落日のイベリア
宮島織風
第1話
イエス=キリスト生誕より2038年後、世界は黙示録の如く様相を呈していた。レトキシラーデ、東方の賢者が封印を試みた魔獣共は瞬く間に世界を席巻。既にかつて我々の植民地だったブラジル、ペルー、チリなどの南米圏は奴等に飲み込まれてしまった。
そして2年後、その最前線となっているのが大英帝国、アイルランド…そして我が祖国スペインだ。
我々キリスト教徒に残されていたのは、戦うか奴らに食われるかであった。当然、戦うのが主の命である。これは全くの皮肉でもない。
イベリア半島はこの有事に数百年ぶりの再統一がなされ、挙国一致体制が敷かれた。だが、その実態は隣人が隣人を監視し合うと言う超監視社会であった。
もしも少しでも弱音を吐こう物なら、悪魔に唆されたとされて異端審問の後に殺される。楽園へも行けない、そして密告者は徳を積む。だが、その体制を間違ってると言えない。
かつて、太陽の沈まぬ国とされた我々は…落日の後、地獄へと転がり落ちていった。
機械の様に生きるしか、我々には無かった。それでも、それでも俺は…君を守りたい、そう思ったんだ。
………
旧ポルトガル・リスボン沖。
「第二駆逐隊、敵アトラトル型の側面に展開。既に三体を撃破」
「三体だけか…だが、それで被害が減らせるならば構わん。」
「一隻へ槍の投擲!」
アトラトル型は槍を持って猪突する、遠距離戦闘も近距離戦闘も可能なレトキである。
「うわぁぁぁ!」
ぐしゃりと、駆逐艦の船体が槍の重さと衝撃でへし折れた。
「中佐、救援要請です」
「却下、我々にゃ課せられた任務があるけぇのぉ…見つけた、重アトラトルじゃ。総員傾注、お待ちかねの狩りの時間じゃけぇ。我が帝国空軍ラスコー中隊は重アトラトルの撃滅を開始する」
我が国の超古代の洞窟遺跡の名が付けられた中隊は“東方の賢者”こと海護財団よりもたらされた電磁浮遊式フリゲート艦は、敵の投擲するどんなものよりも素早く行動し戦闘出来る。敵の先手を打って撃破することが可能である。
「前衛は突撃路を開く、後衛は背後を守りつつ支援攻撃。レトキシラーデのクズ共は、徹底的に殲滅じゃ」
「「了解」」
侵略しにかかるレトキシラーデの集団に、空軍所属のコルベット艦が迫る。中隊長はパルケル・デ・パサン、副長は俺…ロドリゴ・リバタビアだ。
「攻撃、始めェ!」
15.2センチ砲から小型レトキシラーデに有効打を与える気化弾が速射され、コアに直撃させずとも破裂させて撃破してゆく。
「何やっとるんじゃラスコー6!弾の使い過ぎじゃ!」
「進路上の目標を!殲滅してるだけです!」
「ラスコー1、私が支援します」
「…ラスコー7、了承した。ラスコー2も頼んだぞ」
「…ラスコー2、了解した。全く何で」
「聞こえてるぞ」
ラスコー6とラスコー7の援護を任されたが、隊長…いやラスコー1らは重アトラトル型とかいうふざけた攻撃力を持つ化け物を駆逐する“ラージョカーサ”を行う。
基本的に敵は群体で襲ってくるが、その中核打撃力として機能する。
「隊長殿、包囲されつつあります」
「いや、大将首は目の前じゃないか」
「ギャハハハ、いいねぇ最高だ」
敵が包囲する様に展開するも、57ミリと対空ミサイルで活路を開く。
「捕捉した、沈めェ!」
隊長…いやラスコー1が重アトラトル型を撃滅した。だが、まだ沢山のレトキシラーデがリスボンの沖を跋扈している。
「司令部より通信です」
