第14話 寄せては返す


 スライムは身体の一部をもこもこと伸ばしたかと思えば、放水するように一気に黒い液体をこちらに飛ばした。


「効くんだよな? 頼むぞ!」


 八つの剣を飛ばして、こちらへ迫るスライムへと正面からぶつけた。

 剣の当たったところから、ジュッ、と勢いよく、黒い水蒸気のようなものが広がった。

 スライムは大きく震え、手を引っ込めるように、突き出した身体の一部を本体へと素早く戻した。


「よし、効いてるっぽい!」


 原理はわからないが、とりあえず光剣はユニオンスライムにも有効らしい。何か痛そうに波打ってのたうち回っている。ただの粘液なのに、痛そうとか苦しんでいるとか案外伝わるものだな。


 視界の端ではララが素早く動き、広場中の穢人を無力化していっている。一度遠くへ追いやっても、拘束しているわけではない。穢人たちは再び広場へ戻って来るだろう。


「ララのためにも、ちゃっちゃと片づけないとね」


 ユニオンスライムは怒ったのか、今度は一本ではなく、何本もの水鉄砲を体中から放水した。しかしこっちの光剣も、それなりの数がある。


「行け!」


 光剣たちはイメージ通りに軌跡を描き、勢いよく放たれた水鉄砲を迎撃する。そのたびに爆発的に蒸気が発生し、ユニオンスライムはこちらへ勢いよく伸ばした身体を素早く引っ込め、苦しむように震えた。


 よし、行けそうだ。後は攻撃に転じて、このユニオンスライムが穢気核になるまで、スキュラの時のように斬り刻めばいい。


 そんなことを考えた時、ユニオンスライムは先ほどまでとは違う動きを見せた。


「何だ?」


 ユニオンスライムは身体を縦に伸ばして、まるで塔を作るかのように上の方へと伸びていった。自由自在に形を変えられるのは何となくわかっていたが、そんなことをしてどうするつもりだろうか。


 その高さは噴水の中心の高い像を超え、広場の周りの建物の高ささえも超えた。今やその身体は円柱状に高く伸び、半透明の塔になっていた。


 何をする気かわからないが、何かする気なのは間違いない。もしかしたら斬りやすいように細長くなってくれたのかもしれない。だとすればご丁寧で優しいスライムだ。


「ララ! 何か来る!」


 何かさせる前に、斬り刻んでやろう。そう思って光剣を向かわせかけた時、気づいた。そしてそれと同時に、スライムも行動を起こした。


 スライム塔の上から、一気に、叩き落とすように、スライムは自身の身体を重力の力を借りながら、地面に向かって収縮させた。


「やべっ!」


 蛇口を捻って、水を出した時のように。水滴が、地面に落下する時の様に。地面に叩きつけられた液体は、一気に薄く、広がる。


 それが盆から零した覆水なら小さな水たまりができる程度だが、池一つ分ともなれば、その勢いは川の急流に近い。


 間に合うか? 素早く光剣たちを呼び戻し、自分の目の前の地面に、交差させるように突き立てる。


 八つの光剣が交差し、盾のような形を作った瞬間、噴水の近くから広場全体へ広がるように、一気にスライムの波が押し寄せた。


 視界を覆い、噴水を粉々に砕き、ベンチを弾き飛ばし、屋台を吹き飛ばし、一気に広がったスライムの身体は、広場全体を埋め尽くすように広がる。


 光剣の盾に当たった部分は、その瞬間から蒸発し、進めないとわかったスライムの身体は光剣を避けて両側に分かれて広がった。しかし勢いを消しきれなかったスライムの一部は、盾の上側を跳び越え、飛び散って身体にぶつかった。


「うわっ!?」


 バスケットボール大の塊が肩に当たり、俺はバランスを崩した。小さな塊だが、かなりの勢いで飛んできたせいで、吹っ飛ばされるような衝撃だ。


 聖女の光剣を操る攻撃は最強といっていいが、身体の方は華奢な女性のものと変わりない。


 吹っ飛ばされて盾から離れると、後ろ側に回り込んだスライムの波が、すぐ近くに迫った。


 俺は尻もちをついたまま咄嗟に光剣を呼び戻し、自分の周りに水平に回転させた。自分を中心として、扇風機のように高速回転させる。いや、速さ的にはミキサーか?


