第4話 俺の……痛っ! 「私の」パワー……でした……すみません


「撤退しろと言ったでしょう!? 無駄に死なせないで!」


 フィーナがルースに叫ぶ。そんなフィーナの頭上から、一本の触手が迫った。


 振り下ろされた触手を辛うじてフィーナは避けたが、地面が叩かれた大きな地響きで、その場にいた全員がすっ転げそうになった。


「くっ……仕方が無い。メイティア、君を最優先で逃がす。あれを倒すことはできない!」

「フィーナさんでも駄目なんですか?」

「スキュラはキハラで二人の聖女を殺してる! フィーナ一人では無理だ!」


 なんだかわからないが、あれは聖女を二人殺したことのある化け物らしい。

 確かに一人では太刀打ち出来そうにもない。自分も聖女扱いされているが、何ができるのかもわかっていないから、客観的に見ても戦力外だ。


「まずいぞ、走れ!」


 そう言われて振り向くと、先ほど村の右半分を吹き飛ばした触手が、そのままこちらに向かって横振りに迫っていた。


 残った瓦礫を吹き飛ばし、樹々をなぎ倒し、兵士を軽く空へ舞い散らす。全てを破壊する轟音が響く。


 いや、無理だろこれ。面で払い飛ばしに来てる。まるで腕全体で、机の埃を払っているかのように。空でも飛べない限り、地面に立っている全員が、アレから逃げられない。


 村の建物、人、地面の上に立つあらゆるものを全てを振り払う勢いで、漆黒の巨大な触手は迫っていた。


「メイティア! 避けろおぉ!!」


 避けれるかい、こんなん。


 一歩早く逃れているルースが走りながら叫んでいて、俺もそっちへ走っている。だが、触手はもう目と鼻の先まで迫っている。


 振り向くと、コンマ何秒か後には自分にぶつかる距離だった。避けられない。


 これは死んだ。わけもわからないまま、新しい人生、終了だ。




 ……吹き飛ばされるような、突風だけが全身を吹き抜けた。


 巨大な触手が裂かれて、液体が飛び散る音が、耳のすぐそばで響く。


「へ?」


 光の刃が四本、自分の目の前に現れて、流れるように縦に動いた。

 フィーナが使ったあれと同じ、光の剣だ。


 四つの光剣は、尻もちをついた俺の目の前で、巨大な触手を引き裂いて真っ二つにした。


 引き裂かれた触手の先端が、黒い液体をまき散らしながら後方に吹っ飛び、大きな音を立てて樹々を倒しながら、ビタンビタンと飛び跳ねている。


 トカゲの尻尾のように、斬り飛ばされた後も勝手に動いている。


 なんだ……? フィーナがやったのか?


 四つの光剣は宙を舞い、自分の後方へと下がった。振り返ると、四つの光剣が、羽根のように自分の背中の後ろ側に浮いている。


「何だこりゃぁ……」


 慌てて辺りを見回すと、何と反対側にも、同じようにそれぞれ長さの違う四つの光の剣が、羽根のように浮かんでいる。


 背中の片側に四対ずつ。合計八つの光剣が、羽根のように自分の後ろに展開していた。最も小さい一番下の二対の光剣でも、自分の腕よりは長い。


 しかし、眩しさはそこからだけではなかった。軽く上を向くと、自分の頭のすぐ上に、光の輪が浮いている。


「天使……?」


 ルースが呆然と、こっちを見てそう呟いた。どうやらそういうものがこの世界にもあるらしい。


 キシャアァ、と耳をつんざく嫌な音が響いた。口さえ見当たらないスキュラという魔物は、どこから声を出すのかもわからないが悲鳴を上げて、触手全てをのたうち回らせている。


