二年後の流れ星 (約束の地)

帆尊歩

第1話  約束の地


「ねえ、流星群の日、ヘブンス園原に登ろうよ」と私は彼に言った。

「やだよ、なんで流れ星見るためだけに。ていうか天体観測とか興味あったっけ」

「一年しか付き合っていないのに、私の何がわかるのよ。まあ確かに全然興味はないんだけれど」

「ならなぜ?」

「よく分からない」

「なんだそれ、一人で行って来いよ」

「ひどい」

「そう言われても俺は行かないから」

「じゃあ一人で行ってくる」


私には、心に浮かぶ言葉がある。

「二年後の流れ星の日に・・・」

その言葉がいったい何処で、誰に言われたのか思い出せない。

二年後の流れ星の日になんなの、その相手が男性なのか女性なのかさえ分からない。

でもその思いはずっと心の奥に降り積っていた。



長野県の南部に阿智村というのがある。

阿智村は山合いの小さな村で、温泉地があるだけの村だった。

他に有名なのは武田信玄が上洛のため進軍していたとき、急な病で死んだのがこの辺りと言うこと。

そしてもう一つは、日本一の星空の里だと言うこと。

何を根拠に日本一なのか分からないけれど、阿智村ナイトツアーなんてことを昔からやっていた。

阿智村の園原地区の山の上、冬はスキー場になる高原がその会場だった。

私が住んでいる飯田市からは、車なら小一時間で行ける。

この二年間、「二年後の流れ星の日に・・・」という。

思いとも。

記憶とも。

言葉とも、思えない何かに縛られていた。

そしてその二年後の流れ星がこの水瓶座η(エータ)流星群だと思った。


ヘブンス園原は山の上のスキー場なので、広大な駐車場とレストランや、お土産売り場が併設された、ロープウェーの駅から登る。

さすがに流星群のピークの日なので、もの凄い人だった。

ロープウェーを降りると、そこは広大なスキー場が広がる。

ここがナイトツアーの会場だ。

私は人混みに紛れて、タダ当てもなく夜空を見ながら歩く。


しばらくして、私の前を一人の男性が横切った。

年は一緒くらいか。

「あの、すみません」と声を掛けられる。

「はい」

「火、お持ちじゃないですか」

「あっいえ、私はタバコは吸わないので」

「そうか、そうでしたよね」

「でもたとえ火を持っていたとしてもここでタバコは」

「そうですね。すみません。今日はお一人で?」

「いえ彼氏を誘ったんですけれど、こんな山の上まで、星だけ見に行くなんて嫌だって言われて」

「で、一人でい来たんですか?」

「はい、ここに、何か忘れ物をしたように感じて。それがなんなのか分からないんですけれどね」

「何かを思い出したんですか?」

「思い出したなんてはっきりした物ではないんですけれど。あなたこそ」

「いや僕はある女性と、ここで会う約束をして」

「へー、で会えたんですか?」

「さあ、どうなんでしょうね。彼女は僕の事を忘れているはずだし、でももしかして来てくれたら一目だけでも会いたいなと思って」

「そんなに、愛していたんですか」と私は軽口をきいた。すると男性は私の顔を穴が開くほど見つめて。

「ええ、愛しています。そして僕は永遠に彼女を愛し続けるでしょう」

「素敵ですね。でもそんなに愛されているのに、忘れるなんて酷い」

「まあ、色々事情がありまして」

「それにしたって」

「彼女はね、言ってくれたんです。たとえ記憶が消されても絶対に、僕の事を忘れないって。絶対に、絶対にと泣きながら言ってくれた。だから僕も、じゃあ、二年後の流れ星の日、水瓶座η流星群のピークの日に、この山の上で会おうと約束したんです。

でも彼女は来ないはずだった」

「なぜですか?」

「全て忘れているはずだから」

「そんな」

「でも、彼女のことが心配で、幸せになれているのか、笑って暮らせているのか、心配で、心配で」

「その女性は本当にあなたから愛されているんですね」

「でもそれも忘れているはずですから」

「きっと会えますよ。アッごめんなさい。なんの根拠もないのに」

「いえ、根拠なら・・・ありがとう」

「いえ私は何も」

「じゃあ、僕はこれで、ここにいてくれてありがとう。お幸せに」

私は照れて下を向いた。

「私こそありがとうございます」と言いながら顔を上げると、その男性はもうそこにいなかった。

夜の闇と人混みにまぎれてしまったのか。

あれ。

なんか、

私がタバコを吸わないと言ったら、そうでしたねと言った。

まるで私がタバコを吸わないことを知っていたかのように。

そして私の顔を見つめて、愛していると。それは私のこと?

いや全然思い出せない、忘れているはずとも言っていた。

私は弾かれるように走った。

あの私の心に降り積った思い、「二年後の流れ星」その約束はあの人としたことだったの?思い出せないけれど、なら、何があったのか知りたい。

教えてほしい。

なぜ私はこんなにもあの人に愛されたのか。

その時周囲から歓声が沸いた。

それは流星群が始まった証だった。

私は大勢の人に囲まれて身動きで出来なくなった。

頭の上には、無数の流れ星が見えた。

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二年後の流れ星 (約束の地) 帆尊歩 @hosonayumu

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