第4話 絶対的メインヒロインの計画
「ってことで、お菓子も食べたからこれから年間スケジュールについて話したいと思いまーす」
気の抜けた浪川の言葉に同調するように俺たちもぺちぺちと力なく拍手を送った。
年間スケジュールを確認する程のことを去年は特にしてこなかったので、もしかしたら部長となった今年の浪川は一味違うのかもしれない。
「えー、6月の文化祭に向けて、皆部誌制作を頑張りましょう。――以上です!」
「......」
うん、崇高なるスタンスを一切崩すことのない見事な部長っぷりだ。実に清々しい。期待した俺が馬鹿みたいだ。
ひまりちゃんは話の内容を想像できていないような様子で反射的に「おー」と言いながら手を叩いていた。 可愛い。
「ひまりちゃん、これ年間スケジュールだからね。俺たちの一年これだけで終わっちゃうからね」
「はい。お姉ちゃんから聞いていた通りだったので」
あー、なるほどなるほど、そういうことね。
ひまりちゃんはそれでもこの部がいいと選んでくれたというのか。何と言うか、仲のいい姉妹じゃないとこういった特にすることもなく集まって放課後を共に過ごすということはしないのだろうな。
よかった、浪川はひまりちゃんに対して敵意があるわけじゃなさそうだ。まぁ、そうでなければ妹なんかにするはずがないだろうが。
「とまぁ、行事だけで言ったらこれだけなんだけど」
「お?その言い方は他にも何かあると?」
にやりと、何か悪だくみでもするような視線を浪川は俺らに振りまいた。
「そう!せっかくの華の高校生なんだから、何か面白いことをしたいなって思ってね」
「ほう、それでどんなことを?」
すると浪川はおしゃれなリュックから一枚の黒いノートを取り出した。
一見すると名前を書いただけで対象人物が死に至りそうな見た目をしていたが、パラパラとめくると中はは全てのページが白紙のままだった。よかった、まだ誰も被害に遭っていないようだ。
「そのノート、浪川の嫌いな人ノートか?」
「じゃあそのうち古谷の名前も書かれるかもね」
なんとまぁ素早いキレのある返しなことよ。
俺たちは去年の一年間で先輩たちから崇高なるスタンスだけでなくこじゃれた返しをするスキルも授かった。ネット上のオタク特有のアレというやつだ。
「それで、お姉ちゃんのそのノートで何をするの?」
ひまりちゃんの言葉に待ってましたと言わんばかりの表情。――そして明かされる浪川来藍の偉大なる計画。
「ふふっ、よくぞ聞いてくれたね。――私の計画。それは、このハイハイを舞台とした物語を作ることなんだ!名付けて、『ハイハイ青春怪奇譚』!」
「「ハイハイ青春怪奇譚?」」
浪川が声高らかに宣言したのは、リアルな高校を舞台とした何とも言い難いセンスで付けられたタイトルの物語の作成だった。――その計画は、俺の野望と形は違えど本質は一致していた。
「まず、古谷」
「はいっ、何でしょう」
気持ちテンション高めな浪川に合わせて元気のいい返事を返す。
「古谷の周りの人ってさ、なんだかおもしろい人がたくさんいるじゃん?」
「そうだな。確かに、個性派ぞろいだ」
俺の周りの人というのはほぼ全員が
「だから脚本家の古谷はリアルな人物の取材をしてきて。そうすれば登場人物がお堅い性格にならないと思うんだ」
「なるほど。俺が設定するお堅くひねくれた人物を完全撤廃して、生き生きとしたありのままの魅力的なキャラを登場させるってことか」
なんだろう、自分でこう言っておいてちょっぴり傷ついてしまった。この世界の創造主たる存在であるのに、現代っ子の感性からしてみると俺の作る物語は人間らしさに欠けるものがあるらしい。
「さすが古谷。自分のことはよくわかってるね」
「あなたに散々言われて散々傷ついたものでね。まぁでも、その方が面白味は増すだろうな。それで、取材だけならそのノートはいらなくないか?スマホとかに記録した方が共有もしやすいだろうし」
すると浪川はふるふると首を横に振った。揺れる髪の様からいい匂いがしてきそうだった。
「このノートは古谷専用の取材ノート。でもね、取材してきてほしいのはその人の性格じゃないんだ」
「と言うと?」
すると浪川はおもむろに立ち上がって手にしたノートを開いて俺に突き出してきた。
「古谷にしてほしいのは、その人の魅力を最も表現できるワンシーンを、背景として記録してほしいんだ!」
力強い眼差しを、一身に浴びた。同時に、鳥肌が立つような高揚感が体の底から湧き出てくる感覚に打ちのめされた。