 そしてはっきりと標的を見定めたのか、こちらに向かって残った全ての触手を一斉に伸ばした。


 視界を全て覆い尽くすかのように、巨大な触手が全方位から殺到する。悪夢のような光景だ。


「何となく、分かる気がする……」


 さっき迫った触手を、後ろの光剣が自動で迎撃した時、微かに、それを動かす感覚を掴んだ。これは自分の力だ。


 何かが自分の方へ飛んで来れば、人は反射的に防御しようと腕を前に出す。それと全く同じ感覚を覚えたのだ。


 動かすときも同じだ。一本一本の光剣に、意識を割く必要はない。人は手を動かすときに、いちいち、人差し指、動け! 薬指よ動け! などとは念じない。


 動かそうと思った時には、手足は既に、思いのままに動いているのだ。


 襲い掛かってくる触手を、巨大な手で素早く引っ掻くように。


 イメージしやすいように、軽く右手を前に突き出す。


 四つの剣が、思い通りに動く。右側から迫る三本の触手へ、イメージ通りに光剣が振り下ろされた。


 触手たちは光の剣に抵抗なく切断されて、黒い液体をまき散らしながら引いていった。まるでホースを素早く引き戻した時のような、波打つ動きで、根元へ戻っていく。


 左側も同様に。四つの光剣を下から突き上げる。すると突き刺された触手は痛覚を感じるのか、突き刺された先の部分を苦しそうに捻らせている。


 何が起きてるのか自分でも分からない。八つの光剣を自在に動かせるという事実だけが、身体感覚として把握できる。感覚は嘘を吐かない。


「メイティア……もうそんなに力を使えるなんて」


 触手の暴れまわる危険をかいくぐって、フィーナは自分の元へとたどり着いたようだ。服はボロボロで、肩や腕の生傷が痛々しい。


「フィーナさん。大丈夫ですか?」

「え、ええ。あなたこそ……」


 フィーナはそう言いながら、俺の口の端を拭った。その指の先に、以前吐いた白い液体がついていた。そこで初めて、自分が口の端から白い液体を垂らしていることに気づいた。


「……あんまり時間が無さそうですね。手早く済ませます」

「やれるの?」

「何か、やれそうです」


 切断された触手の残骸ですら、落下すれば下にいる不運な兵士たちを殺す。それだけ影響力のある化け物だ。この光剣が効くのなら、とにかくあのスキュラという魔物を倒さなければならない。


「それに……何かちょっと、楽しいんです」

「楽しい……?」


 手足のように思い通りに、光の剣が動く。さっきまで圧倒的な恐怖の対象だったスキュラが、今や自由に破り捨てられる紙切れに感じた。


 全能感。誰だって、力を手にしたのなら振るってみたい。そして、振るっても許可される相手が目の前にいる。


 ここでは命が虫けらのように軽くて、自分の命も危険だが……それすら忘れるほどの高揚感に支配されてしまっていた。


 それにもし、ここであいつを倒せば、自分も貰えるかもしれない。


 嵐の……台風、とか、なんかそういう、フィーナみたいな格好いい称号的なやつが。


「よし、じゃあ、行けっ!」


 八つの光剣は空中を舞い踊りながら、思い通りに動いて、スキュラを斬り刻んでいく。


 まるで獲物を取り囲む蜂の大群のように、素早く動いては突き刺し、斬り、離脱し、戻って来る。


 触手はズタズタに裂かれ、飛び散り、落ちて大きな音を立てる。足がほとんどなくなっても、スキュラは逃げようとはしなかった。


 ついに足の大半を失ったスキュラに、トドメを刺すときが来た。


 円を描いてスキュラに切っ先を向けて頭上を周る光剣を、一斉に本体に振り下ろす。


「せーのっ」


 八本の剣がスキュラの足の根元、小さな円錐上の部分に一斉に降り注ぎ、突き刺さった。


 黒い穢気が飛び散って、耳障りな悲鳴が響き渡り、わずかに残った先端のない触手達は動きを止めた。


 先ほどまであらゆる場所から聞こえていた悲鳴や怒号、戦いの轟音が一斉に止む。


 光の剣が刺さった場所から、浄化されるように白い煙が上がっていき、スキュラの黒い身体はボロボロと崩れ落ち始めた。


「あのスキュラを……倒した……?」


 フィーナはその場に膝をついて、呆然とその様を見ていた。ほとんど全壊した村と、スキュラの残骸。兵士たちも呆気に取られていたが、そのうちとぼとぼと、傷を負った仲間たちの手当てを始めた。


「メイティア。君は……本当に私たちの……人類の仲間なのか?」

「ルースさん……?」


 ルースがこちらを見る目には、ほんの一パーセントくらい、怯えが含まれているように思えた。


「いや、止そう。まずはけが人の手当てだ。すまないが……フィーナ。”祝福”を頼めるな?」

「え? は、はい。もちろんですわ。いえ、ここはメイティアに」


 ようやく何とか動けるようになったのか、フィーナはこちらにやってきた。


「すごいんですね、メイティア。でも、聖女の仕事はまだ終わってはいませんよ」


 フィーナは、何とかいつもの笑顔を取り繕って、そう言った。

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