約束の山 (二年後の流れ星)

帆尊歩

第1話  約束の山

「判決を言い渡す」裁判長が重々しく言う。

「懲役100年」

「そんなに重いんですか?」と僕は思わず言ってしまう。

ただ過去に行って、一人の女性を愛しただけなのに。


君は幸せになれただろうか?


現在の空気はくすんでいる。

マスクなしで歩けば肺をやられる。

でもそんな事に気づくのは、僕くらいだ。

そう、僕は見てしまったのだ。

この国の空はかつて青かったことを、空気が美味しいという事を、山の水は飲めるということを。

だから200年の過去に密航した。

そこで君と出会った。

200年前の日本はあまりに美しく、夜空で流れ星が見れるほどだった。

僕は君を愛した。

様々なところに出掛け、いつだって僕らは一緒だった。

幸せだった。

美しい世界で愛する君と暮らす。

なんて僕はラッキーなんだと思った。

君は僕を愛してくれて、僕も君のことを愛した。

でもそれは時空法を破る大罪だった。

その日、僕と君はヘブンス園原というところで水瓶座η(エータ)流星群を見ていた。

そこに秘密警察が来た。

僕と彼女は引き離された。

何の事か分からない君はパニックになっている。

「分かりました。おとなしく連行されます。でも彼女にはなんの罪もない。僕が2222年から来たことだって知らないんだから」

「安心しろ、彼女の記憶は全て消去する」

「えっ」

「お前とのこと、痕跡、記憶全て消去するだけだ」

「それは」

「過去を変えないためだ」

「お願いがあります」

「なんだ」

「最後に別れを言わせてください」

「それはかまわんが、すぐに彼女の記憶からお前のことは消去されるから無駄だと思うぞ」

「それでもいいです」

僕は君に別れを言った。

君もただならぬ状態は理解してくれたが、泣きながら僕を抱きしめた。

「ゴメンね、でも君の中の僕の記憶は全て消去される」

「嫌だ、忘れたくない、いっぱい思い出がある。それを全て忘れろというの?」

「そうだよ」

「絶対に忘れない。私は絶対にあなたの事を忘れない」泣きながら君は叫んだ。

僕は彼女を抱きしめて、耳元でささやいた。

「二年後、この場所で会おう。そして二人で流星群を見よう」

「分かった。私は絶対に忘れない。二年後あなたに会うために、絶対にここに来る」君は力強く言ってくれた。


「無駄だ、我々の記憶の消去能力をなめるな」

「聞こえていたのか?」

「当然だ」



二年後、哀れに思った秘密警察が、僕をもう一度200年前のヘブンス園原の山頂に連れて来てくれた。

でも僕も含めて、君がここにいると思う者はいない。

だって君は僕に関する記憶を消去されているんだから。


僕は人混みに紛れて、ただ当てもなく夜空を見ながら歩く。

君がいるじゃないか。

人混みを縫うように君が一人で山頂を歩いている。

僕は君の前を横切った。

声を掛ける衝動が抑えられない。

愛した。

愛した。

君だ。

泣いていないか、笑っていられているのか。

「あの、すみません」と僕は声を掛けてしまう。

「はい」懐かしい君の声だ。

「火、お持ちじゃないですか」

「あっいえ、私タバコは吸わないので」

「そうか、そうでしたよね」

「でも、たとえ火を持っていたとしても、ここでタバコは」

「そうですね。すみません。今日はお一人で?」

「はい」

「一人なんて、めずらしいですね」

「はい、ここで、誰かと約束をしたような気がして、それが誰なのか、分からないんですけれどね」

「何かを思い出したんですか?」

「思い出したなんてはっきりした物ではないんですけれど、あなたこそ」

「いや僕は、ある女性とここで会う約束をして」

「へー、で会えたんですか?」君に会いに来たんだと言いそうになる。

「彼女は僕の事を忘れているはずだし、でももしかして来てくれたら一目だけでも会いたいなと思って」

「そんなに、愛していたんですか」懐かしい君の言葉。

僕は君の顔を穴が開くほど見つめた。

「ええ、愛しています。そして僕がどうなろうと、永遠に彼女を愛し続けるでしょう」

「素敵ですね。でもそんなに愛されているのに、忘れるなんて酷い」

「まあ、色々事情がありまして」

「それにしたって」

「彼女はね、言ってくれたんです。たとえ記憶が消されても絶対に、僕の事を忘れないって、絶対に、絶対にと泣きながら言ってくれた。だから僕も、じゃあ、二年後の流れ星の日、水瓶座η流星群のピークの日に、この山の上で会おうと約束したんです。

でも彼女は来ないはずだった」

「なぜですか?」

「全て忘れているはずだから」

「そんな」

「でも、彼女のことが心配で、幸せになれているのか、笑って暮らせているのか、心配で、心配で」

「その女性は本当にあなたから愛されているんですね」

「でもそれも忘れているはずですから」

「きっと会えますよ。アッごめんなさい。なんの根拠もないのに」

「いえ、根拠なら・・・。ありがとう」

「いえ私は何も」

「じゃあ、僕はこれで、ここにいてくれてありがとう。お幸せに」


「記憶が残っていたなんて」とエージェントが言う。

「もう、思い残すことはありません」

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約束の山 (二年後の流れ星) 帆尊歩 @hosonayumu

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