二年後の流れ星

帆尊歩

第1話 別れが決定している恋は辛いのか

2024年の5月。

今年最大のイベント水瓶座η(エータ)流星群のピークと言われた日、彼は短い一生を終えた。

悲しくて。

悲しくて。

私は身が引き裂かれそうな思いをした。

幼なじみだった彼とは、子供の時以来接触はなかったけれど、親同士が仲が良かったので、情報は入ってきた。

彼は生まれつき心臓に病巣を抱えていたらしい。

でも、誰もと言うか、本人すらその事に気付かなかった。

私は流星群に願い事をした。

いったい何を願ったのか分からない、死んでしまった彼の回復なんかもう遅い。

では安らかに旅立つこと?

それも違う。

私の中には幼い頃、彼の事が好きだったという思いだけが残った。

それはあまりに悲しくて。

私は悲しい、悲しい、と流星群に訴えかけた。


次の日目が覚めると、私はなんかよく分からない違和感に気付いた。

まず気付いたのは、スマホが懐かしい。

これは確か三世代前くらいか。

なぜ。

次の表示された日付が2022年の4月だ。

今から二年前?

その時私はなんの疑問もなく、流れ星への願いのおかげと疑わなかった。

部屋に掛かる高校の制服が真新しい。

本来なら二年着古して、擦れて、あっちこっちテカっているはずなのに。

「はやく起きなさい。入学して一ヶ月も経たないのに遅刻なんてかっこ悪いでしょう」母が下から叫ぶ。

学校に行くと腐れ縁の砂羽がびっくりするくらの初々しさで、横に座っている。

本当はもう高三なのに。

二年間で学校を辞めていった子がみんないる。

いや、そんな感慨にふけっている場合ではない。

彼に会わなければ。


「久しぶり」と私は彼に声を掛けた。

彼は私の事を忘れていた。

名前を言って、やっと思い出したくらい。

(あなたは二年後の、流れ星の日に亡くなるのよ。これは決定事項、だから私と悔いなく過そう)なんて言えるはずもなく、私は半ば強引に彼女になった。

付き合って見ると彼は、女心のおの字も理解しない朴念仁で、これでは彼女なんて出来ないだろうと思われた。


それから私達はありとあらゆる所に遊びに行った。

でもそれは、別れを辛くさせているだけという事が分かった。

あるとき、彼とオープンカフェでお茶をしている時に、彼がトイレに行くと言った。

ついでに彼は、自分の空になったカップを捨てるため、カップを持って行くと、そこに彼の痕跡がなくなる。

すると二年後にはこうなると言うことが、否応なく思い知らされた。

私は何がしたいんだ。

二年後にいなくなる彼と付き合うことは、辛いことなのでは?

思い出を作ることは、その別れをさらに辛くさせるだけなのではないか。

終わりが分かっている恋愛は私の心を荒廃させていく、彼を愛せば愛するほど、私の心が疲弊して行くのが分かった。

それは楽しければ楽しいほどに、

でも私は自分に言い聞かせる。

死んで行く彼に思い出を作ってあげる。

それが彼に出来る私の唯一のことだ。

楽しげに笑う彼の横顔を見ていて、泣きそうになるのをこらえながら、これは彼のためなんだと私は自分に言い聞かせる。


2024年の2月。

それは突然起った。

その日はバレンタインデーで、彼に手作りのチョコをあげたときだった。

「ありがとう。ホワイトデーのお返しは期待していてね」と彼が言ったとき、彼は急に胸を押さえてその場に座りこんだ。

その時点で余命は一ヶ月。

分かっていた事なのに、私は大きな衝撃を受けた。

その日からの彼と私の居場所は、病院のベッドとその横になった。


「君と付き合わなければ良かった」と病院のベッドに横たわった彼は言う。

「なんでそんな事を言うの?私がいたら邪魔だった?」と私は不安げに彼に言う。

「付き合わなければ、君を悲しませることもなかった。僕の事なんか思い出さなければ、君の心の負担だってなかった。ごめんね。悲しい思いをさせて。

僕なんか、一人で死んでいけば良かったんだ。君を巻き込むなんて。ごめんね。ごめんね」

「なんでそんな事言うの、私はこの二年楽しかったよ。あなたと再会して本当によかったと思う。だから、この二年を否定するようなことを言わないで」

「僕だって、この人生最後の二年に君がいてくれて、どんなに楽しかったか。

二年前、声を掛けられて、最初は何だろうと思ったけれど、本当にありがとう。でももう僕は自分の事はどうでもいいんだ。君の幸せだけを考える。

そう思わなければ、君を悲しませることが辛くて、辛くて仕方がない。ゴメンね、僕のことなんか早く忘れて」



彼は水瓶座η流星群の始まるころに息を引き取った。

結局歴史はなにも変わらなかった。

私は彼に良い思い出をと思ったのに、彼に心の負担を掛けてしまったのだろうか。

私も、彼と二年後に離ればなれになることが分かっていて笑うのは、辛かったのか。


私は水瓶座η流星群を見上げて思う。

後悔はしない。

たとえそれが辛いことだったとしても、私には他に願うことはなかった。

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二年後の流れ星 帆尊歩 @hosonayumu

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