聖女の出汁は何の味? 1

「お腹すいたぁ~」


 わたしは、わたし自身のつぶやきと、ぐうとなったお腹の虫で目を覚ました。

 寝る前にお腹いっぱいご飯を食べても、朝になるとぐったりするほどお腹が減っている。


 わたしは大きなベッドの上をごろごろと転がって、ベッドサイドの棚に手を伸ばした。

 ベッドサイドの棚の上には、個包装された美味しそうな焼き菓子が置かれている。

 マドレーヌを一つ取ってぺりぺりと包装をはがすと、わたしはベッドに寝ころんだままそれにかぶりついた。


 もぐもぐもぐ、おいしぃ。


 神殿にいたときも朝起きたらお腹が極限まですいていたけれど、さすがにこんなに贅沢なお菓子なんて食べられなかった。夕食のときにこっそりともらっておいたパンを口にするか、それもないときは飴を口に入れるかのどちらかだ。


 聖女は無償奉仕のためお金はないが、聖女にお世話になった人が神殿にお菓子などを差し入れしてくれることがあって、その多くは日持ちのする飴だった。

 そうした飴は近くの孤児院に渡されるのだが、聖女たちにも分配があって、ダイエット中の聖女仲間はお菓子をもらうとわたしに回してくれる。

 おかげで、わたしの部屋には飴の入った瓶がいくつも置いてあって、ご飯やおやつが手に入らないときは飴を食べてやり過ごしていたのだ。


 ……でも、飴だとお腹は満たされないのよね。


 その点、ご飯の神様ことリヒャルト様は、常にお腹をすかせているわたしのためにお菓子を与えて食える。

 ベッドサイドの棚に置いてあるマドレーヌは定期的に邸を訪問する商人から購入してくれたものだ。

 ほかにも、料理長のフリッツさんが作ってくれたお菓子もある。

 フリッツさんはわたしが口に入れるお菓子は全部作ってくれると言ったけれど、まだわたしの食欲の底なしさを充分に理解できていない。そのため、フリッツさんが作ってくれるお菓子では足りないので、ベティーナさんが商人から買っておいてくれるのだ。


 フリッツさんは「早くスカーレット様の『適量』を覚えて見せますよ!」と白い歯を見せて爽やかに言ってくれたので、きっとそのうち、わたしの異常な食欲も満足するくらいのご飯やお菓子が提供されるに違いない。


 ……フリッツさん、ありがとう! そして神様、とってもありがとう!


 わたしの食事の量に合わせていたら食費が大変なことになるんだろうなと思うけど、リヒャルト様は嫌な顔一つしない。

 ここは、感謝の意をしめすためにも頑張ってお薬を作らなくては。


 聖女は薬学にも精通している。

 というのも、怪我や病がひどい場合、薬と併用して聖女の力を使うことがあるからだ。

 だから聖女は、癒しの力の使い方を学ぶとともに薬学の知識も叩き込まれる。

 六歳から神殿で聖女になるべく励んでいたわたしも、例外ではないのだ。


 ……聖女の薬は、普通の薬師が作る薬よりよく効くって人気なのよね!


 聖女は無償奉仕が基本だが、神殿は貴族たちの寄付だけで運営しているわけではない。寄付だけだと運営が厳しいらしいのだ。だから、聖女が作った薬を売ったりもしていて、これが高く売れると聞いたことがあった。


 だから薬をたくさん作ってたくさん儲かると、神父様が行商人を呼んでくれることがあった。

 聖女たちは行商人が持って来た中から好きなものがもらえる。支払いは、薬の儲けの中から神父様たちがしてくれた。

 聖女仲間たちは綺麗な髪飾りとか服とかを選んでいたけれど、わたしはたいてい食べ物ばかりで、行商人が来たときはこれ幸いと日持ちしそうなお菓子を大量にいただいた。

 年頃の女の子なんだから、美容にも気を使わないとダメよ~なんて聖女仲間に言われたけれど、化粧品も髪飾りも服も食べられない。わたしは食べられるものがいい。

 薬の儲けが大きければ行商人を呼んでもらえると覚えたわたしは、暇さえあれば、せっせと薬作りに励んでいたから、薬を作ることには慣れている。


 ベティーナさんにお願いして、商人から薬草を仕入れてもらった。ついでに種も仕入れてもらって、リヒャルト様にお庭の一部をお借りして薬草を育てることにした。

 神殿の裏には薬草園があって、商人からでは手に入らない、日持ちしないものもあると言うと、リヒャルト様が苦笑しつつ育てていいと言ってくれたのだ。

 だからわたしの日課は、薬作りと、庭で薬草を育てることと、そしてリヒャルト様の手配した教師とお勉強をすることである。


 教師の方はベティーナさんの予想通りサリー夫人という六十歳前後のグレーの髪のご婦人だった。彼女は家令であるアルムさんのお母様で、リヒャルト様が王子としてお城で暮らしていたころに教育係の一人を務めていた方だそうだ。


 リヒャルト様がわたしのことを詳しく説明したようで、お勉強の最中にもお菓子を食べていいことになっている。

 お菓子をもりもり食べるわたしを、サリー夫人は最初こそ奇異なものを見る目で見ていたけれど、今ではすっかり慣れたようだ。


 サリー夫人はお邸から歩いて十分ほどのところにある町で娘夫婦と一緒に暮らしているけれど、最近では、手土産にお手製のお菓子を持ってきてくれるようになった。


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