第4話:彼女は人気者である。
1
どうしてこうなった。華金の居酒屋、俺はテーブルに置かれたお通しとおしぼりをボンヤリと見つめた。今日も美玲とのんびり過ごすはずが、テーブルにはカオスな面子が顔を突き合わせている。
「で、付き合ってんのよねアンタたち。」
灰田がズケズケと無遠慮なことを訊くものだから、つい俺は顔を顰める。
「灰田さんダメですよ、黒田さんは美玲さんに熱烈アピール中なんですから!」
「そうなの?」
「そうですよ!」
なんて余計なことを言うのは桃原だ。それを聞いて俺はますます顔を顰める。何でそんなことを桃原が知っているんだ。隣の海野は無遠慮にそれを笑った。
「帰りたい。」
「まぁまぁ、玉寄さんが来るまで! な!」
くそ。否定するのも面倒臭くて、俺は顰めっ面を取り繕う努力もせずに運ばれて来たジョッキに口をつけた。
気付けば日が短くなり始め、夏も終わりに差し掛かっていた。あれから美玲は灰田と仲良くなりたり、なんと灰田を他の社員たちに溶け込ませることに成功した。休憩終わりのトイレ時に灰田の甲高い声を聞くこともなくなった。
今日は美玲と灰田が飲みに行くと言うので俺の家に帰って来るよう約束を取り付けたはずだったのだが、「じゃあ黒田さんも!」と美玲が言い出し、気付けばカオスな面子になっていた。
それなのに当の本人は少し用事を済ませてくると退勤直後にどこかへ行ってしまい、美玲が来るまでの間はこのカオスな面子と首謀者抜きで過ごさなくてはならなくなってしまったのだ。
「どうする〜? 他の男とかだったら。」
ニヤニヤ笑う灰田を睨みそうになって、代わりに海野を睨む。海野はそれを受け止めて面白そうに笑いながらフォローを入れてくれる。
「虐めないでやってください、灰田さん。」
「黒田の方が美玲ちゃんにベタ惚れなのは見てて分かるけど、付き合ってるんじゃないのは意外ね。」
「え。」
見てて分かるとか言ったか今。
「隠してるつもりだったの?」
灰田が枝豆を摘みながらキョトンとする。隠してるつもりも何も、普通に仕事をしているつもりだったのだが。
「隠せてないわよアンタ。」
嘘だろ。顔を顰めて桃原と海野を見ると、2人も苦笑する。
「隠せてはないですね。ぶっちゃけ新入社員は皆お2人は付き合ってると思ってます…。」
「ぶはは! もう下心隠さなくていいんじゃねぇの?」
隠すとかそういう話じゃない。
--彼氏はいらないんです。
--恋愛は面倒臭くて。
そう笑った美玲の顔が思い出されて血の気が引く。ただでさえ不確かで不健全な関係なのに、この気持ちがバレたら関係が終わってしまうかもしれないというのに。
「さっさと告白したら?」
「……玉寄さんとそういう話しないんですか?」
「しないわね。」
「私たちもしないです。基本美玲さん聞くのが上手なので。」
「そうなんですか。」
告白なんてしたら終わる。大人は学生よりもビビリなのである。大人の恋愛は学生の恋愛よりも明暗がハッキリしやすい分、一度慎重になると慎重になりすぎる嫌いがある。俺の場合は特にだろう。
「私たちでお2人の成就を応援し隊しますよ!」
「は。」
「美玲さんから情報収集します!」
「いや、いらな」
「楽しそうじゃない、私もやるわ!」
「ちょ」
俺の制止も聞かず女性2人で盛り上がってしまう。海野は余計なことは言わないだろうが、シレッとそれに乗りそうだ。「どんまい」と俺の肩を叩く海野は裏切り者として認定ておこう。ちょうどそんなタイミングで美玲がやって来た。
「お待たせしました。」
「アンタそっち座りなさい。」
「はーい。」
灰田に促されて美玲が俺の隣に座る。本当に余計なことを。プライベートだしもういいやと灰田を睨むと、灰田はドヤ顔をする。いやなんでだよ。迷惑だ。
「美玲さんどこ行ってたんですか?」
桃原が美玲に問う。さすがにこれは少しグッジョブである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます