妻計画、始動 1

 次の日、エレン様は早々に帰って行った。


 ……うーん、嵐みたいな人だったな~。


 イザーク王太子殿下とエレン様はあまり仲がよろしくないらしいとは聞いたけど、なんとなく、エレン様はイザーク殿下のことが好きなのではないかと思う。

 だって、わたしがイザーク殿下の新しい婚約者になるかもしれないと聞いて慌てて駆けつけてくるくらいなんだもの。イザーク殿下への気持ちが冷めていたら、そんなことはしないよね?


 エレン様が帰った後で、わたしはベティーナさんの手によって飾り立てられていた。

 コルセット不要のドレスはいつも通りだが、ベティーナさんはわたしを鏡台の前に座らせて、お化粧をし、真っ赤な髪を丁寧に結い上げてくれている。

 理由はさっぱりわかっていないが、着飾ることで妻計画が順調に進むのであれば、わたしに文句はない。

 ベティーナさんは女の子を着飾るのが好きなのか、さっきからとっても楽しそうだ。

 午後からサリー夫人がいらっしゃるのだけれど、ベティーナさんからは、お昼ご飯の前にリヒャルト様をお散歩に誘えと言われている。


 ……お散歩かあ。今日はいいお天気だし、お庭を散歩するのはいいけど……、冬だからお庭を歩いてもほとんど花は咲いてないよ?


 冬の花がほんの少しあるけれど、落葉樹は葉っぱが落ちて寒々しい感じになっているし、これと言って見るものはない。

 でも、参謀が行けというのだから行くしかあるまい。

 リヒャルト様は書斎でお仕事中だが、ベティーナさんによれば、あと三十分後に休憩を取るそうだ。アルムさん情報だから間違いないという。

 ベティーナさんの素早い判断で、わたしの妻計画にはアルムさんも巻き込まれている。それどころかフリッツさんや、他の使用人の方々まで巻き込んだらしい。


 ……参謀、とっても仕事ができますね! これぞ外堀を何とかというやつですね! わたしじゃ真似はできないけど、参考になります!


 たくさんの仲間を得て、わたしはすでに計画が成功した気になっていた。

 リヒャルト様に妻にしてもらって、リヒャルト様と使用人のみんなと、ここでおかしく楽しく暮らすのだ!


 支度を終えると、空腹対策にお菓子のつまったバスケットを持って、わたしはリヒャルト様の書斎に向かった。

 こんこんと扉を叩くと、アルムさんが開けて、にこりと笑う。


「旦那様、そろそろ休憩の時間ですよ」


 そう言いながら、アルムさんは扉を大きく開けてくれた。

 ライティングデスクに向かって書き物をしていたリヒャルト様が、顔を上げて目を丸くする。


「スカーレット、どこかへ行くのか?」


 わたしが着飾っているから驚いたのだろう。


 ……お散歩。お散歩にお誘い。あれ? お散歩しましょうでいいのかな?


 誘えと言われたが誘い方を聞いていなかったわたしは、むーんと悩む。

 すると、できる家令のアルムさんがすかさず助け舟を出してくれた。


「スカーレット様は旦那様をお散歩に誘いに来てくださったみたいですよ。座って仕事ばかりしていたら体によくありませんし、スカーレット様とお庭を歩いてきたらいかがですか?」


 ……おお。アルムさん、さすがです。参謀二号とお呼びしましょう。


 リヒャルト様がペン立てにペンを置いてインク壺に蓋をして、ちょっと不思議そうな顔をする。


「庭を散歩? そうなのかスカーレット? 着飾っているのだからどこかへ行きたいのではないのか?」


 どこかと言われてチョコレートのお店がパッと頭に浮かんだが、午後からサリー夫人の授業があるのでそんな暇はないし、そのような計画でもなかった。

 わたしは参謀の言うことに忠実に従って、「お庭でお散歩です」と答える。


「わざわざ着飾って?」


 ベティーナさん、やっぱり着飾ったのはまずかったんじゃないですか? なんか怪しまれてますよ。

 すると、わたしの背後から、ベティーナさんがにこりと微笑む。


「今日はダンスについて学ぶとサリー夫人から聞いておりますので」

「それで着飾ったのか。練習ごときで着飾る必要もなかろうに。大変だな、スカーレット。化粧が嫌なら、私の方からサリー夫人に言っておくが」

「いえ、楽しかったです!」


 実際にわたしの顔がお化粧で変わっていくのを見るのは楽しかった。ベティーナさんは魔法使いなのではと思ったくらいだ。


「そうか、それならいいが。ああ、散歩だったな。わかった。行こうか」


 ……おおおお! 本当にオッケーしてくれた!


 参謀、参謀二号、すごいですね‼


 リヒャルト様が服の上にコートを羽織ってマフラーを片手に近づいてくる。

 そして、コートを着ているわたしの首に、マフラーをぐるぐる巻きにした。


「そのコートは首元があいているからな。これなら寒くないだろう。そのバスケットは?」


 ふわっふわのマフラーは確かにとっても温かい。


「お菓子です!」

「なるほど。君には必要不可欠なものだな。かしなさい。私が持とう」


 リヒャルト様がわたしからバスケットを取り上げて、もう片方の手をわたしとつなぐと歩き出す。

 ちらりと肩越しに背後を確認すれば、ベティーナさんとアルムさんがいい笑顔で手を振っていた。




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