第2話 私は古谷に見透かされている

 ――きたる取材初日の八時手前。


 私はスキニージーンズとサメパーカーを着て家を出た。

 財布よし、学生証よし、髪も綺麗に梳かしたし、ちょっとおしゃれしてほんのりナチュラルメイクをしてみた。

 これじゃあまるでデートみたいじゃんと黒影ちゃんはにたにたと笑っていたけど、本当にそうかも。でも、取材なんだからきちんとした格好で行きたいじゃん。

 今日はよく晴れた日だったけど、そこまで暑くはなかった。少し風が吹いているからむしろ涼しく心地いい日だ。前日の予報だと曇り空になるはずだったのに。

 こんな日はカラオケじゃなくてどこかに出かけたい気分。

 そう思いながら自転車を走らせて、気づけば目的地が目の前に。

 ここまで来るのに三十分以上自転車をこいだ。普通の人だとここまでして出かけるのは少し気がのらないっていうのがほとんどらしいけど、私にとっては全然そんなことなかった。


「あっ、いたいた。――おーい!」


 すると駐輪場に古谷の頭が柵越しに飛び出ているのが見えた。スマホを見ずに、なんで空を仰ぎ見ているんだろう。


「ん、来たか。てか、集合時間よりも数十分早いのによく来たな」


 私が自転車を降りると同時に古谷はそう言ってきた。


「そういう古谷だって私より早く来てたじゃん」


「それはお前が早く来るんだろうなって思ったから」


 やっぱり。古谷は私のことをよくわかっていた。

 古谷は時々エスパーみたいに心の底を見透かしているんじゃないのかって思う言動があったりする。それは私が単純な人間だからなんだろうかな。


「じゃあお店が開くまで少し待たないといけないね」


「そうだな......。って思ったけど、今日は天気もいいし風も気持ちいいな」


 すると古谷は空を指さしてそう言った。


「ん?どういうこと?」


「こんな日を、室内で過ごすのはもったいないって思ってるだろ?」


 その時既に古谷は自転車に鍵を差し込んでどこかに行く準備をしていた。


 ――私の心はあっさりと見透かされていた。


「行こう。電車でちょっと遠出だ」


「うん!」


 私はそのまま駅を目指す古谷の背中を追いかけて自転車を走らせていった。

 財布に入れたお金は十分。まだ朝も早いし今日はいつもより遠くまで行けそうな感じがした。




――――――




「――ってことで、着いた」


「おぉ~」


 時間にして十時半。古谷に連れられるまま私は電車に揺られてバスに揺られてよくわからない場所まで来た。普段は私が古谷を連れてどこかに行くけど、今日は逆だった。


「それで、ここはどこなの?」


「えーと、避暑地だった場所?」


「ふーん」


 この世界は未知で満ち溢れてる。

 調べても場所以外の情報が出てこない場所でも、実際に行ってみれば世界が彩られていくように切り拓かれていく。

 思いのまま、世界が出来上がっていく様子が大好きだった。


「人気が少ない場所だね」


「まぁ、そうだろうな」


 辿り着いたばかりだからかな、初めていく場所は決まって人の数が少ない。

 景色も簡素なもので、色味をあまり感じない。でも歩いてから振り返ってみると、その景色も違ったように見える。

 まるで私が彩を与えているみたいな感覚だけど、もともとあった場所を私が遅れて認識しているだけ。

 昔はそうでもないような気がしたけど、中学生の頃からずっとこんな感じだった。


「それで、どこに行ってみるの?」


「とりあえず、ここは有名な通りがあるらしいからそこに行ってみるか。道の両脇に店がいっぱいあるらしい」


「いいね、行こう!」


 時間はまだお昼には少しだけ早いけど、お腹が空いてきちゃった。

 目の前に大きなアウトレットモールみたいなのが見えたけど、また後で行けるのかな。

 そんなあちこちを見渡す私をよそに、古谷はすたすたとぼとぼと真っすぐを見つめて歩いていた。


「ねぇねぇ、今日は私の取材をするんでしょ?観光してるだけだけどいいの?」


「あー、取材っていうのは何もその人の特徴だけを調べるってわけじゃないんさ。その人がどんなことを考えてどんなことをする人なのか、そういったのを物語みたいにして記録するんだ」


