ご飯の神様は公爵様でした 1
「本当に君はよく食べるな」
とんでもなく豪華で、揺れの少ない馬車の中、わたしはリヒャルト様からもらったクッキーをもしゃもしゃと食べていた。
わたしの道中のお菓子に加えて、着替えも必要だろうと、リヒャルト様はいろいろなものを買い与えてくれた。
出会ったときに惜しげもなくご飯を与えてくれたことと言い、リヒャルト様はお金持ちだなあとは思っていたのだが、彼はそれもそのはず、公爵様だったのだ。
しかもただの公爵様ではない。
年の離れた王弟殿下なのである。
……道理で、変な顔をされたはずだわ。
この国で王弟殿下の名前を知らない人間はほとんどいないだろう。
平民の子どもだって、大半が知っているはずだ。
わたしの聖女仲間もたぶん名前くらいは聞いたことがあるはずろう。ただ、わたしはご飯にしか興味がなかったので、聖女仲間たちよりももっと世間のことに疎いのである。
リヒャルト様は国王陛下より二十歳も年下の、二十一歳の若き公爵様だ。
国王陛下の即位に伴って臣下に下ったときにヴァイアーライヒ公爵の名と領地を賜ったらしい。
「食べるのは結構だが、そのリスみたいな顔はどうにかならないのか? そんなに急いで口に詰め込まなくても、クッキーはなくなったりしないだろう?」
わたしは人より食事の量が多いため、急いで食べる癖がついている。そうしないと、みんなの食事の時間に食べ終わらないからだ。
……でも確かに、ここでは急いで食べる必要はないわよね?
今は馬車の中で、そして神殿から出たわたしは、何時までに食事を終えなければならないというルールから解放されている。
わたしはこくんと頷いた。
「失礼しました。ゆっくり食べます」
「そうしてくれ。いつか喉に詰まらせて窒息しそうで見ていてハラハラする」
生まれてこの方喉に食べ物を詰まらせて窒息したことはないけれど、リヒャルト様が言うならそうなのだろう。なんといってもリヒャルト様はわたしの神様である(ご飯の)。神様の言うことは絶対だ。だって逆らってご飯がもらえなくなったら嫌だもの。
「その細い体のどこに、大量の食べ物が入るのだろう?」
「ちゃんとお腹に入ってますよ。ご飯をいっぱい食べると、ほら、お腹がぽっこりするんです」
「やめなさい。年頃の女の子がはしたない」
わたしがお昼ご飯と今食べているクッキーでぽっこり膨れたお腹を強調するようにドレスのお腹部分をさすると、リヒャルト様に顔をしかめられてしまった。
ちなみにこのドレスは、コルセット不要のゆったりしたドレスである。コルセットでお腹をぎゅうぎゅうしめたら満足にご飯が食べられなくて倒れると主張したら、リヒャルト様がコルセット不要のドレスを買ってくれた。いい人だ。さすが神様。
リヒャルト様のヴァイアーライヒ公爵領は、ここから南に馬車で十日ほどの場所にあるそうだ。
これから本格的に冬がはじまるので、領地が南なのはいいことである。その分温かいだろうから。
リヒャルト様は王弟で公爵なので、馬車の周りには護衛の騎士たちがたくさんいるし、身の回りの世話をする侍女の方も、後ろの馬車に乗っている。
侍女のベティーナさんは三十をいくつか過ぎたくらいの外見で、とっても親切な女性だった。
ドレスを買いに行ったときも、あれこれと世話を焼いてくれて、可愛いドレスと下着を一緒に選んでくれたのだ。今食べているクッキーも、ベティーナさんが買ってきてくれたものである。もちろんお金はリヒャルト様が出した。
神殿に来るお貴族様の中には嫌なヤツもいたけど、リヒャルト様もベティーナさんもとっても親切で優しい。
「君がこれからどうやって生活するかについては、私の領地についてから改めて考えよう。聖女が神殿の外に出る場合の多くは結婚だが……、君は結婚したいか? 何なら誰かを紹介してやってもいいが……」
「どっちでもいいです」
「……そうか」
「はい。ご飯がたくさん食べられればわたしは満足ですので!」
「君の、その判断基準は何とかならないのか?」
そう言うが、わたしは食事さえ満足に与えてもらえれば他に文句はないのだ。まあ、わたしに満足な食事を与えることができるという点で、お金持ちと言うことになるのかもしれないが。
「空腹であえぐのは嫌なのでご飯優先です。なんなら……ええっと、しょーかん? というとこでもいいです。ご飯がもらえるなら」
リヒャルト様は「処置なし」と首を横に振った。
「君の結婚問題については今は考えずに置こう。君はいろいろ問題だ。まずは常識を身につけなくては、貴族に縁づかせようと思っても無理だろう」
わたしの答えはリヒャルト様の満足のいくものではなかったらしい。
……神様を困らせちゃった。
しょんぼりとうつむくと、リヒャルト様が優しく目を細める。
「そんな顔をするな。聖女に仕事ばかりさせて一般常識を学ばせなかった国の怠慢だ。君は悪くない」
……神様優しい!
「ほら、そろそろクッキーもなくなるだろう? こっちに木の実のタルトがある」
リヒャルト様の隣には大きな箱が置いてあって、その中にはたくさんのお菓子が詰まっている。全部わたし専用に買ってくれたものだ。
ぱあっと顔を輝かせて、わたしはリヒャルト様から木の実のタルトの入った袋を受け取った。
もぐもぐと夢中で食べていると、「水分もきちんととるように」と注意を受けたので水を飲む。
リヒャルト様はしばらくの間わたしを見つめてから、また同じことを言った。
「本当に君はよく食べるな」
間違いではないので、わたしはこっくりと無言で頷いた。
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