だい 2 話 - せかいのひずみ
親友を崖の底に見失ったワヘイは、日が暮れるまで彼を捜しました。お腹が鳴り、視界もすっかり悪くなっています。
「……いったん、ランプを取りにかえろう」
ワヘイは後ろ髪をひかれながら山を後にして、家にもどることにしました。
すると、なんと。その帰路のことです。
家の窓から、明かりがもれているではありませんか。
ワヘイは最後の元気をふりしぼって、全速力で玄関から転がりこみました。
「おそかったな。ワヘイ」
「うんなぁっ! サクイだぁ! 」
ワヘイは、自分と同じく土や泥まみれのサクイが椅子にかけているのを見て、思わず涙があふれます。サクイにとびついて、毛でふかふかの胸に顔をうずめました。
「いなぐなっだのがど思っだ」
「ばーか。いなくなるもんか」
サクイは泣き虫のあたまを肉球でぽんと叩くと、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をはなします。そして、笑って言いました。
「きったねえの」
「ごめんねぇ」
再会した二人はすぐに食卓を囲みます。
「いっただきまーす! 」
「いただきます――あ、そうだ」
サクイが思い出したように呟きました。
「ガケの下で、へんな穴を見つけたんだ。それと、へんな声も聞いた」
「穴? ならモグラかな」と、サンマを骨ごとモグモグいきながら予想してみるワヘイ。
「気をうしなってたんだけど、その声でおきたんだよ。声のするほうに行ったら、その穴があった」
サクイは、ぼんやりとした視線を宙にうかべてそう続けました。
「モグラにおこされたってことかい? 」
「わからない。とにかくもう一回、その穴を見にいこうとおもう。明日な」
「オイラもいきたい。モグラとおしゃべり楽しみだ」
「モグラだといいんだけど」
その夜は何も起きずに明けましたが、サクイが数時間おきに目を覚ましていたことを、隣でポリポリお腹といびきをかいていたワヘイは、知る由もありません。
翌日。
お昼になりました。
ふたりはおおきなリュックをせおい、そこにお弁当やレジャーシート、水筒などをつめて、サクイが見つけた穴を探しに、昨日の山へ出かけます。
「オレはここからおちたんだ」
「だったね」
ふたりは傾斜のゆるい所を見つけて、斜面をおりていきます。
やがて、鉢の底のように周囲を斜面に囲まれた岩場にたどりつきました。サクイはすぐ、自分がぶつかったであろう岩を嗅ぎ当てました。
その岩は洞穴の壁であり、サクイはその洞穴の入り口にまわって、中を指さします。
「ここだ。このホラアナの中」
「おくが見通せないよ。おっかない」
サクイが懐中電灯で奥を照らすと、すぐに目的の穴が見つかります。
「あれだぜ」
それはモグラの穴のように、地面に空いたものではありませんでした。それは宙に空いていました。空間そのものにヒビが入り、そこから割れたような穴でした。深淵で毒々しい、紫色の穴です。
その空間のひずみは、ふたりを待つように佇んでいます。
「なに……あれ」
ワヘイはサクイの後ろにかくれ、わなわなと毛を逆立てています。
「ぜったい、よくない感じがするよ」
「オレもだ。ちかづきたくない。けど、ここから声が聞こえたんだ」
「じゃ、じゃあ、一緒にいこ」
肩をよせ合うふたりは、抜き足、差し足、そろりそろりと近づいていきます。
近づいてはじめて分かることがありました。
「穴から風がふいてる」
「ほんとだ。これ、もしかしたらどこかにつながってるんじゃ……? 」
「だと思う。声が聞こえたってことは、ダレかがこの中にいるんだ」
「だれだよぉ、出てきなよぉ」
ワヘイは小石を投げ込んだりしてみますが、何の応答もありません。
削ったように荒々しい輪郭や、そこから吹き込む、生暖かい微風。このありえない状況に、ふたりの緊張がピークに達しようとしていた、その時です。
「■■■。■■■」
穴から、声が聞こえました。
単調で、聞き取ることのできない、声ならざる声。
それはサクイが聞いたものとは全く違う、まるで化け物の声でした。
次回へ続く
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