第3話 植物園

「ここから見える夜空は、とっても綺麗だね!」

「お気に召していただけましたか」

「うん、とっても! なんでここに来たんだろうって思ってたけど、こんなに素敵なものが見れたから、ぼくは幸せ!」

「それは何よりです」


──そういえば、こんなに幸せを感じたのは久しぶりかもなぁ──


「……どうかなさいましたか?」

「……ううん、なんでも!」


 お喋りをしていると、なにやら左手に飛行船が見えてきました。上部には大型のバルーンが取り付けられており、側面にはパイプや歯車などがあります。ガスタンクから灰色の蒸気を出しながら、それは時間をかけて空を飛んでいました。

 鉄板のつぎはぎが見えるほどに飛行船が近づいてきた頃、その機体につる植物が巻き付いているのが確認できました。


「ライトさん、あれは何?」

「夜の世界の植物園でございます。船に、ガラス張りのドームが積まれているのが見えるでしょう? あの中で花を栽培しているのです」

「へぇ! ぼくはお花、好きだよ。アセビがお気に入りなんだ」

「残念ながら栽培しているのはアセビではありませんが、とても可愛らしい花ですよ。それも、夜の世界になくてはならない貴重なものです」


 黒猫は立ち止まって、「何のお花?」と上目遣いをしました。

 尋ねられたライトは両のアームを広げ、人が胸を張るように柱を反らしました。


「夜空に漂う雲を咲かせる植物──その名もクモサカセです。つぼみが花開く瞬間にふわふわのわたを生む花で、そのわたが管に吸い込まれて、夜用の薄暗い雲として排出される仕組みなんですよ」


 それを聞いた黒猫の金の瞳が、チラチラッ、と目の中で光を乱反射させたように輝きました。


「排出された雲は夜空に流されるだけでなく、加工してインテリアに使用される場合もあります。例えば体にフィットする吸着力を実現した雲ソファや、名物の羊のぬいぐるみなど……」

「あと、ウェディングドレスにつけるようなレースにもなるんだよね! 雲を薄くして、機械で編んで模様を作るんでしょ」


 黒猫がそう言い切ると、ライトは少し押し黙ってから、「その通りでございます」と穏やかに言いました。


 黒猫は褒められた喜びで顔をほころばせましたが、すぐに違和感を覚えて下を向きました。


──なんでぼく、このことを知っているんだろう。誰かに、教えてもらった気がする──


 彼の頭の中で、先の折れ曲がったとんがり帽子を被った女性の姿が、おぼろげに浮かび上がりました。


──あの人、誰だっけ──

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