第7話 既視感(デジャブ)

 もう一杯コーヒーを淹れてくると言って席を立った矢野さん。

 そのタイミングで玄関のドアが開く音がした。


 もしかして彼氏が帰ってきたのか?と身構えるが、リビングに入って来たのは山本だった。

 確かに来るとは言っていたが……インターホンは鳴っていない。なぜこの部屋の鍵を持っているのか疑問に思った。

 


「優大先輩、お疲れ様です!!」

「ああ……。仕事は片付いたのか?」

「片付いてません!!ですが、とりあえず契約予定の2件分は終わりましたので、明日残りの1件の重説と契約書作れば何とかなります」

「そうか、頑張ったな。ところでその……」


 どう切り出したものだろうか……。

 下手な事を言って不快な思いをさせたくないが、鍵を持っていたという事はそういう事なのだろうか?


「ああ、言いたい事は分かりますよ。お察しの通り美咲さんは俺の彼女です」

「やっぱりか……」


 山本の顔立ちはかなり整っており、僕の知人の中でもトップクラスだ。

 そんな山本でも、矢野さんと並ぶと若干見劣りするのだ。

 山本の足元にも及ばない僕からしたら、悪夢以外の何物でもない。

 僕の表情かおから、山本は俺が何を思ったのか察してしまったらしい。


「優大先輩、何を言いたいか分かりますよ。俺と彼女じゃ釣り合ってないと思ったでしょ!?俺が言うのもなんですが美咲さん凄い美人ですもんね!!」


 山本はそう言って屈託なく笑う。


「す、すまん。そんなつもりじゃ……いや、これじゃ言い訳がましいな。今から話す事はきっとお前を傷つけると思うから先に謝っておく」

「水臭いですって。気にせず言ってくださいよ」

「頼むから気持ち悪いと思わないでくれよ。僕はさ、お前の事をかっこいいと思ってる。贔屓目なしで僕の知っている人の中でもトップクラスだ」

「優大先輩に面と向かってそんな事言われたの初めなんで……なんか照れますね」


 そう言って照れくさそうに頭を掻く山本。彼の魅力はこういう所だ。イケメンなのに妙に子供っぽい仕草をする。


 それは周りも思っている事らしく、女性社員がそんな話を休憩室でしているのを偶然見かけた事だってある。


「そりゃ普段からこんな事言ったらそれこそキモいだろうが。こんな容姿の僕からしたら、お前は物語の主人公なんだよ。それが引き立て役に回るなんて……凄い複雑な気持ちになったよ」

