第6話 私の、愛しい、


 穢気核から生み出された少女、ララは、臨戦態勢の聖女フィーナと睨み合っている。


 ルースや兵士たちはその周りを取り囲んでいるが、事態を掴みかねているようだ。


「第六聖女、フィーナ。光剣を仕舞いなさい。当方に敵対の意志はありません。少なくとも、主様がそう考えている間は」

「私の……名前をなぜ知っているのですか? あなたとは初対面です、ララ」

「いいえ。先ほど申し上げた通り、私は主様とスキュラから生み出されし者。スキュラの頃の記憶を保持しておりますので、あなたのことは存じています。三年前のキハラより」

「ふざけないで!」


 いつもは穏やかなフィーナが声を荒げる。一方ララは、表情を変えるということを知らないかのように、口元だけが動いている。

 言われてみれば、ララの顔立ちは、今の自分の身体のものと似ているかもしれない。髪や体形は異なるので、そこまでそっくりとは思わないが。


「あなたは魔物。化け物です! キハラのことを覚えているというのなら!」

「第四聖女ミリアと第七聖女シャーリーのことは残念でした。彼女たちはよくやった。私には及ばなかっただけのこと」

「その名前を……口にしないで! スキュラ!」


 激昂したフィーナは、迷わず光剣を振るった。


 驚いた。なんだかんだ彼女は慈悲深い性格だと思っていたから。

 しかし、仇がかつての仲間の名を口にしたことで、理性のタガが外れたようだった。


「愚かな。だから聖女は無駄に死ぬ」


 ララは冷静に、手を振るった。すると、その手首の下側から、黒く細い触手が勢いよく伸びて、鞭のようにしなった。

 巨大なスキュラの触手とは違い、手で掴めるほどの太さだ。黒い金属のように光沢のある触手は、ララの着ているドレスと同じ素材に見えた。


 ギン、と嫌な音が響いた。


 ララの触手は、振り下ろされたフィーナの光剣を、弾いた。


「なっ……弾いた!?」


 スキュラと戦った時、自分のものだけではなく、フィーナの光剣も、触手に弾かれるようなことはなかった。

 スキュラの触手は決して硬いわけでは無く、単純にその巨大な質量によって、全てを斬り刻みきれないうちに、過去の聖女も倒されたのだろうと思った。


 しかし、今、このララという少女は、その触手で光剣を弾いた。フィーナの反応を見るに、そんなことは初めてだったに違いない。


「言ったでしょう? 私は高位生命体です。私の一部は主様の情報でできている。そこらの聖女に倒せるとは思わないことです」


 ララの手首から伸びた触手は、吸い込まれるように縮んで短くなり、身体の中へと戻っていった。

 その代わりに、ぱんぱん、と、ララはスカートの裾を叩いた。


 すると裾へ向かっていた長い繊維それぞれもまた、触手のように蠢いて、その先端をフィーナの方へと向けた。あの繊維全てが、手首から出た触手と同様の強さを持っているようだ。


「そう……そうなのね。ようやく私も彼女たちの元へ行けるというわけね。ルース様。メイティアを連れて逃げて。ララ……彼女は国を挙げて倒さねばならぬ存在です」

「しかし……」

「早く!」


 ルースは躊躇ったが、こちらへ近づいて、手を差し伸べた。


「さあ、行こう。フィーナの決意を無駄にはしない」


 フィーナとララは睨み合い、一触即発だ。フィーナとララが戦えば、どちらも無事では済まないだろう。フィーナも歴戦の聖女だ。ララも無傷では済まない。


 それは困る。ララが傷ついてしまうなんて。


 いや、困らないだろう、どうしてそんな……


 ここでフィーナが倒されても、討伐隊が組まれて、国中がララを追うことになるかもしれない。ララは傷ついてしまうかもしれない。そんなのは困る。


 困る? ララが傷つく? 


「私の、可愛い、ララが?」


 心の底の何かが囁き、俺は素早く駆けだした。背中には八つの光剣、頭には光輪が勝手に現れる。


 双方駆け出し、今にも切り結ぼうとしている二人の間に、俺は割り込んだ。


 後方、背中の八つの光の剣は、素早く動いてララの触手が繰り出す連撃を受け止めた。

 前方、フィーナが振り下ろした、連結剣の大剣の一撃は、頭の上の光輪が動き、自動迎撃した。


 あ、この光輪って武器として使えるんだ。何か飾りかと思ってた。


「メイティア!?」

「あ、主様!」


 二人は全力で繰り出した攻撃を予想外の人物に受け止められて、思わず動きを止めた。


 謎の心の声に従って反射的に動いたはいいものの、特に後先など考えていなかった。

 正直攻撃を受け止めたことよりも、そのことに一番焦った。


「え、えーと……とりあえず、話し合いませんか? ほら、その辺でお茶でも飲みながら、ね?」


 なんか陰キャが無理してナンパしたような台詞になってしまった。でも今は美少女だから許されるはずだ。……頼む、許すと言ってくれ。


「フィーナ。落ち着け。このまま戦っても、不利な戦いだ」

「ルース様、でも私は……」


 ルースはフィーナの肩を掴み、これ以上戦わないように説得してくれた。


「私たち騎士団の任務は、メイティアの護衛だ。彼女を傷つけようとするのなら、君のことも止めざるをえない。そうだろう?」

「そんなことを言ってる場合では……」

「お願いします、フィーナさん。ララはいい子なんです」


 口をついてはそんな言葉が出てくる。自分でもどうかしていると思うが、なぜかララを愛しく思えて仕方が無い。何度も言うがチョロいわけではないです。


「いい子ですって!?」

「嗚呼、主様……勿体なきお言葉……」


 ララは恍惚とした表情を浮かべている。つまり相思相愛……ってことか。

 いやおかしい。まずララは人間かどうかも疑わしいのだ。決して気を許してはいけないが、とにかく可愛い。なぜだか勝手にそう思う様になっている。もうダメかもしれない。


「混乱してきた。頭が変になりそうだ……」

「メイティア……?」

「ほら、メイティアもまだ生まれたばかりなんだ、フィーナ。話し合おう。これからどうすべきか」


 そうそう。俺は赤ちゃんなんだ。そこのけそこのけ、赤ちゃん通りまーす。


 ……前世の話を信じないなら少しは配慮してくれって話だ。あくまで例え。実際赤ちゃん扱いされたら流石に……まぁフィーナにならいいか。


「そう……ですね。私としたことが。些か感情的になり過ぎました」


 フィーナは弱り切ったように俯いた。別にフィーナが悪いわけでは無い。仇を倒したと思えばララになって復活したわけで、心境は複雑なものだろう。


「気にすることはありません。感情を制御できないのは人間という下位種族においては当然の性質。あなたという個体が弱いわけではありません」

「ララ、ちょっと静かにしていようか……」

「はい、主様。仰せのままに」


 慰めてるんだかとことん馬鹿にしているのかわからないララを、フィーナがとんでもない顔で睨みつけたので、取りあえず黙らせる。


 大体自分だって人間だ。人類全部を侮辱されているようなことを言われるのは、そう気分がいいものではない。

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