第20話 猫の私のことかわいがってみて

「いってきまーす!」


 私は家を出て駆け足で待ち合わせ場所へむかう。


 ヤバい寝すぎた! はやく行かなきゃ。かがみもう待ってるだろうなぁ……



「ごめんかがみ! お待た、せ……?」


 急いでいた足がピタリと止まった。視線もある個所でピタリと止まる。



「は~い、こっちおいで~。おいで~」


 しゃがみ込んで、両手を広げ、話しかけているかがみ。その対象は、


「にゃ~ん」


 猫だった。


「いい子でちゅね~。大丈夫だよ~。私はいい人でちゅよ~」


 いつかも聞いたことのある猫なで声。必死に呼びかけているかがみだけど……



「あ、待って! お願い行かないでーーっ!」


 また逃げられていたのだった。




「恥ずかしいところ見られちゃったわ」


 頬を赤らめながらかがみが言った。


 あのあと、盗み見ていたのを見つかった私は、思い切って猫好きなのと訊いてみた。



「好きよ。でも私のことはキライみたいで……」


 全然仲良くなれないの、と悲しそうに言った。


「どうしたらいいのかしら?」


 なにやら深刻そうに言うかがみ。私からしたらそんなに悩むほどのことかって思っちゃうけど。


 そんな顔をされると、なにか言わなきゃって気にもなる。



「アレじゃない? 体に力入り過ぎてるのかも」


 うーん、と真剣な表情のかがみ。……そんなに悩むことかなぁ?


 思わず首を捻っちゃう。と、


「そうだわっ!」


 また私の手を握って、身を乗り出してくる。そして、



「今度私に付き合ってくれない?」


 と言うのだった――




 休日。私はまたかがみの家にお邪魔することになった。


 下のインターフォンで専用の直通エレベーターに乗せてもらう。


 到着すると、部屋着のかがみが出迎えてくれた。



「いらっしゃい、七海ちゃん。私のお部屋に行きましょう?」


 初めて入るかがみの部屋は、なんだかすっきりした部屋だった。ムダなものがないっていうか……言っちゃうと殺風景な感じ?


 でも、壁にはかがみがいつも着てる制服とかバッグがかかっていて、あー部屋に来たんだなー、って感じがする。



 かがみは、どうしても猫と仲良くなりたいらしい。


 その作戦会議をするために、私は呼ばれたのだった。



「七海ちゃん。私、どうしたらいいのかしら……」


 お菓子とお茶を用意してくれたかがみが言った。って言われてもなぁ……


 うっ。すごく期待した目で見られてる。なにか案ださなきゃ……うーん……そうだ!



「猫の気持ちになって考えてみるってのはどう?」


 ようやく思いついた案を口にする。


 最初はいいこと思いついたと思ったけど、よく考えてみるとなかなか適当なこと言ってない!?


 と思ったものの、



「それいいわね!」


 どうしてどうして、かがみは乗り気だった。そして――



「にゃ~~」


 鳴いた。


 手をグーに。猫のポーズをして、鳴く、鳴く、鳴く。



「えぇええっ!? なに!? 急にどうしたの!?」


「七海ちゃんが猫の気持ちになってみたらって言うから。どうかしら? にゃ~~」


「……かわいい」


「っ、もう、そうじゃなくて。私どう? ちゃんと猫になれてる?」


 ……なんか目的代わってない?



「う、うーん。まだなりきりが足りてない……感じ?」


 自分の意見に納得できない私。が、かがみは納得した様子で「やっぱりそうよね」とうなづいた。


「じゃあ、今度はこれを付けてみるわ!」


 と言ってかがみが取り出したのは、なんと猫耳。



「今日のために買っておいたの。お母さんには秘密にしてね」


 マジすか、そんなものまで。これもネコ好きゆえか。


 猫耳を装着……やっぱりかわいい。こんな格好、学校では考えられないよなぁ。


 てことは、この姿が見られるのは私だけってことで。ちょっと優越感……



「にゃ~ん、にゃんにゃんにゃ~~ん」


 ふたたび猫の真似を始めるかがみ。


「七海ちゃん! 猫の私のことかわいがってみて?」


 なんだかよく分からないことを言い出した。



 かわいがる? うーん、こんな感じかな?


