第22話 お説教タイム
テレスの一件があった後。
焼き立ての串焼き肉を三人分包んでもらって、宿屋へと持って帰り、部屋の扉を開けると、何故かミューカは床に正座していた。
鼻をすする小さな音が、静かな部屋に響いている。
「えっ、ミューカ?」
そんなミューカの前に、禍々しいオーラを纏っているララが、腕を組んで仁王立ちしていた。
どうやら外に出ている間に、ララが戻って来たようだ。
「ああ、お帰りなさいませ、主様。戻って来て早々で申し訳ございませんが……」
ララはミューカの横を指さして言った。
「こちらにお座りください」
「本気……?」
「心当たりがあるなら、どうぞ」
マジかよ……お説教だ。部屋から出るなと言われたのに、勝手に出たから怒っているらしい。
ようやく手に入れた温かい食い物を、冷たい机の上に泣く泣く置いて、俺はミューカの隣に座った。
「さて、では何故こんなことになったのか、説明していただきましょうか。ミューカ?」
「わだぢだってっ……ひっく……いぎたがったのにっ……きちゃ駄目っで……言うがらぁっ!」
「落ち着いて喋って下さい。何言ってんだかわかりません」
「うぇっ……うぅっ……スライム風呂にぃ……」
「ミューカ!? そこは説明が必要な部分じゃないと思う!」
あんな事件の話はララにしなくていい。俺は咄嗟にミューカの言葉を遮った。
「いえ、全くもって必要な部分です! 主様、私に黙ってミューカとお風呂プレイしたんですか!?」
「プレイじゃないよ!? 外出した訳を聞きたいんじゃなかったの? 食料が尽きたから、ミューカに待っておくように言って、ミューカはその約束を守っただけだよ」
「主様が買いに行くのがおかしいでしょう。本来ミューカが代わりに一人で買いに行くべきでは?」
「だっで一緒に来るなっで……言われだがらぁ……!」
ミューカは嗚咽が激しくて、ひっくひっくと喋りづらそうにしながらも無理やり答えている。
あんなについて来たがっていたのを無理やり置いていったのに、それで怒られていたんじゃさすがに哀れだ。
「そ、そうだよぉ? 俺が言ったんだから。ミューカはちゃんと言いつけ通り約束を守ったいい子なんだよ?」
「なるほど。庇い立てするつもりですか。それなら私にも考えがあります。ミューカ、あなたはもういいです。主様がご飯を買ってきてくださったようだから、先にお食べなさい」
「でもぉ……いいのぉ?」
「香りからしてお肉ですよ」
「おにくぅ……食べるぅ……」
ミューカは涙を拭いながら力なく立ち上がり、覚束ない足取りで机へと向かった。
よかった。ミューカが元気になれば、俺は満足だよ……
俺のことは気にせず、温かいうちに肉汁を堪能してくれ。
「何を一仕事したみたいな顔しているんですか、主様。なんで一人で出かけたりなんかしたんですか?」
ああ、これは重要な問いだ。多分ゲームとかだとここで三択くらい選択肢が表示されてると思う。ここで選択を間違えば、とんでもないことになるに違いない。
だが俺もこの世界に来てから、それなりに修羅場を乗り越えてきた。ララとの付き合いもそれなりに長くなってきたし。最適な回答を叩きだして見せる!
