4

家に着いて早々にキスをする。



「た、けるく、待っ…。」

「なんで。」



今日は風呂になんて入らせてやらないんだと決めていた。変態と罵られようと何だっていい。美玲の匂いが薄れてしまうのを許したくない。



「ゆっくりがいいっ…!」



振り絞られた声についびっくりする。美玲からそんな要望が出てくるなんて珍しい。特にセックスについてなんて、ほぼ初めてじゃないだろうか。



「意識、飛ばしたくない。」



少し潤んだ瞳で見上げてそんなことを言う。普段ならそれだけで堪らなくなってしまうところだが、今日はきちんとセーブできそうだ。悲しいかな欲望よりもセンチメンタルの方が勝っている。



「ごめん。でもそんな発言は狡いと思います。」

「狡くない。考えてることは、多分一緒だから。」



そう言ってしがみつくように抱き着いてくる。微かにその肩が震えているような気がする。…泣いてる?



「美玲?」



そっと顔を上げさせると美玲は無表情のまま涙を零していた。効果音をつけるとしたらハラハラと、だ。静かに零れる涙をそっと指で拭う。



「なんで美玲が泣くの。」



絞り出された声は掠れていた。泣きたいのは俺の方なのに。関係を切ると宣言したのは美玲の方なのに。狡い。やっぱり美玲は魔性の女だ。美玲は無言のまま頬に手を添えてキスをしてくる。



「ごめんね。でも、寂しいものは寂しいから。」

「そんなこと、言う?」



26にもなって、男が情けない。けれど止まらなかった。ポロポロと零れてしまった涙を美玲が拭う。



「ごめんね。」

「無理。」



ギュッと美玲を抱き締めると美玲が頭を撫でてくる。自分も泣いてるくせにあやすような素振りがムカつく。



「好き。」



やっと口にした言葉は温めてきた時間に対して驚く程呆気なく口から溢れた。



「ごめんね。」

「ごめんって何。ずっと側にいて。」



美玲はいつものように「ふふ」と笑って「ありがとう」と続けた。ごめんねってなんだ。ありがとうってなんだ。なんでそんなに余裕なんだ。



「美玲。」

「うん。」

「美玲。」

「ここにいるよ。」



嘘つけ。ここにいるのは今だけのくせに。



「好き。」

「うん。」

「大好き。」

「ふふ、うん。」

「俺、美玲が思ってるよりずっと美玲のこと好きだよ。」

「そうなの?」

「そうだよ。」



間抜けな絵面だ。結局2人してボロボロ泣きながら謎の押し問答を繰り返す。今まで伝えられなかった言葉が次から次へと溢れてきて止まらない。美玲はただ笑って全部受け止めていた。



「まだ恋愛面倒臭い?」

「うん。」

「じゃあ0日婚は?」

「ふふ、しないよ。」



美玲は冗談だと思っているのかもしれないが、俺は全部本気だ。余裕はないが美玲1人くらい何とかなるだろう。美玲は好きなことをすればいい。ただ側にいてくれるだけでいい。誰にも渡したくない。結婚という名の鎖で縛り付けて囲っておきたい。ただそれだけだ。



「じゃあセフレでもソフレでもいいから継続して。」

「ごめんね。」

「無理。」

「ふふ、可愛いね健くん。」

「可愛くない。」



まるで小さな子どものように駄々を捏ねる。けれどもう俺にできることは縋ることしかないのだ。それでも美玲はカケラも揺らいでくれなかった。

お互いに泣いたまま交わる。今までで一番穏やかなセックスだった。



「見て見て!」



一回戦が終わって休憩を挟んでいたとき、美玲が俺の脱ぎ捨てたYシャツを着始めた。



「彼シャツ一回してみたかったの。」

「初めて?」

「うん。ふふ、本当に大きいね。」



ブカブカのYシャツを着て嬉しそうに笑う美玲は可愛くて、でもやっぱり魔性で。付け加えると下着を着けてからYシャツを着てもらった方が刺激が少なくて嬉しかった気もする。



「私、高校ネクタイだったから結べるの。」

「へぇ、まだ結べる?」

「うん。」



俺が床に落としたネクタイを拾い上げると襟の裏に通してサッと結んで見せた。ああ、女性が男性のこういう仕草好きっていうの少し分かったかも。確かになんかエロいな。



「上手いね。」

「3年間毎日結んでたからね。人のも結べるよ。」



なんて口走ってから美玲が失言に気付く。俺の方もつい苦笑する。今度やってもらおうかななんて、その今度はもうこないというのに。腹いせにそのネクタイを引っ張っると美玲が胸に倒れ込んで来る。



「苦しい…。」

「今のは美玲が悪い。」

「ええ…。」

「乱暴にしてごめん。」



そう言いながらキスをして、二回戦を始めた。

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