第7話:彼女は自分の脚で立ち上がる。

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結局そのまま美玲との関係は変わらず続いている。美玲はあの日の翌日には帰宅し、そのまま仕事始めまで会うことはなかった。俺たちの間にデートは存在しないからだ。

睦はといえばさすがに灰田の説教が効いたらしく、年始早々美玲に謝罪しているところを見かけた。迷惑料としてカラオケ代は俺の分も含めて受け取ってくれなかった。


気付けばまた季節は進み、金が目立っていた街の装飾は赤やピンクへ、そして水色へと移ろっていた。来週にはホワイトデーがある。別にただの平日だ。バレンタインは会社側で廃止されたので義理チョコもなければお返しを準備する必要もない。だから俺は休日にチョコレート売り場を物色する必要などないわけなのだが、なぜかこうしてさっきから売り場をウロウロしていた。



「彼女さんへのお返しですか?」



もう何度目になるか分からない問いにウンザリする。世間一般にはそういう名目で購入する男性が大半なのだろうが、そうでない人間もいることを考慮して欲しい。そんな風に卑屈になってしまうのは自分が絶賛悲しい片想い中だからだろう。



「お世話になった人にお礼をと…。」

「なるほど! チョコレート好きな方なんですか?」

「そうですね…。」



先日のバレンタインにはどっさり自分用にチョコレートを購入していた美玲は、1人で食べたら太るからと次々俺の口にもチョコを放り込んだ。正直違いなんて分からない俺だったが、美玲のセンスが良かったのかチョコレートの概念が少し変わった。

…あれをホワイトデーの理由にするにはこじ付けすぎるような気もする。いやでもそれもありか…? 結局考えあぐねた俺は試食をもらって美味しかったものを3つ程購入した。だが同じようなことを考える奴はごまんといるもので、美玲はホワイトデーに誕生日同様たくさんのチョコレートに囲まれていた。



「またモテモテ。健くんよりモテモテだ。」

「はいはい。」



チョコレートを見てご満悦な美玲をいつも通り腕の中に閉じ込める。風呂上がりのフワフワの髪がいい匂いでつい顔を埋める。幸せだ。この幸せも、本当に美玲の宣言通りならあと2週間ほどで終わってしまう。



「どれ食べよっかな。」

「じゃあ俺が買ったやつ食べよ。」



シレッと美玲の膝の上に買ったチョコレートを乗せる。美玲は一瞬キョトンとしてから笑った。



「バレンタインに食べたの美味しかったの?」

「うん。」

「チョコレートは奥が深いみたいだから、ハマりだしたら大変だよ?」



美玲は箱を開けると目を輝かせた。



「可愛い〜! 一回全部開けてもいい?」

「お好きにどうぞ。」

「わーい!」



美玲は次々箱を開けては目を輝かせて笑顔になった。コロコロと変わる表情が愛しい。一緒に買い物に行ったら何かを手に取るたびにこんな風に表情を変えるんだろうか。何かをプレゼントしたらこんな風に目を輝かせてくれるんだろうか。どうしたら、この笑顔をずっと俺に向けてくれるんだろうか。

俺は堪らなくなって美玲の肩に目を押し付けた。美玲は当たり前のように俺の頭を撫でながら「どれにしようかな」なんて楽しそうに言う。



「これにしよ! 健くんはこっち。」



顔を上げると美玲は口をモグモグさせながら俺にもチョコレートを差し出していた。その表情は幸せそうな笑顔だった。それが無性に腹立たしくて、俺は美玲の手からチョコレートを取り上げて適当に蓋の裏に置いた。



「美玲と同じやつがいい。」



そのまま唇を塞ぎ、逃げられないよう手と腕で美玲の頭を固定して舌を捩じ込む。



「んんっ…!」



甘い。むせ返るほどの甘さだ。先程まで美玲がチョコレートを咀嚼していたせいで普段より唾液量が多くて水音が生々しい。



「やっ…。」



チョコレートがなくなって唇を離すと美玲が真っ赤な顔で俺を睨んでいた。攻撃力はほぼ皆無だ。



「普通に食べたかったのに…!」

「俺が買ってきたんだからいいじゃん。」

「そ、そう…だけどっ…!」



美玲が言い返せなくなったのをいいことに、自分の口に新しいチョコレートを放り込んでまた唇を塞いだ。

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