「ララやミューカばかり働かせて、申し訳ないと思ったんだ……ララもミューカも、生まれたばかりなのに、楽しいことも全然、させてあげられてない。だからせめて、自分にできることがあるなら、何かしたいって。でも、かえって心配をかけてしまったみたいだ。ごめんね、ララ」
うむ。嘘は言っていない。悪いと思って無くても、素直に謝る。怒られた時はこれが一番大事。いや、悪いと思って無いなら素直とは言わないか。
「そのような気遣いは無用です。私たちは主様の為に生まれたのですから。使い捨ての盾にするような考えをしていただかないと困ります」
「ララ、それは違うよ。二人とも大事な仲間なんだから。いつかララと一緒に、人目なんて気にせずに大通りを歩きたい。そんな未来があってもいいでしょ?」
「主様……あなたという方は。そうやって耳触りのいい言葉ばかり並べれば、私の気が収まるとでも?」
くっ……駄目か! やはりララの方が数枚上手だったようだ。
やっぱり人に謝る時は誠意が大事らしい。決して今みたいに邪な気持ちで適当に謝ってはならない。
「……収まるに決まってるじゃないですか。好き。愛してる。大好き。こんなに私のことを昂らせて、一体どうするおつもりですか?」
「えっ? あー、それって許してくれるってこと?」
「ミューカもいるというのに。ああ、もしかして三人で致すことをお望みですか? 私は二人っきりがいいですが……主様が望むのなら仕方がありません。さあ、服を脱いで。楽にしてください」
「ちょっ、待って? なんか誤解があると思う。そんな空気じゃ無かったよね? 待って、触手が蠢いてるよ? 収めて、収めて!」
「ミューカ、主様はご奉仕をお望みです。さっさと食べ終えてベッドに来なさい」
「待ってくれ、話し合おう!」
スカートから伸びた触手が腕と足に絡みつき、軽々と持ち上げて、俺の身体をベッドに横たえた。
「ララ、メイティア? おいひーですわよ? 食べないんですの?」
ララと俺の視線が、串焼きを頬張るミューカへと注目する。
……腹減った。
多分ララも同じ気持ちだろう。俺とララは目を見合わせて、再びミューカの方へと視線を戻した。
「ま、まあ。腹が減ってはまぐわい出来ぬと言いますし」
「この世界ではほんとにそう言う言葉があるのかな……?」
ララの触手はスカートの裾へとしゅるしゅる戻っていった。
なんとか危機を乗り切って、俺は食事にありつくことができた。
串焼きは少し冷めてしまった上、ほとんど味付けもされていなかったが、油が多くておいしいものだった。
……まぁ、落ち着いたし、そろそろ話してもいいだろう。
「……そういえば、さっきヴェスパーの一員って人と会って話したんだけど」
「はぁぁっ!?」
ララは立ち上がって、しばし言葉を失った。そして再びゆっくり座ると、頭を抱えた。
「やっぱり危険な目に合ってるんじゃないですか……」
「ごめんって……」
「過ぎたことを責めすぎても仕方ありません。それで、何があったんですか?」
「実は……事実かどうか確かめたいことがあって。フィーナのことなんだけど……」
俺はテレスとのやり取りを、ララとミューカに話した。
もっとも、真剣に聞いているのはララだけで、ミューカは食後で眠くなったのか、ずっとうとうとしていた。
「成程。その男の言葉が事実なら、主様をかばったフィーナは北へ運ばれ、処分されると」
「うん。だから、助けたいんだ」
「何故です?」
「何故って……? だってフィーナがそんなことになってるのは、俺を助けようとしたせいなんだよ?」
「主様のために殉教できるのなら、本望なのでは?」
「殉教って……そんなことないよ。フィーナは優しいだけで……俺を信仰しているわけでもないし、きっとまだ死にたくないと思うよ」
「そうなのですか? 人間というのは首尾一貫しておらず、不可解ですね」
「だからまず、フィーナの件を事実か調べたい。もし事実なら、助けたいんだ」
「罠、という可能性も十分にありますが……」
「そうかもしれないし、本当に教えてくれているだけかも。こちらの信用を得たいようだったし。信用するに値するってことを証明したいんじゃないかな」
「まあ、主様がそうしたいとおっしゃるのなら、私たちは協力するのみです」
「ありがとう、ララ」
「それと、こちらからもご報告があります」
「どうだった?」
テレスの件のせいですっかり忘れていたが、ララがここを離れていたのは、自分たちが滞在できる安全な場所を探すためだった。
「適した場所が見つかりました。主様が提案された条件に全て当てはまります」
条件とは、自分たちが隠れ住むのにちょうどいい場所を考えて、ララにした幾つかの提案のことだろう。
まず、穢気に覆われた東の地であれば、聖女以外の人間は長居できない。
つまり、穢気領域の中の拠点周辺だけを浄化して、飛び地的に拠点を作ってしまえば、普通の人間には滅多に見つからないということだ。
聖女が血眼になって探せば見つかる恐れはあるが、幸い彼女たちは人手不足らしいし。
「よかった。どういう場所なの?」
「旧アライアン王国領、ナクト村の側にある大きな屋敷です。廃村にも関わらず、ある理由により屋敷だけは綺麗に保たれています」
「ある理由?」
「魔女が棲んでいるのです」
魔女というものが存在する世界だとは思っていなかった。そう言えば、ルースが同行させていた兵士の中にも、杖を持っていた奴がいたな。
聖女や王選十騎の光剣のようなもの以外にも、魔法というものがあるのだろうか。
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