第4話『You and me at the zoo』

 YouTuberの草分け的存在「赤道化あかどうけ白覆面しろふくめん」とのコラボ企画『彼女、誘拐されたかと思ったら、彼氏が助けに来るドッキリ』が一千万再生され、登録者百万人を達成した『つくばチューブ』。


  そのチャンネル主である中武筑波なかたけつくばは、師匠から授かった「やりたいことをやれ」の言葉を胸に、動画を毎日投稿し始め、連日ミリオン再生動画を叩き出していた。



 

 __伝説の動画から約一ヶ月後、結城優子の家にて__


 MacBookをテーブル上に、YouTubeのアナリティクスと睨めっこしている筑波。


 テーブルの隅には、ヘンテコなピエロと覆面男のマスコットのついた、新品の鍵が置かれている。


 筑波は優子から今日、部屋の合鍵をもらったのだった。


「筑波、今日はYouTubeの調子はどう?」


「いやぁ、おかげさまで絶好調だよ」


「そう。あなたがナマケモノから勇猛果敢なゴリラに変わって、安心したわ」


「ああ。赤道化さんと、白覆面さんには、感謝しても仕切れないなぁ」


「協力してもらったのは確かだけど、道を切り拓いたのは、紛れもなくあなた自身の意志よ」


「ありがとう、そう言ってくれて嬉しいよ…………そうだ、僕はもう一つ、道を切り開きたいなと思うんだが……」


 何やら、照れくさそうに頭をく筑波。


「何よ、そんな恥ずかしそうに」


「えーっと、そうだ、今度あのバーに行かないか?」


「あのバーって、どこの?」


「ほら、あそこだよ。ローソンの近くの、『ボンディングH2Oエイチツーオー』」


「え? いいけど、あなたがバーに行きたいだなんて言うのは、何か企んでいる感じがするわね。前のドッキリ企画みたいに」


 いぶかしげな表情の優子。


「こ、今度は、ドッキリじゃないんだからな……」


「はいはい、そうですか」


 優子は、何となく、筑波の企みを察しているようだった。


「じゃあ、次の土曜日はどう? 優子、そこの土日は連休だよな?」


「ええ、そうよ」


「じゃあ決まりだ。とっておきのドレスで来ておくれ!」


「もう、バカねあなたは」


「え? な何が?」


 こうして、筑波のプロポーズ大作戦が始まった。



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 __土曜日、バー『ボンディングH2O』の店先__


 生憎あいにくの、雨。


 土砂降り、とまでは言わないが、アスファルトの上に水溜りが目立つほどには雨が強い。


 筑波は、その水溜りに向かって、バーの軒先からポチャ、ポチャ、と垂れる大粒の雫を、かれこれ百回以上は見続けている。


 普段は絶対に彼が着ることのない、淡い水色のスーツをビシッと決めて、背中の横からは、時折大きめの赤いバラの花束がチラチラとのぞいている。


「優子、遅いなぁ。二十時に待ち合わせって言ったのに」


 そう、優子は大遅刻をかましていた。


 と言うのも、元は今日土曜は休みのはずだったのだが、急遽仕事が入ってしまったのだ。


 筑波は電話も鳴らしてみたが、繋がらない。


 筑波は、電話別れしたあの日と今日を重ね、ますます不安な気持ちにおちいっていた。


 待つのを諦めて、一歩前へと、水溜りをパシャリ、と踏み付けた瞬間、筑波の頭には名案が浮かんだ。


「そうだ、僕には合鍵という新アイテムがあるじゃないか。急に舞い込んだ仕事だろう? 優子、疲れ果てて、寝ちゃった可能性もある」


 筑波は、ポケットからきらりと光る、マスコット付きの鍵を取り出し、優子の家に向かった。


 