「へぇ~。あっ、ってことはさ、今も私は取材されてるってこと?」


「そうだ。有佐途乃香って人がどんな人間なのか、カラオケ前での待ち合わせの時から取材していたさ」


 そう言われると何だか恥ずかしくなっちゃうような。

 でも古谷は私の前を歩いていたおかげで顔を見られずに済んだ。なんでいつも通りの私を恥ずかしいって思っちゃうんだろう。古谷みたいな人の前でしかできない、いつも通りの私を。


「まぁ、取材だからってあまり気にするな。とは言っても難しいだろうが」


「あはは......。そうだね、なんだか観察されているって思うと恥ずかしいかも」


 古谷はそんな私を気遣ってくれているつもりなのだろうか、わざと顔が見えない位置関係を保っていた。


「ねぇ、古谷にとって私ってどんな人だと思うの?」


「......突然難しいことを聞いてきたな」


 私もふと思ったことを思わず口にしてしまっただけだから、そう言われてもなんて答えればいいかわからないままあははと笑うしかなかった。


「うーん、そうだな」


 そう言って古谷は赤信号を前に立ち止まった。


「自分探しの迷える探検家、って感じかな」


「なにそれ?どーいうこと?」


「いや、何と言うか、こう言うとお前を嫌な気持ちにさせちゃうかもしれないけど、有佐はどこか自分はこうあるべきだと余計に気張っている気がする」


「......そっか」


 古谷にとって、やっぱり私はそう映っていたんだ。

 そう思われるのも仕方ないのかもしれない。だって私が気楽な状態でいられるのも古谷の前だけだから。

 最近は頑張って自然体でいるようにしてるけど、古谷の目にはどこか不自然に見えてるのかもしれない。


「前に言ってたよね、外見は必ずしもその人の内面を映し出すものでもないって」


「そうだな。でも、この世には悩んでいたって仕方ないことがたくさんあるもんさ。考えることも大切だけど、寝るときや美味しいものを食べてるときくらいは忘れないとな。――ほら、モカソフトだってさ。食ってみようぜ」


