第15話 クイーン
ユニオンスライムから出てきた穢気核を拾い上げる。
別の魔物から生まれたものだが、スキュラの時と全く同じ見た目の黒い光沢のある球だ。
「あれをやらないといけないんだよなぁ」
「”祝福”、あるいは”洗礼”、いずれにせよ、穢気核への接吻が必要かと」
「どっちになるんだろうか……」
「嫌がっているうちは、洗礼になる可能性が高いかと」
「でもそうしたら、またララみたいに新しい子が生まれちゃうんじゃ……」
「嫌、ですか?」
新しい子が生まれることを嫌がっているところを見せたら……ララは自分が生まれたことも俺が後悔していると感じてしまうかもしれない。
別にララが嫌いなわけじゃないし、生まれてほしくなかったわけでもない。
「まあ、それもいいか。ララにも姉妹ができちゃうかもね」
「複雑な心境です。主様には私一人いれば十分ですから」
ああ、そっち? 良かれと思って言ったのに。
そんな時、広場から遠くの道に見える穢人たちが、屈みこんで咳き込み始めた。
「ユニオンスライムを倒したため、寄生した部分も死に始めたのでしょう。街中の人々が嘔吐によってスライムを吐き出し、その後正常に戻ると考えられます」
「いいことだよね? いいことなんだよねっ!?」
想像すると気持ちが悪いが、町中でこれが行われているらしい。これでみんな無事に元に戻るというわけだ。しかし、元に戻ったら、人々は広場の様子を見に来るかもしれない。
「どうせ穢気核にキスするなら、人に見られていない時の方がましか……」
俺は覚悟を決めて、穢気核に顔を近づけた。
どうやってこの小さな球体が人型になるのだろうかと気になっていた。今回は出来る限り目を開けて見届けてやる。
唇が穢気核に触れると、やはりはじめはひんやりとしているが、徐々に熱を持ち始める。それと同時に、その場所から広がるように、白い粘液が球体を覆いはじめた。
光剣とほぼ同じ光が球体を飲み込むと、こねくり回された粘土のように、ぐねぐねと形を変え、膨張し始めた。
ダメだ。眩しすぎる。目の前でこの光を見続けると目が焼かれる!
咄嗟に目を閉じ、後は触感に委ねた。あの白い光は、それこそ、まるでスライムの様に蠢いて、穢気核の存在そのものを書き換えているかのようだった。
核から伸びた腕らしきものが、肩の上を通り、首の後ろに回されるのを感じる。自分の手が掴んでいるのが球体ではなく、明らかに人の肩のような形状になった頃、目の前で声が聞こえた。
「んむぅ~」
キスしていることをあえてアピールするような、少女の声だった。その直後、唇に、相手の唇とは違う生温かい感触を感じた。それが上唇と下唇の間にぬめりと当たったので、俺はとっさに身体を引いた。
「んん!?」
ようやく眩しさが収まってきたので、目を開いた。
「きゃっ……もう、ひどいですわ! どうして突き飛ばしたりなんかするんですの!」
自分やララよりも甲高い、小鳥のような声が響いた。
その声の主……穢気核から生み出された少女は、鮮やかな深い水色の髪の毛、少し濃い青のドレスを身にまとっていて、まるで清い水の化身のようだった。
髪もドレスも、先端に近づくに従って淡く光を通して、水面の様に透き通っている。というか、実際髪もドレスの裾についているフリルも、明らかに水の様に流れて、波打つように動いていた。
「君は……?」
「私はクイーン・ミューカ。メイティアとスライムクイーンから生み出された、あなたの愛する人ですわ!」
ミューカと名乗った少女は、言われてみれば頭にちょこんと小さなティアラを乗せている。クイーンと来たか。ユニオンスライムに性別は無さそうだったが、雌だったのだろうか? いや、自分の身体から情報を取り込んで女性化したということだろう。
ミューカの表情は子供のようにころころと変わり、ララとは正反対だ。いずれにせよ、また新たな魔物娘が生み出されてしまったことには違いない。
「戦い方は先ほどご覧に入れましたわね? 私の身体、どこでもいつでも液体化できましてよ!」
ミューカが自分の掌を目の前に掲げたと思えば、手の形を崩しながら水色へと染まってどろりと向こう側を透過した。どうやら普段は人間らしい見た目をしているが、やろうと思えば身体のどこでも思い通りにスライム化できるらしい。
ユニオンスライムとは違って、綺麗に透き通るような水色になっているのは、浄化された影響だろうか。
「あ、あら? 反応が薄いわね。す、すごいと思いませんこと? メイティアの情報から、光剣への耐性も手に入れましたの。光剣で斬られてもまたくっつけましてよ?」
「ああ、そうなんだ。えーっと、すごいね。メイティアだよ、よろしく」
「知ってますわ! 私の愛する人!」
ミューカは感情を抑えきれなくなったかのように、再び抱き着いてきた。
ミューカの髪の先が手に当たって、一瞬濡れたような感覚がしたので自分の手を見ると、触れている間は水のようだが離れると手は濡れておらず、余計な水分は残っていなかった。
ミューカはなんとも不思議な体質だ。
「すごい。綺麗な髪の毛だね」
「まぁ……! あらあらまぁまぁ! そんな誉め言葉って、嬉しくって気絶しそうですわ!」
ミューカは興奮した様子で離れると、踊るようにくるくると回った。幸せそうで何よりだ。
しかし、やはり再度魔物娘を生み出してしまった。今行われている会議にどう影響するものか。何か光剣効かないとか言ってるし。聖女でも倒せないなら、やっぱりユニオンスライムよりやばそうだ。
「何ですか、この女。頭に響くうるさい声ですね」
「ララ、口が悪いよ……」
様子を見守っていたララは、吐き捨てるようにミューカに言った。
「んなっ! なんですってぇ!? あなたがさっきのスキュラね! この私に手も足も出なかったくせに、何を偉そうなこと言っているんですの? メイティアの役に立たなかったんて、お笑いですわね!」
おーっほっほとお嬢様のような、いやお姫様のような? 笑い方をするミューカ。
ララは表情一つ変えないまま、なんと触手でミューカの頬を引っぱたいた。
スライムの欠片がミューカから軽く飛び散る。
「ぇだっ!? 痛いですわ! ひどいですわ! この女、叩きましたわ!? メイティア、ひどいですぅ~!」
ミューカは頬を抑えながら、涙目で被害を訴えた。いや、散々煽ったミューカも悪いが、ララもさすがにやり過ぎだろ。容赦ないな。
「ララ、一旦、顔はやめようか……女の子だし……」
「えー……? 承知いたしました。まあ痛みを感じることはわかりましたので、物理攻撃が効かないとはいえやりようがありそうです」
えー、じゃないよ。物理攻撃で傷つかないなら死を気にせずに拷問できる、みたいなことを考えてそうで怖い。
「仲良くね、仲良く」
そうこうしているうちに、街の人たちは正気を取り戻して、何が起きたのかと辺りを見回している。兵士達も門を開放して街の中に入って来たようだ。
ララに、シエナ達のような屋根の上に置いてきた人々を降ろさせ終わった頃に、ルースとロイが兵士を連れて広場にたどり着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます