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「美玲さん、お誕生日おめでとうございます!」



9月10日の朝。桃原が始業前のオフィスでそう言うと、美玲は嬉しそうに笑った。



「ありがとう。」

「これ、大した物じゃないんですけど…。」



そう言って包みを渡す。



「ええ、ありがとう! 嬉しい。」

「いつもありがとうございます!」



美玲は嬉しそうに包みを受け取ってそれを大切そうに抱えた。美玲は今日で29歳になった。(声をかけたのは俺だけど)当然のように前日からともに過ごし、1番に誕生日を祝ったのは俺だ。今日もと少し駄々を捏ね、今夜も一緒に過ごす予定になっている。

が、ガッツリ一線は引かれている。



「今日はどこか行かれたりするんですか?」



朝から笑顔で余計なことを訊く桃原を思わず睨みつける。桃原は最近そんな俺にも慣れてしまったようで意に介さずだ。



「ううん。ケーキくらいは食べたいな。」



夕飯に誘ったが、日付が日付なだけに行かないとしっかり断られた。家に来る分には構わないが、夕飯は作るかコンビニでいいと譲らなかった。…ケーキは絶対に買って帰る。



「あ! 私この辺の美味しい所知ってます!」

「本当? メッセージでリンク送って欲しい!」

「ちょっと待ってくださいね!」



なんてリンクを美玲に送るついでに俺にまでリンクを送って寄越す。チラリと桃原を見れば、ついでに「ファイト!」と書かれたスタンプが送られてくる。余計なお世話である。



「こちら側に近付いてきたわね。」



そんなことを言いながら灰田もやって来て何やら包みを美玲に渡す。包みからしてお菓子のようだが、美玲は灰田にも嬉しそうに礼を言って受け取った。



退勤時には美玲の持つ紙袋からは菓子が大量に顔を出していた。随分な人気っぷりだ。



「えへへ、モテモテ。」



そう笑う美玲は可愛いが、俺としては面白くない。結局美玲はその後他の社員からも誕生日を祝われ、コンビニで売っているような安い菓子とはいえそれをプレゼントにと受け取っていた。



「俺もプレゼントあるって言ったら受け取ってくれる?」



そう言うと美玲は「気持ちだけもらっておくね、ありがとう」と綺麗に笑うのだ。拒絶の笑顔だ。先日「何が欲しい?」と尋ねたら「そういうのはいらない」と既にキッパリ断られている。相変わらずガードが固い。



「…ケーキなら買わせてくれる?」

「うん!」



やっと笑顔でそう言われ、かなり不満だが仕方がない。桃原オススメのケーキ屋でケーキを購入して家路に着いた。

本当は美玲に似合いそうなピアスを先日見つけてしまって、気付けば購入していた。大した値段ではなかったので受け取ってもらえるのではないかと思ったが、ここまでしっかり拒否されてしまうと渡すわけにもいかなくて、綺麗にリボンをかけられた箱は寝室の棚の中に仕舞われたままになりそうだ。



「なんで俺はダメなの?」



そう問うと美玲は笑って言った。



「男の人に貰った物は取っておかない主義なの。」

「なるほど。」



平然を装ってそう返したが、本当は鈍器で頭を殴られたかのような気分だった。美玲は俺との関係の終わりを見据えている。それは恋人に昇格するという良い終わりではなく、完全に関係を切るという終わりだ。どうせ捨てるなら貰わないと、そういうことか。だがそんな俺を掬い上げるのも美玲だ。



「私、健くんが一緒にいてくれるだけでたくさんもらってるんだよ?」

「え?」

「物じゃないモノ。」

「物じゃないモノ?」

「うん。ふふ、分からないままでいいよ。」



美玲が優しく笑うものだから、それだけですぐに絆されてしまう。その腰を抱き寄せれば美玲も当然のようにくっついてくる。



「何かあげられてるならいいや。よく分からないけど。」

「うん。」

「誕生日、おめでと。」

「ありがとう。」



そう嬉しそうに笑う顔を見たらああ、好きだなって再認識して…やっぱり俺は美玲から離れられないんだとも認識するんだ。

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