――俺の、野望に繋がる革新的なアイデアだった。
「......もしかして、俺に紙で描かせるのって」
「ん?だって古谷の絵ってデジタルよりも紙とシャーペンで描いた方が素敵なんだもん。だからさ、写真に収めたのでもいいからこのノートに描いてよ」
なんだよ、今までそんな言葉を言ってもらったことはなかったぞ。急に嬉しいことを言ってくれるじゃねぇか、浪川。まだ歓迎会が始まったばかりだというのにクライマックスみたいな雰囲気じゃねぇか。くそ。
「......はぁ。仕方ねぇな、そんなに浪川先生がどうしても俺の描いた絵が見たいというのならやってやるしかないな。――わかった、そのノートを俺によこせ」
「ふふっ、決まりだね。チョロい古谷ならちょっといい感じの言葉を言えばやってくれると信じてたよ」
俺がチョロくてよかったな。
そうでなければ今頃エピソード・コランは頓挫していたかもしれないからな。――ん?もしかして浪川は俺のことを痛々しいやつにしたのではなく、チョロくて扱いやすいように改稿したのではなかろうか。
正直言って、自分以外の改稿についてはどんな変化が施されたのかが一瞬にして把握することができるが、自分自身に関する改稿は例外だ。
あくまでこの世界の創造主であるから改稿されているという状態に気付けるだけであって、その内容については明確に察知することはできない。――丁度、浪川の妹にされたことに気づいていないひまりちゃんのように。
「お姉ちゃん、もしかして最近家の中でも楽しそうにしてたのって」
「うん、そうだよ。この計画を思いついた時、自分のことを天才過ぎるだろって思っていたからね。今日この日の発表を楽しみに待ってたんだ」
うむ、実に聞き覚えのあるセリフだ。この女、創造主たる俺のセリフを
それはそれとして、同じセリフなのに可愛らし気な笑顔と共にそう言えばどこか痛々しさというのはなくなるものなのだな。
JKというこの世で最も尊いとされている存在の底力を思い知った。
「それで、天才浪川さんは何を担当するんだ?」
「私は今まで通り、脚本に従って絵を描いていくよ。ひーちゃんと一緒にね」
――浪川、そのひーちゃん呼びだと黒影ちゃんのひぃくん呼びとかぶってしまうがいいのか?もしかしてそれが黒影ちゃんの地雷に当たるものだとしたら俺は嫌だぞ。まぁ、被害を被るのは俺だけなのだが。
「あはは、やっぱり私も参加することになってるんだ。でも、面白そうだからやってみたいかも」
「うん、さすが私の妹だ。チョロ谷とは違って自分の信念を以って行動を選択できてるね」
浪川のチョロ谷いじりのせいでひまりちゃんは困ったようにあははと苦笑するばかりだった。
「それで、完成の目途は立っているのか?」
「ん?立ってるわけないじゃん。これはリアルタイムで作られてく物語なんだもの。だから高校を卒業しても続けるつもりでね」
屈託のない笑顔、決して逃さないという強い意志、思わずドキリとする美少女の可愛い仕草。回避不可能確定会心の最大火力が俺に向けて放たれた。
「ハイ、ヨロコンデ」
「ふふっ、その心意気やよし!――ってことで、古谷が脚本と取材が終わるまで私たちは何もできないからちゃっちゃとよろしくね~」
そう言って浪川が押し出した黒いノートの端が俺の腹部にぐさりと突き刺さった。
その様子を無言で見返すと、浪川は調子よさげに鼻を鳴らしていた。
こうして、取材脚本『古谷秀樹』、イラスト・作画『浪川姉妹』の計三名が織り成す一大プロジェクトの開始が宣言された。
しかし、予想外の出来事だった。
なんと《エピソード・コラン》は浪川来藍というメインヒロインに焦点を当てた物語になるのではなく、俺の周囲にいる
つまり、これからの物語は全て《エピソード・コラン》内で起きた物語、すなわちその大本となる物語のサブストーリーでしかないということになる。
さすが、この世界という物語のメインヒロインだ。その称号を我が物とするような力の使いっぷりだ。
正直、これについては俺でも予想することができなかった。
――――――
――そんなこんなで一日というのはあっという間に過ぎ去るもので、気づけば日が少しずつ傾き始めていた。
歓迎会は今までの先輩たちとの思い出話に花が咲いたこともあって、予定していた『カイレン』の設定を進めることができないまま終わってしまった。
「それじゃあ、とは言っても帰り道は一緒か」
