第8話:彼女は愛おしい。

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美玲の背中を見送ってからの日々はあっという間だった。公私共に美玲がいなくなった穴が大きすぎて毎日必死だった。それでも腐らずにやってこれたのは美玲からもらった言葉のおかげだ。



--張り切りすぎると空回っちゃうから、程々でいきましょ。

--……いつになるか分からないけど、もし、待っていてもらえたなら…そのときは、彼女にしてくれる?



いつ思い出しても狡い。そして愛しい。俺は何年経ったって美玲を忘れることなんてできなかった。



「この記事見た!? 美玲ちゃんったらまた可愛くなったと思わない!?」



灰田が手に持った女性向けファッション誌を見せてくる。そこには優しく微笑む美玲が写っていた。

美玲は夢を叶えた。美玲がデビューしたのは専門学校在学中だった。2年次にデビューし、あっという間にスターの仲間入りを果たした。歌唱力はもちろん、容姿や社会人経験に裏付けされた安定したトークがその人気を支えていた。



「美玲さん超可愛いですよね!? 元気かなぁ…。」

「連絡取ってねぇの?」

「取ってます!」

「取ってるんかい。」



あれからなぜか海野と2人だった昼休憩に桃原と灰田も加わることが増え、最近は4人でいることも珍しくなくなった。もちろん美玲が話題に上がることも少なくない。もはや2人は熱烈なファンだ。



「はい、貸してあげるから読みなさい。見てないんでしょ?」



灰田に押し付けられた雑誌を渋々受け取る。俺は美玲の活躍を全く見ていなかった。厳密には見れなかったのだ。画面や誌面越しの美玲が遠く感じていよいよ手が届かないように思えて、なのにありありと美玲の匂いも温もりも思い出せて、そのギャップでおかしくなりそうだった。俺はどう足掻いても美玲が大好きなのだ。

雑誌に視線を落とすとどうやら新曲リリースのインタビューのようだった。見開き1ページに所狭しと美玲の写真が並んでいる。そのうちの1枚を見て時が止まったように感じた。美玲の両耳に光るピアス。それは間違いなく俺が誕生日にプレゼントし損ねたピアスだった。慌てて記事を読むとそれについて言及していた。



-いつもそのピアスつけてらっしゃいますよね。

毎日つけてます。私のお守りです。

-今回の新曲にも関わるものだとか?

そうなんです。歌詞を書いてくださった方にピアスを絡ませて欲しいとお願いしました。

-彼からのプレゼントとかですか?(はーと)

私の心を救ってくれた人にもらった物です。彼ではないんですけど、最も大切な人の1人です。



何だよ。何だよこれ。俺は会社にも関わらず泣いてしまいそうだった。会いたくて堪らない。どこまでも狡い魔性の女だ。



「お前連絡先知ってんだろ? 連絡しろ。」



海野が俺の肩を叩く。桃原も灰田も呆れたような優しい顔をしていて、それを見てまた少し泣いてしまいそうだった。情けない。だけど俺は待つと決めたのだ。



「俺は美玲が戻って来るのを待つだけだから。」



そう言うと3人はまた呆れた顔をして笑う。美玲の背中を見送ってから3年が経った。もうあの当時の美玲の年齢に追いついてしまった。あの翌日27になった俺は、もう明日の誕生日で30になる。



「私、お2人は絶対付き合うんだと思ってました。」



そう言う桃原は昨年結婚した。今年中に結婚式を予定している新婚ホヤホヤである。



「付き合ってない方が不思議よあんなの。本当バカップルってこういうのを言うんだと思ってたわ。」

「俺もっす。」

「社内全員がそう思ってましたもんね。」



相変わらず余計なお世話である。



「…そういえばそのタイピン受け取った後の黒田は最高だったな。」

「……最悪の間違いだろ。」



腹の上で光るタイピンに触れて俺は苦笑した。



美玲を見送った翌日、俺は27歳になった。なんてことない日曜日だった。強いて言うなら少しだけ物が減った洗面所がやたら寂しく感じたくらいだ。

事あるごとにケーキを食べることだけは忘れなかった美玲は、俺の誕生日だけは祝わずに俺の元を去った。あんなに自分が早生まれであることを恨んだことはない。もしも俺の誕生日がもっと早ければ美玲は俺の誕生日を祝ってくれたんだろうか。ケーキくらいは一緒に食べてくれたんだろうかとずっと考えていた。

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