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「これ!」



美玲は鞄から包みを取り出すと顔の横に持ってきた。それは男女問わず誰でも知っているハイブランドの物だった。



「ずっと憧れてた口紅買って来たの、今日給料日だから。」



そう言う美玲がまた可愛くて悶えそうになる。



「いいですね! 美玲さん来月誕生日だし、早めの誕プレですね!」

「そうなの。」

「誕生日? 来月?」



誕生日なんて概念をすっかり忘れていた俺は桃原の発言に目を丸くした。



「そうなんです。いよいよ29になっちゃいます。」

「まだ若いわよ。」

「えへ。」

「玉寄さん誕生日いつなんですか?」

「9月10日です。海野さんは?」



誕生日か。プレゼント…とか何がいいかなんて分かんないしな…。それは本人に訊くか…。飯…くらいなら行ってくれるかな…。繰り広げられる会話を他所に考えに耽っていると、想定外の言葉が耳に飛び込んできた。



「明後日それも見ましょう〜!」



なんて桃原が言う。明後日…日曜日だ。



「何? 女性2人でおデート?」

「灰田さんと3人です!」

「仲良くなりましたねぇ。」

「新入社員と休日に会うなんて、ちょっと前じゃ信じらんないわよ。」



そんな海野たちの会話に驚きを隠しきれない。美玲を見ると、美玲は笑顔で首を傾げた。デートはしないといつも拒否されるのでプライベートでわざわざ会ったことはない。だから普段からかなり緩いオフィスカジュアルではあるものの美玲の完全な私服を俺ですら見たことがないというのに。

端的に言って狡い。しかも日曜に出かけるということは一緒にいられないじゃないか。美玲の交友関係が広がるのは良いことだと思うが…複雑だ。


その後お開きになって、やっと美玲を独占できて少し心が晴れやかになる。いつものように風呂を済ませてリビングでのんびりしながら訊いてみた。



「ねぇ、俺って分かりやすい?」

「ん? んん〜、結構分かりやすいかなぁ。」

「え、そう?」

「うん。あ、今ちょっと仕事詰まってそうだな〜とか。」

「そこ? プライベート的なことは?」

「うーん、分かりにくい気はする。そんなに顔に出ないもん。」

「そう…。」



あれ? これは大丈夫そう? 焦って損した。一先ず俺の気持ちが美玲にバレていることはなさそうだ。美玲は今日買ったらしい口紅を包装から取り出してルンルンしていた。



「何色買ったの?」

「赤! ここのブランドの赤い口紅が似合う女になりたくて。」

「ほう。」

「赤い薔薇も似合う女になりたいなぁ。」

「ふーん。」



赤い口紅も赤い薔薇も美玲には正直不要である。要するにはセクシーな女性になりたいのだろうが、そんな物がなくてもその気になった美玲は十分セクシーだし色気たっぷりだ。先日の姿を思い出すだけでグッとくるくらいには俺には魅力的だった。



「塗ってみて。」

「ええ、他スッピンなのに!」

「いいじゃん。」



美玲は少し悩んだ後、いそいそと洗面所へ向かった。戻って来た時にはその唇は綺麗な赤で彩られていた。



「どう?」

「いいじゃん、可愛い。」

「ありがとう。」



美玲はご機嫌な様子で口紅を鞄に仕舞った。可愛いとは言ったものの、正直可愛い以前にヤバい。自分から提案しておいてなんだが、スッピンで少し幼くなった顔で俺のブカブカな服を着て唇だけ赤く染めた姿はチグハグで、けれどそのチグハグさが却ってエロかった。その時不意に美玲が笑った。



「分かりにくいって言ったけど、こういう時は分かりやすいかも。」

「ん?」

「その気になった時。」



美玲は俺の頬に手を当てるとあの日のように俺を見下ろす。俺はその細腰に腕を回して引き寄せた。



「……可愛いし色っぽい。薔薇も似合う。」

「ふふ、ありがとう。」



美玲の唇が近づいてきて、けれど途中で止まった。



「口紅、付いちゃうね。」



そう言ってティッシュでそれを拭ってしまう。



「せっかく塗ったのに勿体ない。別に付いてもいいのに。」



スーツやYシャツだと少し困るが、スウェットなんて汚れても別に困ることはない。美玲は何も言わずに目を細めて笑った。

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