第15話 王立製菓学院入学

 王立製菓学院の入学式当日。


 俺は両親が用意してくれた制服に袖を通す。


 制服を着るのはいつ以来だろう? 

 久しぶりのネクタイを締めて俺は部屋を出た。


「アル、おはよう。あら、しっかりネクタイ締められているわね。どこで習ったの?」


 俺のネクタイを締めようと待っていたようで、きっちりネクタイが締められていたのを見て母さんは軽く息を吐いた。


「うん、まあ、たくさん練習したんだよ」

「一晩中?」


 俺は首を軽く縦に振ってその場を誤魔化した。


 ……流石に前世でネクタイを締めたことがあるなんて言えないよね。


「お兄ちゃん、おはよう。あ、それが制服? お兄ちゃんかっこいい! いいなぁ、わたしも学院に行きたいなぁ」


 ミルフィは本当に学院まで着いてきそうな雰囲気だ。母さんはミルフィが飛び出さないようにしっかりとミルフィの肩を掴む。さすがのミルフィも母さんには逆らえず、ぷしゅ~とミルフィは肩の力を抜いて観念した。


「ミルフィはあと4年我慢だな。俺がみっちりお菓子の作り方を教え込んだから、ミルフィもトップクラスで合格できるさ」

「うん。わたしもお兄ちゃんを見習って頑張るね」


 俺がフォローしてあげるとミルフィのむすった表情が笑顔に変わった。


「アル、頑張れよ。これは俺からのプレゼントだ」


 父さんは畏まった表情で俺へ綺麗に折り畳まれた白い服を渡してくれた。新しい調理服だ。

 俺はその調理服を手のひらでさらさらと触りながら頬を緩ませた。


「気に入ってくれて何よりだ」

「父さん、ありがとう」

「いいってことよ」


 父さんはニカッと笑った。その笑顔がとても心強い。


 王立製菓学院は全寮制なので、しばらく実家に帰ってこられないのはちょっぴり寂しい。そんな気持ちを押し隠して俺は家族に手を振って王立製菓学院へ向かった。



 王立製菓学院に到着すると、合格発表の日と違って学院の敷地内は生徒とその保護者たちで賑わっていた。

 

 ただ、保護者が同伴してきているのは貴族と豪商の家だけだ。

 それ以外は余計な軋轢が生まれないように控えているようだ。


 入学式は体育館のように大きな講堂で行われる。校舎に隣接されている講堂に向かって長い列が作られていた。


 講堂の中に入ると、豪華なコンサートホールのような景色が広がっていた。正面には大きな舞台、中央には三百人ほどが座れる生徒用の座席と、周りにはコの字型の観覧席がある。保護者たちは生徒と別れて観覧席へ移動していた。


 生徒たちはすでに八割ほど着席している。座る席は決まっていて、椅子に名前の書かれたメモが貼り付けられていた。


 ……俺の席は……一番前なんだろうなぁ。


 そうなのだろうと思いつつ、俺は最前列の席を左端から探そうとしたら、そこに俺の名前が貼り付けられていた。


 隣の席はセイグリッド王国の王女、シャーロットの名前があった。さらにその隣には合格発表の時に会ったカリーナの姿があった。


「アルフレッドさん、おはようございます。今日からよろしくお願いいたしますわ」


 俺と目が合うと、カリーナは笑顔を見せながら頭を軽く下げた。


「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 急に声をかけられて動揺したのか、俺の声が少し裏返ってしまった。


「うふふ、緊張していますの?」

「あ、いえ、あ、はい」


 カリーナは俺の顔を見てくすくすと笑う。


「こちら、失礼してもよろしいでしょうか?」


 そんな流れを断つかのようにシャーロットがやってきた。


「あ、はい。どうぞ」


 俺が譲ると、シャーロットは白銀の髪をひらひらさせながら席に座った。シャーロットのあまりの上品な佇まいと光を屈折させる白銀の髪を見て俺はうっとりとしてしまった。


「あら、どうかいたしまして?」


 シャーロットはちょっと悪戯っぽい笑顔を見せながら振り向いた。


「あ、いえ、とても美しいなと思いまして……」

「まあ、ありがとうございます」


 シャーロットの追い打ちをかける笑顔を見みせる。俺の体温が上昇して頭のてっぺんから湯気が出てきそうだ。


「わたくしもクラスメートとしてよろしくお願いいたしますね」

「は、はい、こちらこそよろしくお願いいたします」


 俺とシャーロットが会話をしていると、急に辺りが静まり返った。威厳がありそうな白髭を生やしたお爺さんが舞台に上がっていく。


 俺たちも会話をやめて舞台に目線を映す。


「あー、新入生の諸君。入学おめでとう。私は王立製菓学院の学院長、オーリンと言う。この学院は王国の推進する事業、お菓子産業を発展させるために設立された…………」


 学院長の長い話は続く。


 どの世界でもこれは変わらないのだなと思うと俺はホッと息を吐いた。


「ここでホッとされるのですか? わからなくもないのですが……」


 シャーロットが小さい声で反応した。


 しかし、俺たちの席は最前列、学院長の分厚い眉がピクっと動いた。 


 ……うん? でも、何か懐かしいな。


 シャーロットの言葉の意味はわからなかったけれど、前世でよく見る光景を目にして俺の目頭が少し熱くなった気がした。


『新入生挨拶。シャーロット・リアン・セイクリッド』


「はい!」


 シャーロットが凛々しい声を出して立ち上がった。


「新入生代表って首席が務めるものではないかしら?」

「でも、平民には荷が重すぎるだろ」

「王女様があいさつされれば式は盛り上がりますわ」


 周囲からざわめきが聞こえてきた。


 シャーロットが新入生代表挨拶をすることは賛成だ。俺には荷が重すぎる。シャーロットが引き受けてくれてよかったよ。


「わたくし、セイクリッド王国王女シャーロット・リアン・セイクリッドでございます。新入生代表といたしましてご挨拶をさせていただきます…………」


 シャーロットの挨拶が始まった。彼女はとても凛々しくて、声も通る。どこかの学校の生徒会長のようだ。



 新入生代表挨拶が終わると、学院長が再び舞台に上がってきた。


 学院長がシャーロットに近づくと、制服の襟に付ける王立製菓学院の紋章を模したバッチを贈呈した。


「この学院で皆、勉学にお菓子作りに励むと良い」

「はい、ありがとうございます」


 バッチの贈呈が終わると講堂中から拍手の雨が降り注いだ。


 シャーロットが席に戻ると、ふぅっと息を吐く。


 俺は思わず「お疲れ様」と労いの言葉をかけてしまった。

 ちょっと不敬だったか……。


「ありがとう、とても緊張しましたわ」


 シャーロットは先ほどよりも少し固めの笑顔を見せた。


 ……王女様でも緊張はするんだな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る