目は本当に全く無くなった。


 それで結局、ララに抱えて触手での高速移動で運んでもらうことになり、そこから先は早かった。

 一体、時速どれだけ出ているのかはわからないが、絶叫マシンに乗っている感覚がずっと続くことは確かだ。


 魔物の跋扈する大地をララが駆け抜けて、黒く変色した森を抜け、見るも無残な廃村を通り過ぎたその先に、ララが見つけてきた館があった。


 三階建てでルースの別荘より少し大きく、屋根の上には守り神らしき獣の像が等間隔で立っているが、それがかえって不気味に見えた。


「ここか……おっとと」


 門の前で、ララに降ろされ地面に足を着けると、久々の重力の感覚によろめいた。ララはすかさず、腰の後ろに触手を添えて支えてくれた。


「お気をつけください。どうでしょうか、この建物は。広さは十分かと」

「バッチリだよ。綺麗な場所だったんだろうね。今は恐怖の館って感じだけど……」


 門に近づくと、門は大きな音を立てて、勝手に開いた。


「おいおい、自動ドアかよ。この世界に来て初めて見たよ」

「既に気づかれているようですね。歓迎しているのか、誘い込んでいるのか」


 ララに頷くと、門をくぐり、庭へ足を踏み入れた。


 広々とした庭の樹々は、穢気によって不気味に変形し、黒く変色しているというのに綺麗に剪定されていて、明らかに人の手が入っている。


 音がした方向を見ると、剪定ばさみが宙に浮き、バチン、バチンと枝を切っていた。館の側では箒が勝手に床を掃いている。


「あー……幽霊が動かしてるわけじゃ無いよね……おわっ!?」


 目の前を、凄いスピードでじょうろが横切り、反対側の植木へと飛んでいった。心臓に悪い。


「私が知っている魔法は、戦場で魔物に使われるようなもののみですから。こういうものはあまり見たことがありませんね」

「やっぱ魔法ってあるんだ。正直こういうのは想像していなかったよ。何か呪い的なのが相手だった場合、俺たちに勝ち目あるの?」

「主様は心配症ですね。ほら見てください。余裕ですよ」


 ララは今しがた高速で視界を横切っていったじょうろを触手で引っ掴むと、何度も強く地面へと叩きつけた。

 ゴン、ガコン、と可哀想な音が響く。べこべこに凹んで口の折れたじょうろは、放り投げられると、軽くびくびくと浮かび上がろうとしたが、ついに糸が切れたように動かなくなった。


「ララさん……? やり過ぎじゃないかな?」

「物体ふぜいが主様の前を横切るからですよ。ほら、大したことないでしょう? 先へ進みましょう」


 容赦のないララに少し震えながらも、庭を抜けて、屋敷の扉の前に立つ。

 すると先ほどと同じように、巨大な正面扉が自動で開いた。

 中は暗く、よく見えないが、ララが何のためらいもなく進んで行くので、後に続く。


 屋敷に足を踏み入れると、近い場所から順に蝋燭に火が灯り、やたらと広い玄関ホールが徐々に照らされてその全貌が明らかになっていく。


 正面には階段があり、その脇に一階の廊下が左右に広がっている。玄関ホール正面の階段からは、二階と三階にも繋がっているようだ。吹き抜けになった玄関ホールを、上の階にある回り込んだ廊下から見下ろせるようになっている。


 勝手に蝋燭の明かりがついたことに驚いていると、二階の階段から踊り場へと、一人の少女が現れた。


「……こんにちは。あなたは聖女ですか?」


 館の主人というよりは、使用人のような、メイド服らしき衣服に身を包んだ、淡い緑色の髪をした少女だった。光る赤い目と、丁寧な言葉遣いを見れば、彼女が理性を保った穢人……すなわち魔女だということはわかった。


 警戒するような表情で、メイドの少女はこちらに問いかけた。


「はい、私は聖女メイティアという者で……」

「あっ、主様……」


 素直に答えると、ララが驚いたようにこちらを見た。

 えっ? 何かまずいこと言った?