「どうしたラスコー3」
「至急、帰投されたし。です」
「総員よく聞け、大将首は獲った。これより戦場から離脱する」
だが状況的におかしい。重アトラトル型を失い、突破力が無くなってるがレトキシラーデはまだ沢山いる。彼らでもリスボンを蹂躙して余りある戦力のはずだ。
ここでの退却命令とは、何を考えているのか。
「ラスコー3、何故だ?」
「ラスコー2、どうにもリスボンを捨てて焦土作戦をやるつもりらしい。」
「そうか…」
司令部の指示に軍人は従うしかない。潔く退却しようとしたその時、更に砲の音が響く。
「どりゃぁぁぁ!」
「待て、包囲されてるぞ」
「全部駆逐すれば一緒です」
「もう、目的は果たされてる」
退却の支援、そう考えたら分からなくもないがいくら何でも効力射にもならない弾の無駄遣いをしている。せん妄状態か…。
「ラスコー6は置いて行け、ラスコー7!」
「なんで!?」
「ここじゃ血迷った奴から喰われていく」
「それでも!」
アトラトル型に対して巡航ミサイルをぶち当てる。しかし、退却する自分たちに対して敵は三方向から包囲する形を取る。
「これ以上は限界だ、下がれ」
「こんのぉぉぉ!」
刹那、ラスコー7の船体に敵の熱槍が直撃する。
「うわぁぁぁぁ!?」
「ラスコー7!?」
「ラスコー6、だから言っただろ。俺たちペイル乗りは上に従わなきゃ死ぬと」
「何をやっとるんじゃ!?ラスコー3と4は敵を牽制、その間に…」
ラスコー1が着水する。俺たちは迫るレトキシラーデを15.2センチ砲で漸減、後は残存のミサイル駆逐艦に任せるしかない。
「ラスコー7…」
「隊…長」
「貴方に主の導きあれ」
「…ラスコー小隊に、主の導きあれ」
拳銃の発砲音がこだました。さしずめ、隊長がラスコー7を介錯したのだろう。ラスコー7…いや“アグリッピナ・ローレンツ”の遺体を運ぶ暇など無く、隊長は亡骸ごとラスコー7の原子炉を暴発させる事を決断した。
「そ、そんな」
「誰が蒔いた種だと思っとるんじゃ、とっとと退かんか」
レトキシラーデにはエネルギーが多く見える場所に集まる癖が存在する。人類の叡智の火、原子炉ならば充分敵を集めて道連れにすることが出来る。
「司令部へ、ラスコー7の介錯を行った。ラスコー7の核爆発に巻き込まれない様に艦隊を撤退させてほしい。」
「こんなの…こんなのって」
「メソメソするな。こうするしか、今はこうするしかないけぇのぉ」
そう、こうするしかない。そうやって自分たちの意識を誤魔化していなければ、このトチ狂った戦役なんてものはやっていられない。
……………
……
「ともあれ、偉大なる犠牲があったからこそリスボンは守られた。」
ヌマエル・デ・ソリス首相はいう。彼はこの危急存亡の期にて、イベリア半島を国王の名の下にまとめ上げた偉大な首相である。
だが、俺はあいつの犠牲を偉大とは思っていない。政治家なんぞ反吐が出る、特にあの様な現場の努力も知らぬし省みない癖に知ってる気になっているポピュリストには。
「だが、口に出してはならない」
「…隊長?」
「ちと、読心能力があってのぉ。他人の心の表層程度は分かるが、東の賢者はなんと言ってたか?」
「海護財団…確か、読心能力者はよく居るが高度なタイプは10億人に1人だった筈」
俺たちは、東の賢者-海護財団の職員だ。もっとも、義勇軍と言った方が近いかもしれない。
「ラスコー4、ラスコー6を起こしてきてくれ。ミサの時間だ」
