第9話 次のお仕事


「わわ、何やっているんですか、お二人とも! それはどういう儀式ですか?」


 俺がララに触手で絡めとられ、今にも襲われそうになっているところを目撃してしまったのは、マイカというシスターだ。


 栗色の髪と目をした、背の低い女の子だ。聖女と似ているが少し飾りの少ない、黒と白のシスター服とベールを身に着けている。

 俺とララが聖女教会で過ごしている間の世話を任されていて、気を利かせて自ら進んで何でもやってくれる。ここで何の不満もなく過ごせるのは、マイカのおかげだ。


「おや、マイカさん。敢えて言うならば愛の儀式ですよ」

「そんな素敵な儀式が? 私にも詳しく教えてください!」

「純粋なマイカさんに余計なことを吹き込むな! いい加減離せって」


 ララはようやく渋々引き下がり、触手たちは綺麗なドレスの裾に収まっていった。


「どうしてやめるのですか? 見てみたかったのに」

「お子ちゃまにはまだ早いです。それにあなたは聖職者ですし」

「メイティア様だって聖職者なのにぃ」


 マイカは可愛く頬を膨らませて不満を表した。マイカのそういう仕草にはまだ幼さが残る。


「それはさておき、マイカさん。お手洗いに行きたいのですが、付き添っていただいてよろしいですか?」

「もちろんです!」

「ララって……トイレとかするの? 行こうとするところ、今初めて見た気がするけど……」

「はて、お手洗いですることが一つとは限らないでしょう? 私をこんなにしたのは主様で」

「もういい! もういいから。マイカさん、お手洗いに案内したら、出来るだけ距離を取って待っているんだよ」

「はぁ、不思議なことを言いますね。でも、わかりました!」


 マイカは純粋な子でよかった。淫獣に思考を汚されないように、できるだけ近づけないようにしないと。


 実際、トイレにそんなに時間がかかるわけがないだろう、という程時間がたった頃、ようやくララは帰ってきた。


 呆れて文句を言おうとしたが、やめておいた。なぜならララと一緒に入室してきたのは、マイカではなく、フィーナだったからだ。


「あれ、フィーナさん。ララと一緒だったんですか?」

「ええ。さっき入口でばったりと。マイカはどこに行ったのかしら? ララから目を離してはいけないと、あれほど言ったのに」

「ああ、それは私が距離を取るようにと……余計なことを言っちゃったんです。ララが何をするかわかったもんじゃないですから」

「心外です。私が襲うのは主様だけですよ」

「誇らしげに言うことではないだろ…………それで、今日はどうしたんですか?」


 俺はララを適当にあしらって、フィーナに要件を聞いた。


「いえ……部屋の使い心地はどうですか? 外に出してあげられなくて、ごめんなさいね」


 優しい。久々にフィーナの穏やかな笑顔を見るとほっとする。母性なんてもの自分にあるわけがない。本来それはフィーナみたいな人が持つものだ。


「おね……フィーナさん。豪華な部屋で、マイカさんも色々世話を焼いてくれるし、何不自由ないですよ」

「そう。よかったわ。ララも、本当に問題無さそう?」

「ええ。自由奔放にやってますよ……」

「なんだか疲れているように見えるけど……」

「気のせいですよ、はは……」


 本当はフィーナお姉ちゃんに泣きつきたいところだが、分別のある人間なので妄想の中だけで済ます。生まれたばかりだから許されると思うけど、俺が分別のある赤ちゃんでよかったね。


「それで、二人の処遇について、何か決まったんですか?」

「いえ、それが……」


 ララと自分の扱いがどうなるのか。その結論次第で、自分もどう動くか決めなくてはならない。ララを実験サンプルとして解剖する、なんて言おうものなら、従うつもりはない。

 口ごもるフィーナの様子を見て、少し不安を覚えた。


「実は……最終的な結論を下す前に、南部で魔物の襲撃があったのです。強力な魔物のようで、その討伐にメイティアとララを派遣することになってしまいました……」

「ええ? まだ結論も出ていないのに?」

「それが……はい。結構ひどい有様のようで、一刻も早く対処が必要なのですが、他の聖女も出払っていて……私も会議に参考人として呼ばれてしまっているので」

「人手不足、ですよね」


 かといって危険度を測りかねて幽閉していた自分たちを、わざわざ野に解き放つものだろうか。何か裏があるように思えて仕方ない。


「強力な魔物、というのは?」


 ララも聞いていたのか、会話に参加してきた。ララも一緒に、ということは、一応ララのお目付け役として自分は信用されているのだろうか。


「実は、まだ正体を掴みかねているのです。強力な穢気の侵食によって調査が難航しています。しかし一つ分かっていることは、穢人……つまり穢気によって狂暴化した人間が、争い合わずに統率の取れた行動を取っている、ということだけです」


 穢気に侵食された人間は、狂暴化して、他の生き物を襲うようになる。

 人間が多く居る場所で穢気が広がれば、共食い……というのも残酷だが、お互い狂暴化して危害を加えあってしまう。確かフィーナにはそう教わっていた。


「みんな争い合わずに無事、ということは、むしろいいことなのでは?」

「そういう点ではいいのですが……調査に向かった兵士に集団で襲い掛かるなど、連携を取って攻撃を仕掛けてくるのです。浄化による回復の見込みがある以上、傷つけたくはないですし、やりにくい相手です」


 そんな繊細な戦場に、暴力の化身みたいなララと自分を派遣しようとしているのか。聖女教会っていうのはなかなか何を考えているのかわからないな。


「ララ、何か、そんな魔物の心当たりはあるかしら?」

「穢気に汚染された人間を操る魔物がいないわけではありません。ブレイン・フレイヤ―などはその筆頭です。しかし彼らが操った人間は通常、穢人とは分からない程人間らしい行動を取ります」


 さすが元スキュラだっただけあって、ララは魔物のことにも詳しいようだ。フィーナも心境は複雑だろうが、ララの知識を有効利用しない手はないだろう。


「では違うと思われます。戦うときの振る舞いは、穢人のそれのようです」

「ふむ。他にもリッチ、ゾンビ、スケルトン、マミーなどがいますが、いずれも生物の死体が穢気の汚染を経て動くようになった魔物です」

「それが、死体らしき損傷は無いようなのです」

「であれば……お手上げでございます」


 ララの魔物の記憶と知識をもってしても、犯人はわからないらしい。


「メイティア、行ってくれるかしら……危険な場所なのだけれど……その、実績を積めば、その分きっと聖女教会も、ララさんとメイティアのことを信頼してくれると思うのです」


 フィーナは申し訳なさそうに、伏し目がちにそう言った。どうやら会議の結論は出ていないものの、旗色は悪く、ララと自分の扱いにフィーナも不安を感じているようだ。


「やってみます。だから元気を出して下さい。フィーナさんは何も悪くないんですから」

「私は……っ……ごめんなさい。無理を言います」

「ララも手伝ってくれますしね」

「当然です。きれいさっぱり皆殺しにして差し上げます」

「いっちばん駄目だよ……信頼も地に落ちるよ……」


 まぁそんなこんなで、俺たちは教会の信頼を勝ち取るために、とんでもない化け物を倒しに向かうことになったのだった。


「ちなみに、今回もルース様が協力して下さるようですので、よろしくお願いいたしますね」

「げっ……」

「楽しみにしているようなので、本人の前でそんな顔を見せてはいけませんよ? 振る舞いは聖女らしく、ね?」


 ララだけではなく、あの爽やかイケメンにも警戒しないといけないのか。残念ながら、既に前途は多難のようだ。

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