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 __優子の家にて__



 筑波は、まるで泥棒でもするかのように優子の家のドアをそっと開け、中を覗く。


 室内は、一つも電気の明かりがついていない。


 玄関には、無造作に脱ぎ散らかった、黒いパンプス。


 部屋の奥の方から、何やらスースーと音が聞こえる。


 筑波は、水滴のついた赤いバラの花束を片手に、抜き足、差し足、忍び足で、廊下を進んでいく。


 ワンルームの広くも狭くもない薄暗い空間。


 ローテーブルの上には、朝食に食べたであろうサトウのご飯のパックのゴミが放置されている。


 窓際のベッド。


 その上には、大の字になってうつ伏せに寝転ぶ、オフィス・レディの姿があった。


「やっぱりな。そうだと思った……お疲れ様」


 筑波は、優子にそっと近づく。


 告白の前の深呼吸。


 筑波は、スゥーという吸気を、優子の吐く寝息とシンクロさせる。


「優子、起きて」


 筑波は優子を優しく揺さぶり、起こそうとする。


「ん? なぁに?」


 寝ぼけている様子の優子。


「優子、僕、中武筑波は、伝えたいことがあるんだ」


「だぁれ? ここどこ?」


「優子…………僕と…………僕と…………」


 半目になっていて、意識がおぼろげな優子にかまわず、告白を続ける筑波。


「結婚してくれ!」


 真っ赤なバラの花束を突き出し、真剣な眼差しで優子を見つめる筑波。


 バラの香りが、優子の目を覚ます。


「え! 何? ドッキリ!?」


 飛び起きた優子は、驚きのあまり、筑波と距離を取り、蜘蛛のように壁に這う。


「優子、ドッキリじゃないよ。本気なんだ。僕と結婚してくれ!」


「え、嘘、ほんと? これドッキリじゃない?」


「違うに決まってるじゃないか。正真正銘のプロポーズだよ」


「え、だって、そんな大きなバラの花束、映画やドラマや漫画やアニメの世界でしか、見たことなかったから……というかこれも本物?」


「そうだよ。ほら、匂いを嗅いでみて」


 優子は、バラに顔を近づける。


「本当だ……いい香り」


「それで、返事の方は……どうかな?」


 そう、筑波はそれが聞きたくて仕方がない。


「え、本当に本当?」


「もう、だから! 本当に本当だってば!」


 少しキレ出した筑波。


「そっか、疑ってごめんね」


「いや、いいんだ、こういうこともあるさ。興奮し過ぎた。僕の方こそごめん……」


 気まずい沈黙。


 プロポーズの場で、なぜか双方が謝るという珍事件。


「あの、遅くなったけど……」


 筑波の喉仏が大きく上下する。


「私……」


 二人の心臓が脈打つ音が同時に聞こえ、音が増幅する。


 加速する鼓動。


「私で……私で……よければ、お願いします」


 優子は、その顔に施されたボロボロのメイクで、筑波の水色のスーツの胸元をベージュに染めた。

 


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 __後日、神戸どうぶつ王国にて__


 たくさんの小動物が放し飼いされているこの動物園に、手を繋ぐ、二人のホモ・サピエンスの姿があった。


 彼らは、同じデザインの金属の輪を左手の薬指にはめている。


 中武筑波・優子夫妻だ。

 

 優子は、木をよじ登る小型のサル、ピグミーマーモセットをじっと見つめている。


「やっぱりお猿さんも筑波も消えていなかったんだわ」

 

「何言っているんだ? 僕をサル扱いしないでおくれよ?」


「気にしないで、こっちの話」


 優子は、あのドッキリの日に見た夢の中、須磨海浜水族園の屋上で、自分がスマホのカメラに向かって放った言葉を反芻はんすうしていた。


「変な優子」

 と、筑波は優子から目を一瞬逸らす。


 その隙を見て、優子が筑波の頬をつかむ。


「あ、ここにナマケモノ! ナマケモノも消えていなかったわ」


 優子の顔は、無邪気な笑顔。

 

「痛いなぁ、というか、僕はもうナマケモノじゃないぞ? 勇猛果敢なゴリラだぞ?」


 筑波は、もふもふのダークグレーのボアブルゾンを着ながら、両手で胸を叩いて見せた。


「ゴリラ系YouTuber? 筋トレ系に転身するの?」


「あぁ……それもいいかもしれない」


「まぁ、何でもいいんじゃない?」


「え?」


「『やりたいことをやれ』でしょ?」


 