同じ中学校に通っていた浪川の妹になったひまりちゃんも、当然のことながら浪川と帰る家は一緒だ。つまり途中まで僕らは一緒になって帰ることになるのだ。
「古谷先輩の自転車、なんだか速そうですね」
ひまりちゃんは小綺麗にされたママチャリを押しながら校門の前で待つ俺と浪川のもとへと近づいてきた。
「あぁ、けどこいつは俺以外乗りこなせないじゃじゃ馬でね。ギアを変えると脱輪するし、サドルは高さ最大にしてるからよくすっこぬけるし、おまけに左ブレーキはほとんど効かない。だから極めて安全運転、置いて行ったりはしないさ」
「その言葉、私が入学した時から聞いてた気がするんだけど」
とにかく、そんな不自由があっても俺は気にしない寛大な男ということだ。無頓着な無責任と言われればそれまでなのだが。だってブレーキが効かないのは普通に危ないし。でも仮に事故ったとしてもなんとかなる。だって俺が創った世界なのだから。
そんな俺の心の声を置いていくように、全員揃って校門を出た。
最近は並列走行をしているとすぐ待ち伏せしているポリ公につかまって切符を渡される。あんたらはいいよな、自分が学生の頃は好き勝手やってたのにさ。
「そうだ、二人は家で夕食が用意されてるのか?」
「いいや、今日はもともと二人でどっか食べに行こうかなって」
俺は抜きなんだ、別に気にしてないが。でもそれなら都合がいい。
「じゃあせっかくだし皆で行こうぜ」
「いいよー」
あっさりと、前方ゆく浪川の気の抜けた返事が聞こえた。とは言え、どこに行くかは決めていなかった。
「それで、二人はどこに行く予定だったんだ?」
「ラーメン屋だよ。ほら、アーケードの入り口にある店。前から気になってたから行こうかなって」
何となく心当たりはあった。
だが、それにしても美少女二人でラーメンを食べに行くつもりだったとは。
浪川は意外と何でも食べるし女子にしては珍しくしっかり量を食べられる方だ。それなのにどうしてこうもすらっとした体型を維持できるのだろうか。これ以上はセクハラなのでやめておこう。
「でもあそこ、結構がっつり系じゃないか?看板にでかでかと背脂って書かれてたし」
こうは言ったものの、俺はがっつり系ラーメンが大好物だ。正直言って行ってみたい。
「あのね、古谷。今の時代、女子だから~って言うのはよくないからね」
浪川は俺のためにきつめの声で忠告してくれた。
「へいへい。まぁ、ひまりちゃんがいいって言うのならいいんじゃない?」
「あっ、あの、行きたいって言ったのは私です、古谷先輩」
――浪川はひまりちゃんのためにきつめの声で忠告していた。
本当に、俺はデリカシーというものが欠如しているのだな。全部俺を改稿した浪川のせいにしておこう。
「じゃあ決まりだな。俺も最近あまりがっつり系ラーメンを食べてなかったから丁度いいや」
「ノンデリ罪として、ひーちゃんと私の分のトッピングを追加してもいいんだよ?」
そんな他愛のない会話をぎゃいぎゃいとしながら俺たちは目的のアーケードを目指してひたすらに足を動かしていった。
――――――
時間にして18時半。
多少は日が伸びたとはいえすっかり空は夜への準備を着々と整えていた。
店の前ではアブラギッシュでエネルギッシュな香りがこれでもかと漂っていた。
こう、初めて入る店というのはなかなか入るのに勇気がいるものだ。だがそれはぽらん様には適用しないらしく、なんのためらいもなく横開きの扉を開けて暖簾をくぐっていった。
「へぇ、意外と奥まで広いんだ」
「本当だ」
店内は手前にカウンター席、そしてその奥には店の前では気づけないほど広めなテーブル席がいくつもあった。
時間帯もあってか、店内は学生や社会人の客で埋め尽くされていた。皆、美味しそうにラーメンをすすっている姿をまるで俺たちに見せつけるように堪能していた。顔はないが。
「――お、いらっしゃいませーっ。三名様でしょうか?」
「はい。席って空いてますかね――って、え」
「ん?どうかなさいましたか?」
同じく表情のない、「真っ黒」な顔が俺の前に現れた。
「......」
――おいおいおいおい!!何ということだろうか。入口の先、待っていたのはすっかりなじんだ様子で店の制服を着た黒影ちゃん(バイトver)だった。いやぁ、それにしても制服よく似合ってるな。
「席でしたら奥の方が空いていますのでそちらにご案内しますねー」
「あ、はい。お願いしますー」
何事もなかったように俺は対応した。
――ってそんなことより、どういう意図があってこんなことをしてるんだ黒影ちゃん!?