 私は手を伸ばして、猫にするみたいに頭や顎の下を撫でてみる。


 な、なにこれ。髪めっっっっちゃサラサラなんですけど。マジでキレイ。一生触ってたい。



「にゃっ、ぅんっ……くすぐった……んんっ」


 かがみの口から、吐息みたいな声が漏れる。


 私の指で、かがみが悶えてる。なにこれなにこの気持ち。なんか目覚めそう……


「ちょ、ちょっと待っ……やめっ……にゃ、んっ……にゃぁあ……っ」


 なにか言ってるみたいだけど、私の耳にはよく入ってこない。


 やば、指止まんない……




「はぁ、はぁ……」


「ごめん、やりすぎた?」


「い、いえ、平気よ。それよりも……」


 かがみはショボンとした顔になった。


「猫の気持ち、結局よく分からなかったわ。くすぐったかっただけで」


 残念そうにため息をつくかがみ。


 うぅっ、そういう顔されると弱いんだよなぁ。なにかないかな? 私にできること……あ、そうだ。



「じゃあさ、今度は私が猫の真似しよっか? それをかがみがかわいがるふうにすれば練習になるかもよ?」


「七海ちゃん……」


 イヤかなやっぱり。てか私がイヤだな。


「それ、すっごくいい考えね!」


 かがみは私の手を握って、身を乗り出して顔を輝かせた。


 や、やらなきゃダメかな……?



「にゃ、にゃ~~ん……?」


「もう、七海ちゃん! 全然猫っぽくないわ! もっと真面目にやって!」


「えぇっ!? そんなこと言われても困るんだけど!?」


 かがみさん、意外と厳しくていらっしゃる。ていうか……



 くすぐったい……! 撫でられるってこんななの? なんか体ピリピリする。


 かがみもさっきこんな気持ちだったのかな?



「いい子でちゅね~? よ~しよし、ちちちっ」


 私、めっちゃかわいがられてる。


 たしかにくすぐったいけど、かがみに撫でられると結構気持ちいい。


 なんかいい匂いするし、ドキドキしてきた。謎に照れるんですけど。



「にゃ~ん……」


「ふふっ。かわいいわね~……はぁ、本物の猫ちゃんをこんなふうになでなでしたいわ」


 まあ、いっか。かがみはなんかうれしそうだし。



 猫の物まねから得られることはなく……


 結局、猫と触れ合うときは体に力を入れずに自然体で、という結論しか出なかった。




 外に出るとすでに薄暗く、雨も降っていた。


「今日はありがとうね、七海ちゃん。こんなに遅くまで付き合ってもらえるなんて思わなかったわ」


「まあ、せっかく来たんだしね」


「あ~。はやくなでなでしたいなぁ~」


「応援してるよ」


 言いつつ、バクバクいってる胸をおさえる。



 私とかがみは、おなじ傘を使って歩いていた。通称、相合い傘。


 かがみは私を送って行ってくれるという。


 ヤバい。緊張する。かがみがめっちゃ近くにいる。肩が触れ合いそう……



「七海ちゃん、なんだか遠くない? もっと近づかないと濡れちゃうわ」


 そう言って、かがみは私に体をくっつけてきた。ので、ビックリして飛び跳ねそうになった。


「う、うん。その……ありがと」


 会話でもして気を紛らわせよう。



「かがみってさ、どうしてそんなに猫が好きなの?」


 すると、予想外にかがみは黙った。


 なかなか喋らないから気になって隣を見ると、その横顔は自嘲的に見えた。



「猫って、自由気ままに生きてる感じしない?」


「え? うん、まあ……」


「そこが私と真逆だなぁって、いいなぁって思っていたの。それにみんなかわいいから」


 とってつけたような最後の言葉。まあ、それも本心なんだろうけど。


 やっぱり前半の言葉が本当なんだろう。



「かがみ……」


 なにを言ったらいいのか迷っていると、ふと気づいた。


 すれ違う人たちが、なにやら私たちを見ていることに。


 ……なんだろう? なにかおかしなところでもある……っ!?



「かがみ! 頭、頭!」


 触れた指先、そこにはさっきつけた猫耳が装着されたままだった。


「っ!!」


 さすがのかがみも顔を赤くして、慌てて猫耳を外した。



「ご、ごめんなさい。すっかり忘れてたわ……っ」


「いや、こっちこそ。気づかなくてごめん」


 なんか微妙な空気になっちゃった。教え方ミスったかも。



「あ、もうここまででいいよ。家すぐそこだし」


「え? でも……」


「いいって。考えたらかがみが帰るとき危ないし。また学校でね」


 言って、私は横断歩道を渡ろうとする。が、


 その直前、信号が赤に変わってしまった。



 ……………………



「七海ちゃん、信号変わるまで傘入る?」


「……うん」


 答えた私は、くしゅんとくしゃみをしたのだった。

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