31

 春休みだからと言って、寝坊したりだらだらしたりできない体質になっているようだ。

 今朝もテキパキと朝食を作り、掃除と洗濯を手早く済ませる。

 昼食は昨日の鰤があるので、ばあさんの分は確保できているから安心だ。

 そして私は葛城に電話をかけた。


「ねえ、うちで一緒に勉強しない?」


 今日は土曜なので、葛城の父親がいるかもしれない。

 ダメだと言うだろうか……

 

「嬉しい! 何を持っていけばいい?」


「教科書も参考書もあるからノートだけでいいよ」


 駅まで迎えに行くと言って受話器を置いたが、ものの数分で葛城から電話があった。


「あのね、静香さんが車で送ってくれるって。住所を教えてくれたら大丈夫って言ってるんだけど」


「ああ、カーナビね。だったら昭三清掃って入れたら出るよ。会社の電話番号は****」


 本当に嬉しそうな葛城の声に、私まで心が浮き立つ。

 もうそろそろばあさんが昼食に戻る時間だから、その時に伝えようと思い台所に立った。


「そう、そりゃ良いねぇ。親も来るなら挨拶もできるし」


「挨拶してくれるの?」


「当たり前だろ? ところでお前は食べないのかい?」


「何時に来るかわからなかったから、もしお昼食べてないっていったら付き合おうと思って」


「常識のある親なら昼食は済ませて、二時過ぎてから来るだろうよ」


「そうなの?」


「そうさ。だからお前も食べなさい」


 結局、私も軽めの昼食をお腹に入れて、葛城の到着を待った。

 部屋はすでに温めてあるし、おかきしかないが一応お茶受けにはなる。


「ごめんください」


 葛城の声だ。

 それにしても……ちゃんと挨拶ができるんだな……失礼だがとても驚いた。


「はぁ~い」


「いらっしゃい。ああ、静香さん。ご無沙汰しています」


「こちらこそ。いつも沙也ちゃんを気にしてくれてありがとうね」


 世間一般の会話をしていると、会社からばあさんが出てきた。

 今日もばあさんは濃紺のスーツ姿だ。


「いらっしゃいませ。洋子の祖母でございます」


 おぉ! カッコいい! 立ち姿も話すトーンも全てが社長っぽくてカッコいい!

 ああ……社長だったか。


「初めまして、私は葛城沙也の母で、静香と申します。あの……これは皆さんで。これほど大きな会社だとは存じ上げず、数が足りなかったら申し訳ないのですが」


「これはどうも、お気遣いいただきありがとうございます。機械が多いので大きいように見えますが、従業員は両手で足りるほどなのです。有難く頂戴いたします。さあ洋子、ご案内しなさい」


「はい、どうぞおあがりください」


 私の言葉に静香さんが手を振った。


「私は送ってきただけですので、こちらで失礼いたします。下の子も家におりますし」


 深雪ちゃんはお留守番かぁ、ということはやっぱり父親がいるのかな? あとで聞いてみよう。


「今日はよろしくね、洋子ちゃん。夕方は何時に迎えにくればいい?」


 私と葛城が顔を見合わせると、ばあさんが代わって返事をした。


「ご夕食は何時ころですか? それまでには戻れるようにいたします」


「夕食は……そうですね。では18時までには帰らせてください。沙也ちゃん、それでいいかな?」


 静香さんの声に葛城が頷く。

 私も横で何度も頷いた。

 深々とお辞儀をして車に乗り込んだ静香さんを見送り、ばあさんが会社に戻ろうとすると、いきなり葛城が駆け寄った。


「あの、洋子ちゃんのおばあ様ですよね? いつも洋子ちゃんには本当にお世話になっています。時々遅くなるのも、私に勉強を教えてくれているからなんです」


「そうなの? 洋子がねぇ。フフフ」


 なぜか嬉しそうに笑うばあさん……不気味だ。

 葛城がおずおずと声に出した。


「あの……洋子ちゃんっておばあ様にそっくりなんですね。驚きました」


 薄々似ているとは思っていたが、他人から『そっくり認定』されると、妙に恥ずかしいものだと知った。

 赤面していないことだけを祈る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る