第21話 名前だけでも


 テレスの言葉から訛りは消え、声の抑揚も減ったが、人当たりの良さそうな笑顔は消えない。

 それがかえって不信感を倍増させた。


「聖女メイティア。貴女とお話をしたかったのです。そのために、面倒な輩を演じました」

「あなたは……何者ですか? 王国軍? 聖女教会?」


 面倒な輩だって? さっきまでの方が数倍よかった。


 今考えれば、人混みで飛び出してきた時点で、ここまで連れてくる気満々だったのだろう。商売人としての怪しさに気を取られて、本質を見誤ってしまった。二重の罠だ。嵌められた。


「彼らは無能ですから、まだ貴女の居場所を掴んでいません。我々はヴェスパー。あなたにご挨拶を差し上げに来ました」


 テレスはわざとらしく大げさにお辞儀をした。おそらくテレスというのも偽名だろう。

 ヴェスパーといえば、ロイが警告してくれた邪教の奴らのことだ。魔物との共存を望んで、王国や教会と対立しているらしい。


 王国や教会に追われている自分に接触してきたということは、つまり……


「敵の敵は味方、ということでしょうか?」


 そう問いかけると、テレスは大笑いした。そういうことじゃないのか? だとしたらやはり敵か。


「はは……いや、失礼。味方などと、そんな無礼は思ってもみなかった。貴女は我々の上に立つべきお方だ。”晩鐘の天使”、メイティア様」

「上に立つだって……?」

「聖女教会には預言がある。預言に厳格に従って、我々ヴェスパーは聖女教会から離脱したのです。その中に、晩鐘の天使、すなわち貴女のことも記されている。我々の信仰対象……すなわち天の使いなのです」

「私は人間ですよ。この世界ではなく、他の世界から来た、ただの人間です」

「ある面では事実かもしれない。しかし預言を否定するものではございません。メイティア様。我々をお導きください」

「……あなたたちのことを、良く知りません」


 王国も教会も勝手なら、ヴェスパーもまた勝手だ。導けなどと言っておいて、気に入らなければいつ処刑だのと言いだすかわからない。

 近頃の出来事で、ここはそういう世界だと考えるようになってしまった。


 信じられるのはララとミューカだけ。根拠は無くても、二人にだけは決して裏切られないと確信している。


「もちろん、お気持ちはお察しいたします。真の聖者が歩まれるのは、いつだって苦難の道だ。世界に裏切られたと感じるのも無理は無い。すぐに受け入れていただけるとは思っておりません。ですから本日はほんのご挨拶だけ。それと、信頼されるために、一つ有益な情報を」

「情報ですか?」

「第六聖女フィーナは、異端の疑いを掛けられ、現在王都にて拘束されております」

「フィーナさんが?」


 恐れていたことが起きてしまった。フィーナが自分たちのことをかばい、挙句こうして逃げ出したとあれば、フィーナが見せしめにされてしまうことはあり得ないことではなかった。


 しかし、テレスが言っていることを全て信用していいとも思えない。


「もちろん、彼女は我々の仲間などではない。王都の連中も、心のどこかではそれをわかっているのでしょう。しかし、処分せざるを得ない。彼女を処さねば、自分たちが異端だと思われかねないのだから」

「バカなことを……フィーナを助けられないの?」

「我々をお導き下さるのであれば、どんな命令にも喜んで従いましょう。しかし、そうでないのなら、我々は動けません。信者達に説明がつきませんからね」

「それは……まだ……」


 助けてはやれるが、そうしたいならヴェスパーに入って奉られろ、ということか。しかしフィーナの状況を含めて、テレスの言っていることをどこまで信じていいのかわからない。


「であれば、もう少々詳しくお話しましょう。近頃の聖女教会は従前の火刑を廃止し、人道的な処刑を対外的にアピールしています。恐らく、フィーナも数日中に、その方法で処刑されることでしょう」

「どんな方法で? ギロチンとか言わないよね……」

「ギロチン? それは何です?」

「いや、無いならいいんです」


 この世界にまだ無いのなら、そんなお手軽さくっとな処刑方法を決して広めてはならない。

 さくっと、ってより、ザクッと、かな。ドスンと、の方が正確か? なんでもいいか。


「聖女教会は罪人を北部ノーマン山の鉱石採掘施設に送り、緩やかな労働の日々とともに、自然に死を迎える日を待つことになるとしています」

「それって死刑っていうより、無期懲役? それじゃあ、そんなに救出を急ぐ必要はないといことですか?」

「いえ。残念ながら真っ赤な嘘です。北方には穢気及び魔物の研究施設があり、処刑が決まった人間はそこで人体実験に使われます」

「人体実験って……どんなことを……?」

「過剰に穢気に晒した時の人体における反応、穢気を直接注入する実験、人体の一部を魔物化する研究、極めつけが、穢気核を砕き、人間に摂取させる実験、などなど。先進的な試みがいくつもございます」


 ルースが言っていた、ララが送られる可能性があった研究所とはそのことか。ララだけではなく、普通の人間も研究材料にしているとは。真っ黒もいいとこじゃないか。


「無茶苦茶だ。教会には倫理観というものがないのですか?」

「皮肉の効いたお言葉だ。いいですね、とても気に入りました」

「事実を述べただけなんですが」

「ならば皮肉の効いた事実、ということです。残念ながら人類は、いつも少数の犠牲のもとに未来を切り開いてきたのです。天使様におかれましては、どうかそんな愚かさまで愛して頂きたい」

「反吐が出る」

「おっと、一言多いのは私の悪い癖です。いずれにしても、聖女フィーナは近日中に北方の研究施設に送られ、順番が来たら使い捨ての人体実験に使われることでしょう。聖女ということもありますから、サンプルとして重宝されるかもしれませんね」

「その話が事実なら、助けないと。フィーナがそんな目に合っているのは、私たちのせいです」

「お導きくださる覚悟ができたのなら、いつでもお呼びください。ご自分で動かれるのもいいでしょう。しかし、あまり時間をかければ……彼女の身体が、精神が、無事なまま救い出せる可能性は低くなります。ご注意ください」

「わかった。信じるかは別として……教えてくれてありがとう」

「なんと。信じるか決めかねているのに、お礼まで頂けるとは。しかし、勿体なきお言葉です。では、また近い日にお会いしましょう」

「ええ。テレスさん……でいいんでしょうか」


 テレスがお辞儀をして、顔を上げると、彼はまるで今までのやり取りなど無かったかのように、陽気な声を出した。


「おおきに! そうして名前だけでも覚えてもろたら、僕は満足や。ほな、またどこかでお会いしましょ!」


 テレスはそう言うと、路地に自分を残して素早く立ち去って行った。

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