 まるで私の気持ちなんて知ったこっちゃないという口ぶりで古谷はそう言ったけど、どこか言葉を聞き終えた時に少しだけ心がすんと落ち着いたような気がした。


 振り返る古谷の笑顔が私を急かしていた。


「うん!お腹が空いてきちゃったところだから丁度いいね」


「だろうと思った」


「もう、古谷って私のことを食いしん坊だって思ってるでしょ?」


「あはは。でも、旅先くらいはたくさん食べておかないとだよな」


 青になった信号を前に二人並んで道路を横断していった。

 『NEWオープン』と書かれたおしゃれでこじんまりとしたカフェはテイクアウト専用のカウンターが道沿いにあって、私たちは二人揃ってモカソフトを注文した。

 かなり涼しかったけれど、そんな中で食べるソフトクリームはやっぱり格別だった。




――――――




 しばらく歩くと街の風景は少しずつ変わっていって、道は細くなり少しばかり昔を思い出すような街並みへと移り変わっていった。

 その道の両脇にはいろんな店がずらりと坂の奥まで建ち並んでいて、顔無き顔の人たちがたくさん歩いていた。

 これが古谷が言っていた有名な通りなんだろう。


「はぁ、いい匂いがしてるね」


「腸詰ってことはソーセージとかか。どうする、食ってくか?」


「ううん、あまり小腹を満たしちゃうとお昼が美味しく食べられなくなっちゃうから後でいいよ」


「ふーん」


 そう言ったものの、本当は物凄く食べたかった。でももし古谷に食いしん坊だって取材の記録に書かれるのはちょっと私の威厳が保てなくなりそうだからここは我慢我慢。


 すると古谷はいたずら気な顔をして私をちらっと見て屋台の方へと向かっていった。


「すみませーん。このジャンボソーセージを一つ」


「――あっ、すみません!同じやつをもう一つ追加で!」


 気づけば勝手に口が動いちゃっていた。

 すると古谷はによによと悪そうな笑みを浮かべて私を見ていた。


 ――やっぱり。完全に、私の心は古谷に見透かされていた。


「取材だからって、変に演じないこと。ふっ、俺の前じゃ全部バレバレだからな」


「べ、別に演じてるわけじゃないもん。ただ、古谷だけ食べるのはずるいって思っただけだもん」


「ふーん」


「......いじわる」


 ――私ってそんなにわかりやすい人間なのかな?


 でもこれで私がそういう人だって記録されることが決まってしまったような気がしてきた。

 なんだか逆に恥ずかしくなっちゃう方を選んじゃったような。


「ま、どのみち俺の分をわけてやるつもりだったけどな」


 そう言って古谷は私の分の代金も払っていた。


「あっ、えーと、五百円だよね」


「あぁ、別に金はいらないよ。なんせ今日は俺の取材に協力してもらってるんだ」


「でも、それだけじゃなんだか申し訳ないような......」


「じゃあまた今度俺に奢ってくれ。――あ、そうだ。とりあえず、今日のところは我慢しない方がいいかもしれないぞ?」




 何かを思いついたように、すると古谷はスマホの画面に500と表示させ、それを私に見せていた。

 それは私が遠慮をすると増える、古谷に返済しなくちゃいけない借金の金額メーターでもあった。


「うぅ、本当にいじわるだね。私が食べたいものを食べないと古谷が勝手に借金を作るんだ」


「はは、でも道行くもの全てを食べつくすつもりはないし、無理に食べることを強要するつもりもないよ。でも、俺は何となーく有佐が食べたそうにしているものがわかるからな。変に演じないこと」


「......もしかして、私ってわかりやすく顔に出てたり?」


「ん?してないけど。ただ、何となくわかるだけだ」


 そう言いながら古谷はカウンターから渡されたソーセージの入った容器を受け取ってその一つを私に差し出した。


「ほら、思いっきりかぶりつきな」


「もう、女の子にそういう言葉をあまり言っちゃいけないからね。私だって、立派なレディなんだから」


「はいはい。さて、お先にいただきますと。――おわぁっ、あっつぅ!?」


「あははっ!肉汁があふれ出てる!」


 私に意地悪をした天罰が古谷に下ったみたいだった。

 私は古谷のようにならないように慎重にかぶりついたけど、噛んだ瞬間にあふれ出た肉汁が頬にかかって同じようなリアクションをしてしまった。

 でも、やっぱりそうなるだけあって熱々のソーセージはとても美味しかった。


 今のところの取材は食べてばかり、ここから挽回していかないと。

 古谷に似合った何かを探して女の子らしいところを見せつけないと。


「ごちそうさま」


「はや、もう食べ終わったんか」


 古谷は私が食べ終えた時にまだ三分の一ほどを残していた。普段は私なんかよりも全然食べる速さが速いのに、今日はなんだか味わって食べていた。


「ほら、早くしないと他にもいっぱい食べられないでしょ?どんどん行こう!」


「へいへい。――ははっ、やっといつもの有佐になったか」


 容器を片した古谷を後ろに、私は坂を突き進んでいった。


 どこを見ても目を惹く店ばかりで、少しばかり財布に入れたお金が心配になってきちゃっていた。

 でも、今日は私の取材をする日。私の魅力を古谷に全力で見せつけないと。

 なんだかデートみたいと思いつつも、次の店を探してひたすらに古谷を連れまわしていった。

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