養女計画、早くも暗礁に乗り上げる 3

「スカーレット様、いったい何を企んでいらっしゃるのですか?」


 食事を終えて部屋に戻ると、ベティーナさんが唐突に言った。

 およ? と首をひねりながら振り返ると、ベティーナさんは探るような目をしている。


「お食事の途中から妙に上機嫌になりましたよね。いえ、スカーレット様はお食事中はだいたいいつもにこにこしておいでですが、それを差し引いても様子がおかしく感じられました。何を考えていらっしゃるのですか?」


 お知り合いになって数か月しか経っていないのに、ベティーナさんはわたしのことをよく理解している。

 すごいなーと思っていると、ベティーナさんがリヒャルト様がするようにこめかみを指先でぐりぐりしはじめた。主人と使用人は似てくるものなのだろうか。


「スカーレット様は何でもすぐに顔に出るのです。最初は食事が美味しいだけかと思いましたが、どうもそれだけではないような気がして。いえ、勘違いならいいのですが」


 勘違いじゃあございません!

 わたしはにーっこりと微笑むと、ベティーナさんをこの計画に巻き込むことにした。

 わたしは考えることが苦手なので、養女計画のように失敗しないためには、心強い参謀が必要だと思ったのだ。


「ベティーナさん、ベティーナさん」


 近くに来てと手招くと、ベティーナさんが怪訝そうな顔をしながら近づいてくる。

 小声でも聞こえる距離にベティーナさんが来ると、わたしは内緒話をするように両手を筒状にすると口に当てた。


「実はちょっと計画が……」

「養女計画ですか?」

「いえ、それは却下されちゃったので、計画を修正することにしたんです。名案を思い付いたんですよ」


 修正、と聞いてベティーナさんが嫌な顔をする。


「名案、そうですか。名案……」


 あ、これは疑っている顔ですね!

 でもこれは名案ですよ。名案に違いありません。

 わたしは自信満々に胸を張って、内緒話を続ける。


「さっきエレン様が言っていたのを聞いて思いついたんです。養女はいらないと言われましたが、妻ならどうかなって。ほら、リヒャルト様、結婚なさる予定がないそうなので、あいている妻の椅子の上にわたしを乗っけておいてくれないかな~って。リヒャルト様が結婚を考えたときは潔く離縁に応じますって言えば、案外、仮初妻として椅子に座らせてくれないかな~って」


 どう? どうどう? 名案でしょう?

 ドヤ顔でベティーナさんを見つめると、ベティーナさんは何とも頭の痛そうな顔をしていた。何故に?

 そしてきつく目をつむると、しばらく黙り込んで何かを考えはじめる。


 ……いい計画だと思ったけど、ダメだった?


 でも妻なら堂々とリヒャルト様のそばにいられるよね?

 養女も使用人もだめだって言われたから、もうこれ以外に方法はないよね?

 だってさすがにわたしはリヒャルト様の義母にはなれないもん。だってリヒャルト様のご両親は先王陛下夫妻からね。それに義母と義理の息子が一緒に暮らすのはなんか変でしょ? だから妻が一番いい気がするんだけど。


 二度目の失敗は喫したくなくて、わたしは息をつめてベティーナさんの判断を待った。

 諦めるつもりはないが、計画に問題があれば今のうちに修正しなくてはならない。

 胸の前で拳を握り締めて、わたしはごくんとつばを飲み込む。

 やがてベティーナさんは目を開けて、困ったような、それでいてどこか楽しんでいるような顔をした。


「穴だらけですし、修正は必要ですが、スカーレット様がリヒャルト様の妻になるという点においては反対いたしません」

「本当ですか⁉」

「ですが、先ほどおっしゃったことをそのままリヒャルト様に言ってはいけません」

「そうなんですか?」

「当たり前です」


 何故わからない、と言う顔をされて、わたしはこてんと首を傾げる。


「リヒャルト様は玉座に担ぎ上げられないために、高位貴族との縁談をお受けになるつもりはないようですが、そうなると貴族の中からリヒャルト様のお相手を探すのはなかなか厳しいのです。下級貴族のご令嬢を選んだとしても、リヒャルト様を擁立したい上級貴族が裏から手を回すでしょうし、上級貴族とのつながりのある下級貴族であれば、結婚前に上級貴族の養女にされる可能性もあります。いろいろややこしい問題なのです」


 はい、わたしにはさっぱりわかりません!