「そうかしら?私からしたら自分よりも湊の方が素敵だけどね」


 キッチンから戻って来た矢野さんが、僕達の話に加わってきた。


「美咲さん気持ちは嬉しいけど、人前だと恥ずかしいからそういうのやめてって言っただろ?」

「はいはい、そうだったわね。高槻さんに質問。私達ってどっちが告白したと思います?」


 見た目だけで判断するなら、山本の方が告白したと思う。

 だが、その言い方からする推測すると……案外彼女の方からなのかもしれない。


 言葉の端々から相手の本音を掴み取るのは営業の基本だ。

 こう言う時の勘は結構鋭いと周りからも一目置かれている自負はある。

 そんな僕が導き出した答えは……


「おそらく矢野さんの方からじゃないか?」

「ぶぶー、残念ハズレ。答えは湊でした」


 不正解だった。矢野さん、思わせぶり過ぎるだろ。

 そんな風に恨みがましく彼女を見ていると、山本から補足の説明が入る。


「優大先輩、その答えは半分正解ですよ。正確には言わされたんですよ」


 そう言って苦笑いを浮かべる山本。やはりというべきか、力関係は矢野さんの方が上なんだろう。


 その後、頼んでもいないのに2人の馴れ初めから今に至るまでの話を聞かされる。

 全編通してほぼ惚気話……危うく砂糖を吐きかけた。

 話を聞いていて、山本よりも矢野さんの方が夢中なのでは?という印象に変わったのは意外だったといえる。

 失恋の傷がまだ癒えてないのだが、僕は何故こんな話を聞かされているのだろうか……。



「痛いって。そんなに突かなくても分かってるって」

「…………っ!?」


 2人の惚気話に当てられて少しばかり意識を飛ばしていると、突然上がった山本の声で現実に引き戻された。


 どうしたのかと思えば……なんて事はない。矢野さんが山本を肘で突いていただけの事だ。


「えーと、優大先輩?ぼくと彼女の話を聞いちゃいましたよね?」


 申し訳なさそうな声でそう尋ねてくる山本。聞いちゃったというより、そっちが勝手に話していただけでは?と思うのだが、それを言う勇気は僕にはなかった。


 山本の隣に座る矢野さんの目が、『散々私達の話を聞いたよな』と訴えており、その圧力に屈服。観念するしかなかったのだ。


「ああ……」

「優大先輩、あの……何となく察してはいるんですが、先輩の話も聞かせていただいても?」


 砂糖吐きそう程甘ったるい話の後に僕のあの塩水を舐めた様な話をしないといけないのか……どんな罰ゲームだよそれ。


 こっちは最初から話すつもりだったのだから、余計な策を弄せず聞いてくれたら良かったのにな。

 あと、どうして矢野さんはそんなに好奇心旺盛な視線を僕に向けているのだろうか。今日会ったばかりのこんなおっさんの話とか興味なくないか?


「聞いて楽しい話でないけど……」


 まぁいいか。僕は居酒屋で矢野に話した内容を、改めて2人に話し始めるのだった。





「という出来事があったんだけど……」

「高槻さん、一言いいですか?」

「ああ……」

「なんで仕事は出来るって聞いてるのに、恋愛はそんなにポンコツなの?」

「うっ……」


 居酒屋で矢野に話した時もこんな事を言われた気がする。この後に起きた惨劇を思い出し、身震いをした。


 まさかな……そう立て続けに……


「いい大人が何が『うっ……』ですか。そもそも別々に住んでいた2人が、一緒に住むだけでも色々と大変なんです。今までなかったストレスが発生するんです。それを何ですか?相手に望まれてもいないのに、家は売り仕事も辞める。自分の為にやったと言われて喜ぶ馬鹿が居たら私の前に今すぐ連れてきてください。サプライズ?それはサプライズとは言いません。独りよがりな男のエゴですよエゴ。私が相手の立場なら思いっきり引っ叩いてやりますよ。女心が分からないとかではなく、人としての思いやる心が欠落してるから、そんな貧困な発想が生まれるんです。そんなだから巷で言う魔法使いになられたんでしょうね!!魔法の使えない魔法使いなんて聞いて呆れますし、そんな無価値な男を大事に思っている人が身近に居るのに、どうしてそんなステータスでしか男を見れない様な馬鹿な女にあなたは引っかかってるのですか?そんなだから童貞なんて価値のないものを捨てずに後生大事に取っていたんです。それだけの忍耐力を持っていたなら死ぬまで貫き通すぐらいの覚悟をなぜ持たなかったのですか?なんであと1年、たった1年が待てなかったのですか!?そうすれば辛い思いもしなくて済んだのに。本当に色々と間の悪い人ですね……。そういうとこですよあなたのダメな所は……ってちゃんと聞いてます!?」

「美咲さんストップ!!ストップ!!オーバーキル過ぎて優大先輩の魂抜けてるって。あとそれ以上言ったら菜月キレるから、マジでストップ」


 途中から脳が理解する事を拒否し、何と言われたか頭に残っていない。これがいわゆる生存本能というものだろうか?

 一つ言えるのは、あまり似ていないが、やっぱり2人は姉妹だったという事……。


 矢野より初対面の姉の方が容赦なく傷を抉ってくるって酷くないか?

 この美人と付き合っている山本……色々苦労してそうだな。


「うるさい、湊は黙ってて!!今からが本番なんだから邪魔しないでよ。こんな男に菜月が……なんて、私は絶対に認めないっ!!」

「美咲さん!?マジで一旦落ち着こう。優大先輩もそんな虚な目をしないで下さい!!」

「高槻さん、まだまだ言いたい事はあるんだから。いつまでそんな目をしてるのよ、シャキッとしなさいシャキッと………」


 え……まだ続くのこれ?


 美しい花には棘がある……この言葉考えた人天才かよ。

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