 近づいたスライムは回転する刃に引き裂かれ、引きちぎられて飛び散った。


 危ない危ない。しかし咄嗟のこととはいえいいアイデアだった。正面に盾として使うときも、高速回転させた方が効果的かもしれない。


「ララは? 無事か!?」


 広場を見回すと、ララは三人の穢人を触手にぶら下げながら、建物の壁に触手を突き立てて張り付いていた。


「私は無事ですが、何人か吹き飛ばされました!」

「仕方ない! 自分の安全を第一にして!」


 覆水は盆に返らないが、スライムは元の形に戻ろうとする。広場の地面を覆い尽くしたスライムは、中心へと引き戻されて一気に元の形へと戻り始めた。


「今がチャンスか? いや……」


 中心に集まりはじめたスライムは、そのまま螺旋を描きながら再び上へと伸び始めた。


「これを繰り返すつもりか!」


 単細胞生物のように見えるが、案外考えて戦っているのかもしれない。細々と攻撃しても光剣に迎撃されるから、面で制圧するつもりのようだ。

 聖女といえども、空中に逃れる術はない。ならば地面を一気に覆い尽くす攻撃の方が、効果的というわけだ。


 今度の塔は、竜巻の様に螺旋を描いて空中へ伸びて行っている。おそらく、さっきの攻撃に横回転を加えるつもりだ。飛び散った破片程度でも、当たれば効果的だと悟ったのだろう。


 螺旋の力を持ちながら地面に一気に落下した場合……横回転に強いエネルギーを持って、波打ちながら外側へ一気に広がるだろう。


 今のうちに素早く斬り刻むか? しかし一撃で倒しきれなければ、防御が間に合わずに一発でやられる。リスクが高い。


 じゃあ防ぐか? さっきみたいに正面に盾を出しても、横から打ち寄せるスライムに飲み込まれる。しゃがみ込んで光剣を回転させたとして、勢いよく打ちあがった破片にやられてしまうだろう。それならこの場合の正解は、斜め前方向に盾を回転させて……いや、まどろっこしいな。


「ララ! 来て!」


 そう叫ぶと、穢人たちを屋根の上に置き去りにしたララが、素早くすぐそばに着地した。スライムの竜巻は、既に先ほどの塔と同じ高さくらいまで伸びている。


「主様、どういたしますか? ……あっ!」


 詳しく説明している時間はない。ララに抱きついて、耳元で短く言った。


「跳んで避けて」


 スライムの竜巻が、上から潰されたかのように地面へと潰れ始めた。それと同時に一気に、素早く瓦礫を飲み込みながら広場へとスライムが広がっていく。


「承知」


 ララは俺の身体を素早く抱え上げ、広場まで来た時と同じように、触手で地面を蹴って空中へと飛び上がった。

 聖女は飛べないが、俺には跳べるララが付いている。ララはスライムに攻撃できないが、俺は安全さえ確保されればやりたい放題だ。


 上空から見た、水平方向に伸びきったスライムは、最も無防備な体勢に見えた。


 そんな形状の物体を八つの剣で斬れと言われたら……やり方は一つだろう。


 八光剣の刃をそれぞれ一定の角度で外側へ向け、スライムの中心へと振り下ろし、突き立てる。スライムはビクビクと震えるが、攻撃はここからだ。


 中心に突き立てた八つの剣を、それぞれ外側へ向けて、一気に走らせる。


 必殺・ピザカッター? いや、ショートケーキとかの方がおしゃれか? でもそんなに厚みもないし、やっぱりピザだよね。


 八つの光剣に、綺麗に八等分の三角形に近い扇型に引き裂かれたスライムは、再びくっつくことができず、バラバラのままのたうち回った。どうやら光剣に斬られた部分は、合体して再生できないようだ。徐々に黒い蒸気を発しながら、スライムの破片は小さくなり始めた。


 よし、上手く倒せた!


「やりましたね、主様。流石です」

「ララのおかげだよ。全然、役立たずじゃなかった」

「主様……私は……私は……!」


 ララの身体を抱く手に少し力が入る。喜んでいるってことでいいのかな?


 綺麗に八等分されたユニオンスライムはどれが本体かもわからず、再生できずに消え始めた。ララは触手で建物の壁を蹴り、俺を抱えたまま、広場の中心へと降り立った。


 ララに降ろされて地面に立つと、崩れてしまった噴水のそばに、黒い穢気核が無造作に転がっているのを見つけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る