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「このギフト券は、卒業祝いに後輩がくれたんだ。俺、バイトもしてねえから、こんな時に家のために『俺、実は金持ってる。稼げるから大丈夫』って言えなくてさ……これまでの人生で、俺、何も誇れることがない。一銭も生み出せずに金を使うだけの人生だ……」


 ああ、俺が思ってたのはこれだったんだ。

 

「なんてこと言うんだ」

 

 父さんは夢と同じように、ぼろぼろと大粒の涙を流した。

 眉間に、目元に、口元に、深い皺が刻まれている。肌にはシミもある。

 それは、生きてきた年月を感じさせた。

 皺とかシミって、気にする大人が多いけど、俺はなんだかそれが歴戦の証って感じで格好良いと思った。


「子どもは、金の事なんて気にしなくていいんだ。健康で元気にでかくなってくれたらいいんだ。親の心配なんて……」

 

 父さんが声を詰まらせている。

 

 すると、爺ちゃんが父さんの肩を叩いた。

 

「そうじゃぞ。お前もいくつになっても、わしの子じゃ。わしは金もあるし、子どもと孫に頼ってほしいぞ」


 母さんは俺たちを見て、ティッシュで鼻水をすすった。

 あ~~、あの夢、何か違和感あると思ったんだ。

 そうそう、これこれ。母さんは涙より鼻水の女なんだよ。


「ねえ、あなた。いいのよ、お仕事頑張らなくても。私がお金を稼いでいるし、あなたはお家にいて。一緒にいて、なんでもない日常を共有してくれたらいいのよ。家族なんだもの。悩んでたら言ってよ。助け合いましょうよ」


 俺は安心した。

 夢と同じ、助け合える家族だ。

 なんだか目が潤んでしまって、あわてて上を向く。

 

 高い位置でさやさやしてる桜が、楽しそうに見えた。婆ちゃん、喜んでくれているのかな。

 

「……そうそう、あなた。家事はしてね。トイレ掃除とゴミ出しもよ。そうだ。一緒にVtuberする?」

「う、う、うむ」

 

 母さんがグイグイと今後について決めていく。

 大丈夫か父さん。VtuberはやりたくなかったらNOと言ってもいいと思うぞ父さん。

 

「さあさあ、心配はいらないんだから、のんびり花見を楽しもう。たけしも、金を稼いでないとか気にするのはやめなさい。学生なのにお家のためにお金稼ぐって、ヤングケアラーっていうんじゃない? うちは大丈夫なんだから」


「……うん」

  

 はらりと空から薄紅色の桜の花びらが落ちてくる。

 指でつまむと、ひんやりしていて柔らかかった。


 それにしても、あの夢。なんだったんだろう。

 

「俺、あんな夢を見るなんて……おんにゃのこになりたかったんだろうか?」

「兄ちゃん、どうしたの。今すっごい変なこと言ったね?」


 妹がリアクションしてくるので、俺は尋ねてみた。

 

「お前は性転換したいと思うか?」


 ぼんやりと呟くと、家族が俺を心配そうに見ていた。

 妹は「はあ? 何言ってんの。あたしはそんな願望ないけど」と言っていた。

 

「本当か? 嘘ついてないか? 正直に言ってみろ、お前、イケメンになりたいだろ?」

「えっ、何? しつこい。こわっ」

  

 だってあの夢で、あんなに「イケメンになりたい」って言ってたじゃん!?


「だって、だってさあ……」

 

「たけし?」

「たけし、ちょっと落ち着こう。な?」

  

 

 後日、俺と父さんは二人仲良くメンタルクリニックの扉をくぐることになった。



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【完結】花見してたら家族全員がTSした件 朱音ゆうひ🐾 @rere_mina

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