正直、可愛いからどうでもいいと思ったのだが、どうでもよくならないほど滅茶苦茶気になる点があった。
「ちょっとトイレ行ってくる」
「ん」
そう言って早々に俺は荷物を席において店内奥にある個室トイレへと駆け込んだ。――脳内一人会議の始まりだ。
無茶苦茶気になった点――一つ目。――黒影ちゃんを黒い影だと認識しているのは俺だけということ。
浪川姉妹は特に反応を示すことなく店内を物珍し気に見渡していた。このことから俺以外には黒影ちゃんは普通の人と認識されているようだ。
今まで黒影ちゃんは俺の前でしか姿を現さなかったので、今回の登場でそのことが明確になった。 気になったというより、気づいた点だ。
そして無茶苦茶気になった点――問題の二つ目。――黒影ちゃんはやはり他人に憑依する能力を有しているということ。
正直、今初めて知ったほやほやの情報だった。
今まで何度も俺の影に入ろうとしていたのは俺を乗っ取るためだったのだろうが、何故今更このことを明かすような真似をしたのだろうか。その意図が全くと言っていいほどわからなかった。
――とにかく、一人会議はここまで。一旦席に戻ろう。
空の便器に水を流してそのまま席へと戻っていった。すると二人は仲良し気に同じメニューを見合っていた。
「お待たせしま――」
「古谷、私喉が渇いたなぁ」
「――はい、只今持ってまいります」
到着早々行ってきます。
息つく間もなく水を取りに行った。
正直言って、今の俺はラーメンや店の雰囲気を堪能するどころではなかった。現にウォーターサーバーのボタンを押しすぎてコップから水が溢れ返りかけていた。
「......」
ふと後ろを振り返ると、厨房ではまるで最初からその店で働いていたように配膳作業をてきぱきと済ませる黒影ちゃんの姿が見えた。――本当に、心底不気味な光景だ。
「こちらお冷をお持ちいたしました」
皆の分の水を持ってくると、浪川姉妹は各々感謝の意を示した。
「ねぇ、古谷。私たちこの学生セットってやつを頼むけど、古谷はどうする?」
「じゃあ俺もそれにしようかな。一番お得そうだし」
そのまま流れるように俺は机上の呼び出しボタンを押した。メニューを考えるほどの余裕がなかった。
すると厨房から威勢のいい声と共に店員らの声が聞こえた。
一人の店員がオーダー用紙とペンを持ちながらこちらの席へと近づいてきた。――その店員は、今まで姿を見かけなかった、黒影ちゃんに乗っ取られていたであろう店員だった。――だが、顔無き顔の瞳だけが、黒影ちゃんと同じようにぐるぐると渦巻いていた。
「ご注文の方をどうぞ」
女性店員は至って普通といった様子で接客に当たってた。
「えーと、こちらの学生セットを三つ。あ、そのうちの一つを背脂多めで」
「かしこまりました。失礼します」
そう言って俺の注文を聞き届けた店員は足早に去っていった。
「......」
ふと、視線を向ける先。にやりと表情を歪ませた黒い影が、俺を見つめて消えていった。
「......古谷、どうしたの?そんなにあの店員さんを見つめて」
「いや、俺もここでぜひ働きたいなぁと」
「きも」
貴重なお言葉、ありがとうございます。
でも今は変わらない浪川のツンとした態度にどこか安心感を覚えた。空腹感と得体のしれない恐怖感を前に気持ち悪くなりかけていた。
「そうだ、古谷先輩」
「どうした?ひまりちゃん」
浪川の隣に座った相向かいの席のひまりちゃんが両手をコップに添えながら声を掛けてきた。
「よければこの後オンライン上でカイレンちゃんの設定を一緒に作ってみませんか?」
