第5話:彼女は泣き虫である。
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少し季節が進み、特に朝方は冷え込みが強くなってきた。朝目を覚ますと腕の中に美玲がいるのは相変わらずだが、最近は寒いのかよりくっついてくる姿に簡単に幸せを感じてしまう。
あと数分でアラームが鳴るのをいいことにその頬に触れると、途端に目が薄っすらと開く。
「おはよ。」
「おはよ…。」
うとうとしながらさらにくっついてくる姿が愛しくて、美玲を抱き締める腕に力を込める。
「温かい…。」
「俺も。」
そのままアラームまでのんびり抱き合う。アラームが鳴った瞬間に切り替えて美玲は準備のためさっさと洗面所へと向かう。結局ベッドから出るのは俺の方が遅いことの方が多い。
ササッと準備を済ませた美玲と朝食を摂って出勤する。何度目になるか分からないが、こうしていると本当は彼女なのでは? もはや同棲では? と毎回思ってしまう。昨晩や今朝を振り返っても、むしろ付き合っていないと言われた方が嘘でしょ? と言われそうなくらいなのでは。
そんなことを思いながら会社の側の交差点に差し掛かった時だった。ギリギリ信号に間に合わず足を止めた。こちら側に渡って来た人たちが隙間を抜けて行く。朝、まだ付けて間もない香水が香る。その瞬間、弾かれたように美玲が振り返った。誰かを探すようにキョロキョロと視線を動かす。一瞬、喉がヒュッと鳴ったような気がした。
「美玲? どうかした?」
「…何でもない…。」
美玲はすぐに笑顔を見せたが、それが取り繕ったものだとすぐに分かった。
「……何かあったら言って。」
往来のド真ん中だが、そんなことは無視してそっと頬に触れた。会社の人間がいるかもしれない。そう思ったが、美玲の方が優先だ。…何だか様子がおかしい。美玲は俺の手を取って頬を寄せた。
「…ありがとう。」
顔色が悪い。体調不良のそれでないことはもう見分けられるようになっていた。美玲が俺に何も言わないのは今に始まったことではない。俺はただ美玲が望むように応えるだけだ。話したいなら聞くし、抱き締めて欲しければ抱き締める。ただ、それだけだ。
結局美玲は何も言わなかったし、俺も何も訊かなかった。けれどその日から明らかに美玲の様子がおかしくなった。
*
「今日、健くんちに帰る。」
そう美玲から言ってきたのは翌週のことだった。あれ以来明らかに様子がおかしいので、こちらからは敢えて声をかけなかった。美玲がこちらに余計な気を遣う状況は避けたかったからだ。
会社だというのに普段キッチリ線引きをしている美玲からこうして言ってきたということは、やはり何かおかしい。お互いトイレに立ったタイミングでのことだった。俺のジャケットの袖口を掴んで俯く美玲はいつも以上に小さく見えた。
「…ん。」
「ありがとう。」
そう笑った美玲の目元には化粧でも隠し切れていないクマができていた。
「…寝れてない?」
目元に触れてそう問うと美玲は目を伏せてしまった。俺はそれ以上は訊かずにそのまま美玲の頭を一撫でした。
「後で。」
「うん。」
オフィスに戻るとその日のタスクに急いで取り掛かった。それでも思うように業務を進められるず、気付けば定時から30分が過ぎていた。遅くなる場合は先に美玲を帰らせるのだが、今日も例に倣って美玲には先に帰ってもらった。
仕事を締めて家に帰ると、美玲はソファで小さく丸まって眠っていた。美玲が使うかもしれないと購入した大きくはないブランケットをかけ、それに体が収まる大きさで丸まっている。ふとその頬に触れようとして気がついた。美玲が何かを抱き抱えている。少しブランケットを捲って思わず笑った。美玲が抱えていたのは俺のスウェットだった。美玲の頬に触れるとその瞼が薄っすら開く。
「ただいま。」
「…健くん…?」
「うん。」
頭を撫でるとパッとその体を起こした。
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