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「なぁ、ここ、よかっただろう?」


 と、まるでここが自分の所有する動物園かのように言う。


「ええ、最高よ。二千二百円(※二〇二四年四月二八日現在)で、可愛い動物たちと触れ合い放題だなんて……。だって猫カフェなんかに行ったら、一時間千円プラスワンドリンク料金がかかるのよ、それを考えたらこっちは破格よ、破格!」


「そう! そうなんだ、その事実によく気づいたね! さすが優子だ」


「それに、お猿さんもナマケモノも、筑波っていうホモ・サピエンスもいるし」


「おいおい、僕は君と一緒に来たんだって」


「あはは、そうね」


 楽しそうな、二人。


「あ、そうだ、最後に行きたいところがあって……」


「何? どこどこ?」


「あ! しまった!」


 やらかした、という顔の筑波。


「えっ、どうしたの?」


「ここにゾウはいないんだった」


「そうね、さっきマップを見たけど、ここにはいなかったわね。でも、なんでゾウなの?」


「僕はYouTuberだからさ! よし優子、今から王子動物園に行くぞ!」


 筑波は出口に向かって走り出す。


「ちょっと、答えになってないわよ! って、もう一件行くわけ??」


「いいから、とにかく行くゾウ! 一旦三宮さんのみやに戻って、阪急電車に乗るゾウ!」



 U・J・U・U・J・U・U・J・U・U・J・U・U・J・U・U・J・U・U・J・U



 __王子動物園、ゾウのコーナーにて__


 筑波と優子は、新調したGoogleピクセル(※Androidスマホの一種)を使って、YouTube撮影をしていた。

 

 オスのゾウのジョードとメスのゾウのカリムをバックに映る、二人の姿。


「よし、これでいいかな。次の動画から、『つくばチューブ』は、『Mr. & Mrs. Tube』として再始動する!」


「私も頑張るよ。せーの……」


「「えいえいおー!」」


 筑波と優子はその日、十九秒という短い尺に収めた『【ドッキリなし】結婚相手が見つかったのにプロポーズに失敗(?)した男の休日【重大報告有り】』という動画を、YouTubeに投稿した。


 結婚報告動画というのはさすがの注目っぷりで、瞬く間に百万回再生を突破した。


 

 


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【概要欄】※動画のネタバレを含みます!




 はいどうも!


 プロポーズに失敗した、つくばです。


 失敗、とは言っても、首の皮一枚で繋がって、実質ギリギリ成功、ではあるんですがね笑。 


 みなさまの応援のおかげで、『【神回】彼女、誘拐されたかと思ったら、彼氏が助けに来るドッキリ』は一億回再生を突破しました。

 

 視聴者のみなさまの応援と、このYouTubeというプラットフォームがなければ、今の『つくばチューブ』ありません(もちろん赤道化・白覆面さんの後ろ盾がったのは言うまでもありません)。


 改めて、ここに感謝の意を表します。


 ありがとうございます。


 そして、僕はあることを思いつきました。


 なんと……


 

 


 我が妻である優子が、チャンネルにレギュラー出演することになりました!


 カップルチャンネル? いや夫婦チャンネル? というものになるんですかね。


 妻が参入したからといって、動画の方向性、クオリティは変わりません。


 やりたいことをやる、のみです!


 そしてこの動画内でも触れましたが、後日、『つくばチューブ』の始まりの地ともいうべき、須磨海浜水族園にて、挙式します!


 結婚式自体は動画にはしませんが、前撮りの模様は載せようと思います。


 お楽しみに、お待ちくださいませ!


 あと、妻の参加に伴いチャンネル名が『Mr. & Mrs. Tube』に変更されます。


 知らないチャンネルと思って、登録解除しないでくださいね(フリじゃないです)。


 では以上、今日の概要欄でした。


 このチャンネルや、動画の内容がいいなと思ったら、チャンネル登録と、高評価(ヤな動画だったらもちろん低評価で教えてね)をよろしくお願いします。


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 __動画公開後__


 あのおふたりから、コメントがついた。


 


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡

 

 同じコンビYouTuberとして、切磋琢磨しよう。


 容赦はしない。


 そして結婚おめでとう。


 Be Futari.ビー・フタリに祝福を。


♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡


 〈完、ですが、後日没案のバッドエンディングバージョンが投稿されます〉

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