「やはり。では、容赦しません」


 メイドが手にしていたデッキブラシを器用にくるくると回すと、メイドの肩から頭上にかけて扇状に、火の玉が五つ現れた。あれは魔法だ。それくらいは感覚的にわかる。


「待って、話を!」

「お下がり下さい」


 メイドがデッキブラシを振ると、火の玉が一斉にこちらに向かって放たれた。


 その時には既に、ララは素早く俺の前へと躍り出ていて、ドレスの裾から伸びた触手を振り回し、全ての火の玉を瞬時に叩き落とした。


 触手に当たった火の玉は小さな爆発を起こし、大きな音と爆風をまき散らした。


「うぉっ……なんて迫力……!」


 直接当たっていないというのに、強風に髪や衣服の裾が大きくなびいた。ララの触手は火の玉を受け止めた部分から煙を上げていたが、燃えたり切れたりはしていないようだ。


「ララ、大丈夫?」

「問題ございません。しかし、聖女を名乗った以上、攻撃されるのは仕方がないことです」


 普通の聖女がここに来たとしたら、その目的は魔女を処分するために決まっている。今回はそうじゃないのだが、それゆえ最初の一言はもう少し慎重に選んでもよかったのかもしれない。


「迂闊だった、ごめん。痛い?」

「通常の魔法よりは遥かに強力ですが、虫に刺されて痒い程度のものです」

「魔法のダメージが全く無いわけじゃないんだね。わかった。任せて」


 俺はララにそう言い、背中に光剣を展開した。

 メイドはそれを見て、さらに警戒を強めた。


「光剣……! そちらが聖女ですね。やらせない!」


 メイドがデッキブラシを再び回すと、先ほどと同じように火の玉が、メイドの身体の周りに円形状に、いくつも生み出された。


 ……放たれる前に阻止する。


 光剣のうち二つが飛び、素早く弧を描いて閃き、全ての火の玉を斬り裂いた。


「うぐぅっ……!」


 火の玉はメイドのすぐそばで爆発し、メイドは爆風に押されながら飛びのいた。成功だ。

 しかしメイドは怯まず、再びデッキブラシを大きく振る。

 するとブラシの先端に指された、屋敷の壁、天井、床が変形し、円錐状に尖ってこちらに一斉に向かって来た。


 残りの六本の光剣を使い、それぞれの円錐を先端から何度も斬り、にんじんを先から雑に乱切りするようにバラバラに捌く。


 かつて屋敷の一部だった石は輪切りにされた瓦礫になり、地面に落ちて大きな音を立て、砕ける。

 光剣は素早く動いて迎撃し、メイドの攻撃の尖った先端が自分やララに届くことは無かった。


「くっ……! そんな!」

「もういいでしょう。私は話し合いをしに来たのです。あなたも好きでここにいるわけではないでしょう? リリー」

「ど、どうしてその名前を……?」


 やっぱりか。あのメイドこそが、キルトが探していた幼馴染のリリーだ。何があったのか知らないが、少なくとも魔女として無事に生きているらしい。


 メイド服なので戸惑ったが、キルトから聞いた特徴と外見が一致したので、そうかもしれないとは思っていた。


「私の家族を人質に取ったの? それとも……まさか! 答えて! 誰から聞いたの!」

「ここに来る途中、キルトに会いました。帰還不能線を超えた、その先で」

「キルトが? 嘘……どうしてそんな無茶を? キルトは無事なんですか?」

「大丈夫。穢気は浄化して、防壁の方へと引き返させましたよ」

「ほ、本当? でも、一人なんでしょう? 心配だわ。わ、私、行かなくちゃ!」


 リリーが階段を駆け下りようとしたところ、玄関ホールに声が響いた。


「お待ちなさい、馬鹿な子ね」


 大人っぽい、女性の声だった。


 その声が聞こえるのと同時に、天井から氷柱の様に黒い塵が集まり、リリーの前まで降りて来た。

 その黒い塵の塊が人型を形作り、黒いタイトなロングドレスを着た、黒髪の女性がさかさまの状態で姿を現した。

 ドレスの裾は黒い塵につながり、塵は天井まで伸びている。逆さの状態だというのに、黒い大きなつばつき帽子も、下へ落ちて行かなかった。

 長い黒髪だが後ろはアップにしていて、片目にかかった前髪とサイドの癖毛もやはり、重力に反して天井に向かっている。


 瞳は赤い。こちらが元からいる屋敷に棲む魔女か。


「エステラ様……でも!」


 リリーは、行く手を遮った女性を呼んだ。


 エステラ……それが屋敷の魔女の名前らしい。

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