消える魔球はお汁粉缶の金玉

犀川 よう

消える魔球はお汁粉缶の金玉

ワーーーーー

ーーーーープ。


 社畜のおでは田舎の工場地帯で金玉をかいている。金玉をかいてくれるだけの女がほしい。


ワーーーーー

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 田舎の工場地帯で金玉をかいている。髪の毛は薄くなるのに鼻毛とチン毛だけは堂々と太く伸びてきやがる。先ほど買ったお汁粉缶を後輩のみぞおちめがけて投げつける。ウッという、イッたような声を聴こえた。イッたな。肋骨が。


ワーーーーー

ーーーーープ。


 事務所に入り経理課を通ると、お局が手持ち金庫を持って「金が消えた!」と騒いでいる。作業着のポケットからさっきお汁粉缶を買ったお釣りを取り出してお局に投げつける。春だなと思った。金玉がかゆい。お局は馬鹿みたいな声を出して小銭をかき集める。床に落ちた十円玉がうまく取れずにケツをフリフリさせながら怒っている。ときどき仕事を抜け出して、男から何をケツに入れられているのか、おでは知ってっぞ。


ワーーーーー

ーーーーープ。


 田舎の工場地帯で金玉をかいている。スマホで通報しておいた。事務所の建屋にパトカーがやってきて、面倒臭そうな顔をした警官が二人、事務所に入っていく。おではお局のケツに警棒が刺さっている姿を想像して工場を出た。外で倒れていた後輩が腹を押さえながらお汁粉缶を返してくる。前歯が何本か消えてしまった笑顔で、「もう一度、お願ぇしまうぅ」と言うので、お汁粉缶を全力のドストレートでパトカーに投げつけてやる。パトカーにはまだ警官が残っていたようで、ドアを開け、ヤクザのような大声を上げながら飛び出してくる。後輩に「行ってこい」と言ってやると、待ちきれない後輩は犬のように警官に向かって走って行く。


ワーーーーー

ーーーーープ。

 

 社長室で作業着を着た女がおでの金玉をかいてくれた。正確に言えば鼠径部に生える陰毛をゴリゴリとかいてくれる。外からお局の金切り声と、後輩が警官と怒鳴り合っている声が聴こえてくる。社長の椅子に踏ん反り返って女を見る。

「お前、変化球を投げれらるか?」

 女は黙って、金玉をマッサージし始める。


ワーーーーー

ーーーーープ。


 社畜のおでは田舎の工場地帯で金玉をかいている。金玉をかいてくれるだけの女がほしい。


ワーーーーー

ーーーーープ。


 田舎の工場地帯で金玉をかいている。誰もいない工場でズボンを脱いで板金を曲げる機械であるベンダーにチン毛を挟んでクイッと曲げてみる。あまりにも痛くて、電話で女を呼んだ。昼休みで誰も居ない経理課に行き、手持ち金庫から金を持ち出す。


ワーーーーー

ーーーーープ。


 土砂降りだったので、工場に来ていた親切な警官がパトカーに乗せてくれて、ラブホの近くでおろしてくれた。手をグーにして親指をいけないところから出すポーズを見せて去って行く警官。明日返すと言ったら、警棒を貸してくれた。

 女は先にラブホに着いていたらしく、おでが入ってくるなり、ケツを押しつけてくる。経理課というのは、出すのは嫌なくせに入ってくるものには節操がない。春だなと思った。せめて金玉から生えてくる毛だけは消えてほしいものだ。


ワーーーーーワーーーーーワーーーーー

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ーーーーープ。ーーーーープ。ワーーーーー

ーーーーープ。


 社畜のおでは田舎の工場地帯で金玉をかいている。金玉をかいてくれるだけの女がほしい。


 誰かと恋に落ちた。誰かはわからない。お汁粉缶にへばりついている小豆かもしれない。昼休みの食堂で300円のカレーと350円のカツカレーがあって、350円払ってカツ抜きのカレーにした。食堂のおばちゃんはおでからの誘いだと思って、濡れた手で家の住所を書いて渡してきた。うまい具合に前歯が何本か消えていて、咥えるのはスムーズそうだなと感心した。おでに後ろで並んでいた後輩が、何かにぶつけて凹んでいるお汁粉缶をカレーの入っている大鍋に投げた。おばちゃんは悲しそうな顔をして、下側の入れ歯を取り出して大鍋に入れた。カレーを待つ列から人が消えてしまった。

 

ワーーーーー

ーーーーープ。


 社長室にある椅子に座って昼寝をしていると、作業着を着た女が入ってきた。「おかきしますか?」というので、「かまわんよ」と答える。春だなって思った。作業着の上着だけであとは裸になった女が、おでにお汁粉缶を投げつけてきた。頭にあたってのたうち回るおで。

「どうして、生まれてきちまったんだろうな」

 女は答えない。生理二日目みたいな顔をして投げつけたお汁粉缶を拾い上げると、今度は窓に投げつけた。女の弱い力では厚めのガラスを破ることは出来ずに、バンッという音だけがして跳ね返ってしまう。

 女は「ナックルって、握りづらいわ」と言うと、シクシクと泣き始める。

「変化球はともかく、魔球ってのは、金玉持ってねぇ奴は投げられねぇんだよ」

 おでは女が履いていたテカテカな化繊のパンティを頭に被って春を見る。窓を開けてナックルの握りでお汁粉缶を投げた。


ワーーーーー

ーーーーープ。

 

 窓の向こうでは経理課の女が手持ち金庫で後輩を殴りつけていて、事務所の前に停まっていたパトカーからはスケベそうな顔をした警官が出てきて、お汁粉缶をアレをシゴくように上下に振っている食堂のおばちゃんを優しく招き入れている。振り返れば、魔球を投げられなかった女は消えてた。春だなって思った。消えていかないのは、おでの金玉のかゆさだけだった。

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