「クックック…承知した」
小隊用の大部屋に戻り、ラスコー4…レープハウト・ポウルを起こす様に命令した。ラスコー4かハウトと呼ばれている彼女は、うずくまっていた。
「私のせいだ私のせいだ私のせいだ」
「ヒャッハー!!」
「うわッ!?」
ラスコー4ことダニエラ・ゴメスにより、レープハウトはベットから叩き起こされたのだった。
「ミサの時間だ!」
「う、うん…分かった」
この、海護財団のタラゴーナ支部にも教会がある。もっとも、この国はカトリックの国でありバレンシア大聖堂がこのバレアレス諸島を管轄している。
もっとも、俺たちの国ではカトリック教会による統一がなされたといっていい。カトリック教会を用いて強引に、監視社会を作ったのだ。
海護財団の内部すらも、それは及んだ。基地の内部に教会を作ることを理由に、海護財団の支部を作る許可を首相は出した。
教会の内部では、ここの基地長すらもひれ伏す事になる。そして、財団との裏協定で基地の内部を教会の荘園とした。
教会の中では、監視カメラが数台あり全員の挙動を監視している。皆が祈っている中、子供が居眠りしてしまった。
「きみ」
「は、はい!司祭様」
「後で告解室にきなさい」
可哀想に、居眠りをしたからにあの少年は鞭打ちか…司祭の欲の捌け口にされてしまうだろう。全く…テルエラ・バルボア司祭も、財団を監視するためとはいえその様な…。
「言ってはならんぞ」
「はい」
………
日曜礼拝が終わり、俺たちもパンやワインを貰い飲み干す。
財団の職員だけでなく、近くの子供達やその親もまたこの教会に来ていた。教会から出る時、あの少年の母親も少年をぶっていた。そして、少年を司祭に引き渡していた。
それを隠れて見ていたら、パルケルに蹴られた。早く行けと。
「機体の整備があるんじゃ、午後はお前も待機しとけ」
俺たちの駆るペイル級コルベットはその機動力はさることながら、体躯に似合わん15.2センチ砲を搭載してる。これでレトキシラーデを駆逐するが、副砲の57ミリでも小型の敵には有効だ。
そして驚く事に、全長60メートル前後の躯体に原子炉を搭載している。というより、原子炉が大砲とエンジンを積んで海や空を行き交うというべきだろうか。
「いつもありがとうな、おやっさん達」
「いやぁ、嬢ちゃん。問題ないぞ」
パルケル隊長が信頼している一人、技官のゴンザレス・ディアスはいう。このイベリアに於いて信頼できる存在は数少なく、彼女を連れて財団に入った彼くらいのものだ。
「嬢ちゃんとランデブーでも行ってこいよ、ロドリゴ坊」
「ランデブーって…」
「構わん、行くぞ」
「お、おいちょっと待てよ」
この日の昼下がり、シエスタが終わった後俺とパルケル隊長の二人での警備任務に入った。
「遅いぞ、速力を少し上げんか」
「わーってる」
逆に、彼女の後ろに立つ方が俺には合ってる。後ろから隊長を支える、それが…彼女に救われた俺のできる事だった。
この日の海は凪いでいた。この地中海でも、珍しいほどに。
「凪いどるな…」
「レーダーに不法移民の船もいない…ってあれは」
「どうしたんじゃ?」
「目視では確認できるが、レーダーでは確認できない船がいる。ラスコー1は周囲の警戒、頼めるか」
「臨検…か、貴様がやった方がいいな」
故障して動けなくなってるのだろうか、岩礁に乗り上げている。だがこの艦、俺らの船と同じだ。海護財団…マルセイユ支部?