「その点、スカーレット様は政治的な思惑の外にいらっしゃいます。同時に……このような言い方をすると失礼かとは存じますが、スカーレット様には王妃はとても荷が重いです。絶対に無理だと断言できます。ですので、スカーレット様をお娶りになった場合、リヒャルト様は玉座につく意思なしと貴族たちにこれ以上ない形で示すことができますし、何とかしてリヒャルト様に上級貴族の妻を娶らせようとしている貴族たちの思惑を退けることも可能です」


 よくわかりませんが、わたしに王妃は絶対に無理だという点だけは理解できました。その通りです!


「そして、リヒャルト様は神殿と敵対しようとされていますが、その場合、今後神殿の聖女の力を借りにくくなると思われます。ですので、リヒャルト様の側にスカーレット様がいらっしゃれば、リヒャルト様も大変心強く思われるでしょう。……何といっても、その、スカーレット様はお風呂のお湯を『癒しの水』に変化させるほど規格外でいらっしゃいますから」


 ……規格外って、それは褒められているのだろうか?


「最後に、リヒャルト様はスカーレット様と一緒にいらっしゃるとき、とても楽しそうにしていらっしゃいます。憎からず思われているのではないでしょうか。つまり、これは一石二鳥ならぬ、一石四鳥の作戦だと、わたくしは愚考いたします」


 ほとんど理解できなかったけど、妻計画は悪くないってことはわかったからわたし的にはそれでいい。


「じゃあさっそく――」

「お待ちくださいませ。今のまま突撃しても、リヒャルト様のことですからスカーレット様の好意をご遠慮なさる可能性がございます。ですので、スカーレット様から求婚なさる前に、お二人の心をもう少し近づけておく必要がありますよ」


 ……あれ? 仮初妻として置いてくださいと跪いてお願いする計画が、何故か求婚という単語に変換されたよ?


 思っていたのと違うな~と思ったけど、ベティーナさんの協力なしでは計画が失敗する可能性大だ。参謀の言うことは素直に聞いておくべきだろう。だって、わたしは考えることが苦手だ。


「いいですか? リヒャルト様に、スカーレット様と結婚したいと思わせることが、この計画を成功させる鍵でございます」


 うんうん、それはその通りだ。


「そのためには、スカーレット様にはもう少し頑張ってもらわなくてはなりません」

「お薬を作るとかですか?」

「違います」


 即答されて、わたしはむむっと眉を寄せた。

 癒しの力を使うか薬を作るかのどっちかしか、わたしにできることはないよ?


「まず、スカーレット様は今まで以上にリヒャルト様と一緒に過ごしていただく必要がございます。そうですね。例えばですが、スカーレット様からリヒャルト様をお散歩に誘ったり、お茶に誘ったりしてみてください」

「そうしたら妻にしてもらえるんですか?」

「スカーレット様、何事も、回り道の方が実は近道だったりするのですよ」


 ……なぞなぞですか?


「何事も焦ってはいけません。大丈夫です。わたくしがリヒャルト様の様子を観察しながら、適切な指示を出して差し上げます」


 よくわからないが、参謀、心強い‼

 ベティーナさんは、にっこりと微笑んだ。


「エレン様がお帰りになったら、もう少しおしゃれもしましょうね。もともとお綺麗でいらっしゃいますが、磨けばさらに光ると、わたくしは常々思っていたのです」


 妻計画とわたしが着飾ることに何の関連があるのかは不明だが、賢いわたしは参謀には逆らわない。


 ……うん、今度はうまくいく予感がするよ!




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