「あぁ、いいね。どうせこの後暇だし、今日やるはずなのにやらなかったからね」
今日は野郎共からの誘いも可愛い後輩ちゃんからの誘いもないし、そうするのもいいかもしれない。
鉄とアイデアは熱いうちに打てと誰かが言っていた気がする。
「カイレンちゃん?」
「ほら、いつも俺が描いていた絵に出てくる少女のことだ。――ほら」
そう言って俺は今朝スマホの待ち受け画面に登録した最初のカイレンのイラストを浪川に見せた。
「あぁ、この子にそんな名前があったんだ。てか、この写真久しぶりに見たなぁ」
そう言えばこの写真は俺がこの漫研に所属したての頃に何度か見せたっきりのものだった。
しかしそんなものでさえ浪川は覚えてくれていただなんて。なんと嬉しいことなのだろうか。
「そんじゃあこの漫研のチャットサーバーでも作るか。ひまりちゃんはディスコのアカウント持ってる?」
「はい。作るだけ作ってありますので」
するとひまりちゃんはスマホを取り出してチャットアプリを起動した。
「何、そのアプリ」
「ゲーマーやクリエイター御用達のチャットアプリ。こっちの方が画面共有や役職を決めたりと色々と使い勝手がいいんだ」
浪川のような人たちにとってはあまり馴染みのないものだが、日々ネット上を拠点に活動している俺のような存在にとってはライフラインにも等しいアプリだ。
せっかくなのでこの機会にこの部活のサーバーを立てよう。
「あっ、古谷先輩。これ私のQRコードです」
「おっけー。今読み取る」
差し出されたQRコードを読み取ると、ひまりちゃんらしい向日葵のアイコンが表示された。
「――『《ひまりん》、ね。俺は《こっけー》だ。よろしく!』」
「――『はい よろしくお願いします!こっけー先輩』」
ひまりちゃんは慣れた手つきで俺にダイレクトメッセージを可愛いスタンプと共に送ってくれた。それにしてもいいな、こういった文面上でのやり取りというのは。
「二人してなにニヤニヤしてるの?」
「浪川もニヤニヤしたいならさっさと同じアプリを入れてアカウントを作ることだな。っとまぁ、先に腹ごしらえだな」
なんとも早いことに、厨房の方から俺ら目がけて店員が料理を運んできた。
おそらく腹をすかせた浪川が早く来るように改稿したのだろうが。
波立つ湯気を前に口の中は溢れんばかりの美味しさに備えるように消化液の準備をしだした。
「――お待たせしました。こちら学生セットのラーメンとまかない飯が三つですね。替え玉の際は直接お申し付けください」
「はーい、ありがとうございますー」
卓上には軍魔帝国が誇る白雪にも似た背脂がたんまりと掛けられたがっつり系ラーメンと、ネギと細かく切られたチャーシューが乗っけられた白飯がこれでもかと存在感を見せつけていた。
「ひゃあ、こりゃ食い応えがありそうだね」
これにあと替え玉もつくのだ。その量は一般的な男子高校生でも十分お腹いっぱいになるだろう。だが浪川姉妹は心なしか嬉しそうな表情をしていた。
「もし残すことになれば俺が食うぞ」
「それは絶対にさせない。じゃあ食べようかひーちゃん」
「うん。いただきます」
そう言って浪川姉妹は今どきのJKにしては珍しく写真を撮ることもなく器に手を伸ばしだした。
俺も堪らず胃袋にカロリーをかきこんだ。
濃味、濃厚、背脂。活力の暴力を前に、先ほどまでの不安な感情はなすすべもなく押し流されていった。――黒い影が微笑ましそうに見つめていることを知らないまま。
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