「こちらラスコー2、臨検に入る。少なくとも海護財団のペイル級である事は確認した。」
「ラスコー2、続けろ」
近くに投錨、そして小型艇を出す。小型艇といえども、備え付けの水上バイクとゴムボートの2つあるが水上バイクで向かう。
水深が浅い所で擱座している。そうするしかない機関の故障か、はたまた機雷にぶち当たったか。ともあれ哀れだと思う。
「おい、誰かいるか?おい!」
内部では、スパークが所々で起きている。やはり触雷したのか、格納庫区画からやられている。しかし、原子炉は硬い装甲で覆われているのか…と思えば、まさかの通常動力型だ。道理で電磁浮遊装置がない。
そして艦橋に来た。我々のペイル級とほぼ同じである。しかし、操作系は我々のそれとは違う。ふと横に目をやる。そこには、床に頭を強打し昏睡している少女の姿があった。
「キャサリー・グロワール…軍曹なのか」
その少女を背負い、自分の船に戻る。すると、パルケル隊長から連絡が入る。
「ラスコー2、中に人はいたか?」
「はい、一名だけ。今は無人です」
「そうか…基地に問い合わせたが、その船に破壊命令が出た。」
「…重油垂れ流しだししゃーなしか」
艦橋に戻り、手動でキャサリーの艦に照準を合わせる。そして、ラスコー1と共に15.2センチのリニア砲弾を放った。
……………
……
「ここは…?」
監視任務を押し付けられた俺は、即座に本を置きキャサリーに近寄る。
「お前、自分のこと分かるか?」
「…はい、海護財団マルセイユ支部所属のキャサリー・グロワールです。」
「船が擱座していたの、覚えているな?」
「はい、ここは…?」
「…海護財団、タラゴーナ支部だ。」
「よ…よかった。スペインに来れたんだ。あなたのこと、聞いても良いですか?」
「…は?」
「だから、あなたのこと…」
「たっくなぁ…俺はパルケル・デ・パサンだ。」
そこに、壁掛けの電話が鳴った。ラスコー3…チャティ・ロベスからだ。
「パルケル、捕虜が目覚めたんなら連れてこい…と隊長が言っている」
「あー、わかった」
困惑するキャサリーに、どうにかパンと水を渡して飲ませる。そして隊長の前に突き出した。
「素性は分かっていますが…隊長、いかなるつもりで?」
「尋問だ、貴様は何者だ。何をしてあそこに擱座していた」
「私は、キャサリー・グロワールです。えと…海護財団マルセイユ支部第二守備艇隊の一人です。擱座している理由は…触雷して、座礁させて抑えました。」
その船は沈めてしまった。そして彼女は下級士官かつ、得ている情報も少ない。故にマルセイユ支部への交渉にも使えない。
無条件送還が妥当だと思われる。
「…判断は上に回すしかなさそうじゃのぉ」
………
しかし、どうにも喉につっかえる。なぜ「スペインに来れた」などと言ったのか。尋問の後、問うてみた。
「だって、隣の国じゃないですか。それに同じカトリック。そんな国の危機に私はいてもたっても、そう思って財団に入ったのですが…」
ここは、海護財団であって海護財団じゃない。それを、ここで彼女に諭した。
「海護財団じゃ…ない?」
「そうだ。ここは海護財団の施設ということになっているが、完全にスペイン軍の別働隊だ。だから上というのは、スペインの外交部だ」
「それでも、スペインは私の祖国…フランスの友邦です」
「確かにフランスの友邦だ。だが、同時に第三帝国の様な国粋主義的国家でもある。各地の教会を支配に組み込んで、国民から自由をうばった。神の名の下にな」
こいつは、この国の現実…レトキシラーデを相手にした挙国一致体制、という名の独裁国家ということを知らない。
「だから、誰かしらがいる所で変なことを言うな。さもなくば異端として…魔女として、処刑される。」
「…それでも、いいです。私は、皆さんと戦いたい。祖国フランスも守り、スペインのみなさんも守りたいんです!」
「ならばフランス人である事を捨てるしかない、NOC(Non-Official Cover=非公式潜入員)だと疑われるぞ」
しゅんとさせてしまった。そもそも、スペイン自体の現実をこの年端もいかない子供に叩きつけた所で困るのは当然か…。
………
「亡命する!?」
あの隊長であれど、突拍子のないキャサリーの言葉に慄きを隠せない。
「はい、それで…私も戦います。海護財団の、いやラスコー隊のパイロットとして。」
「ラスコー隊を知っていたのか?」
「フランスでも、よく報道されています。スペインが誇る最強部隊だって。もしも、そんな人たちと一緒に戦えるなら、本当に光栄です」
流石に溜息をつく。そして、呆れ顔で隊長が「上に問い合わせる。処遇は、その上で判断する。今の言葉で、最悪強制送還になることも覚悟せぇよ」といってスタスタと歩いて行った。
出る前に、俺に来いという合図を出していたが行くべきか。
落日のイベリア 宮島織風 @hayaten151
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