だい 12 話 - はい と いいえ

 アカシとサクイが通されたのは、最初の空間を三つ分奥へ行った、古びた草庵そうあんでした。草ぶきの屋根に建付けの悪い玄関――さっきまでの賑わいとはうってかわって、なにやら暗い雰囲気を漂わせています。

「入れ。飯は運ばせてある。食いながら話すぞ」

「何から何までありがとう。スエキチ」

「ありがとな、スエキチ」

「……」スエキチはもう、呼び捨てに反応しないと決めたようです。

 三人は囲炉裏をかこんで座ります。各々の盆には、豪華な食事が用意されていました。

 サクイが大好きであろう海鮮類はもちろん、天ぷらや色とりどりの野菜、湯気が高くたつみそ汁(これには猫舌のサクイは顔をしかめましたが)、つややかな白米など、これぞ理想といった和食が並んでいたのです。

「こんなに貰っていいの? 」

「あぁ。ニンゲン、アカシと言ったか。お前は特にこの先の戦で要となる。豪奢にもてなすのが最低限の礼儀よ」

「なんでオレのもゴウカなの? 」

「お前も戦うのだろう。そこのアカシと共に」

「あたぼうよっ」

「なら、たらふく食べるがいい。女王と戦うということは、明日はこの世を去るやもしれぬことを意味する」

「最後の晩餐ってわけ? 」

「どういうこと? 」

「そこの猫は知るよしもないじゃろうが、この世界は滅亡の危機に瀕しておる。このポンポもいつ見つかって襲われるか。だから、今日の飯が最後だと思って食べるのじゃ」

「なに、アタシがいるから大丈夫だって」

「おぬしが強いのは一目で判る。ただ、連中は狡猾にして多勢。きっと一人ではどうにもならん」

「ぐぬぬ」

「でも、オレもいるぜ」

「…………そこでじゃ、儂に秘策がある」

「あ、ムシだっ! よくないぞっ」

「お前もしとったろうが! 話を遮るなっ! 」

 スエキチは咳払いをすると、真剣な調子に戻ります。

「吾輩の旧友であるゴーレムに、ジョーガンという者がおる。そやつはゴーレムの族長。

 ゴーレムには優れた鍛冶の技術がある。そのジョーガンを通じて、ゴーレムに武器を造らせる。

 加えて、ホーマの街の武具加工職人。連中は武器に直接魔法陣を埋めることができる」

「つまり、ゴーレムが造った武器に、アタシの魔法を埋め込むのが秘策ってこと? 」

「いかにも。そうすることで、おぬしは魔法陣を逐一展開せんでもよくなる。魔力の節約と、戦闘の効率化じゃ」

「武器に魔法陣を埋めるなんて可能なの? アタシの魔法陣はめちゃくちゃ複雑だし、高度だし、並の金属だとすぐに壊れちゃうよ? 」

「ニンゲンが陶冶したものと、ゴーレムが陶冶したものでは格が違う。ゴーレムはその技術を駆使して、相次ぐ魔物の進行を退けてきたのだ」

「そんなに凄いんだ、ゴーレムって」

「ごおれむってなんだ? 」

「ここを発てば、次はゴーレムの――ガンジス集落を目指せばよかろう」

 サクイはくびをかしげ、スエキチの目の前で手を上下させます。

「ごおれむってなんだ? おい」

「邪魔じゃわ。平たく言えば、ニンゲンの形をした土くれよ」

「つちくれ? 」

「あー、土の人形だよ」アカシが換言します。

「なるほど。ニンギョウか」

「じゃあ次の目的地はガンジス集落ね。そこで武器を造ってもらおう」

「オレのは何かないのか? アカシとかスエキチは戦えるけど、オレは今のままじゃおにもつだぜ」

「ふむ。お前、術は使えるか? 」

「いいや? 」

「…………アカシ。コイツは何の役に立つ? 」

「サクイ君は異世界から来たばっかりなの。イーターに引きずりこまれてね。だから、今は何もできなくて当然だよ」

「さすがのアカシであっても、こんな猫を守りながらでは大変じゃろう……どうじゃ? ここに置いて行けば面倒を見てやるが」

「オレはアカシについていく。オレがジョオウを止めるんだ」

「お前は口を挟むな。

 アカシよ、お前はコイツのことをどう思っとる? 吾輩ならコイツ一匹を守ることなど容易い。だが、最前線に出るお前は違うのではないか? 」

 そう言われたアカシは、図星を突かれたように下唇を噛みます。

「守るものが多いと戦いは不利になる。女王を相手にするなら尚更の事」

「…………それは」

「反論の余地はないと思うがの」

 スエキチはパイプを手元で弄びながら続けます。

「見たところ、コイツには魔法の素養も無ければ武器を扱う膂力りょりょくもない。ただのガキの、ただの猫じゃ。こんな奴を連れて何になる? 何にもならんよ」 

「おいスエキチ。オレだって役に立てるぜ? 鼻もいいし、ツメもあるし、足もはやいんだ」

 サクイの言葉に、スエキチは耳を貸しません。子どもの戯言をあしらうかのようです。

「吾輩は無垢な子どもが命を落とすところを幾度となく見せられてきた。タヌキも猫も、見境なく連中は殺すのだぞ」

「…………分かってる、けど」

「けど、なんじゃ。言いたいことがあるなら言うてみい」

 アカシは視線を宙にさまよわせて、それから、おそるおそるスエキチに目を合わせて言いました。

「けど、けど…………サクイ君は、アタシの家族だよ」

「そうなの? 」サクイは首をかしげます。

 スエキチは、家族という単語に顔をしかめました。

「異世界から来たばかりの猫とお前が、家族? 」

「そう。アタシはサクイ君の家族。家族は、一緒にいなきゃダメだよ。それに、スエキチも一緒に来てほしい。凄い術だって――」

 その言葉が言い終わる前に、スエキチは禍々しい六つ目の狼に変化し、アカシの顔を食い千切らんばかりに凄みました。

「いい加減にせよ」

 サクイが跳び上がって壁にはりつき、アカシも唾を飲みます。

「簡単に――家族という言葉を使ってくれるな」





――――――――――――

次回へ続く。



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