第21話 鞍馬 狗巻のヒミツ②

「い、いつから狗巻いぬまきも≪視えて≫いたの?」


「物心ついたころから」


「なんで言ってくれなかったの?」


由佳ゆかが≪視える≫ことを言わなくなったから俺も言わなかった」


「私って≪視える≫ことを狗巻に言ってたっけ?」


「言ってた」


「いつ?」


「幼稚園の時」


「そんな昔っ?!」


 由佳は幼稚園の時の自分を思い出そうと、必死に昔の記憶を辿った。


「俺が一条神社いちじょうじんじゃで式神を出して遊んでいたら、由佳が来て、由佳も《視える》っていうから一緒に遊んだのが始まり」


「よ、よく覚えてるのね…。でも、確かにそんなことがあったような…」


 そういえば狗巻とは幼稚園も一緒だったし、自分が一条神社で鬼や式神と遊んでいる時、男の子もいたような気がしたことを由佳は思い出した。


「俺以外に《視える》人に会うのは滅多にないから覚えてる」


「そうなんだ…。ごめんね、狗巻。私、どうしてだか《視える》ことは他の人に言っちゃいけない気がして、だから《視える》ことに関する記憶は忘れようとしてしまっていたのかも」


 通学の為に電車に乗ったふたりは、そんなことを話しながら電車に揺られた。


「わかる。俺もそうしてる」


「でも、式神を使えるなんてすごいね。狗巻はどうして式神が使えるの?」


「家系」


「家系? それってどんな家系?」


「うちは分家だけど “ 安倍晴明あべのせいめい ” の子孫」


「ええ~っ?! そ、そうなんだっ。すごいねっ」


 安倍晴明は、平安時代の陰陽師の第一人者で、たくさんの鬼や式神を従えて、平安京をあやかしから守った偉人だった。

 現在は一条神社に祀まつられ、神として崇あがめられている。


「っていうか、じゃあ、狗巻って一条神社の神様の子孫じゃない」


「そうなる」


「お父さんやお母さんも神様が≪視え≫て、式神が使えるの?」


「いや、父さんも母さんも式神を使えないし、神様も《視え》ない。一族全員が式神を使えるわけじゃない。俺は爺ちゃんが式神を使えた。だから教えてもらえた。爺ちゃんの父、つまり俺の曽祖父も神様は《視え》ないし、式神も使えなかったらしい。爺ちゃんは爺ちゃんの爺ちゃんに式神の使い方を教えてもらったそうだ」


「そうなんだ」


「あと式神を81匹も従えられるのは凄い事らしい」


「え? そうなの?」


 いとも簡単そうに狗巻が式神を操っていたので、由佳は意外に思った。


「爺ちゃんは3匹が限界だった。爺ちゃんの爺ちゃんもそうだったらしい。祖先の記録を辿っても、だいたい皆、3~5匹で、81匹も式神を従えられたのは氏長者うじちょうじゃの安倍晴明だけだったらしい」


「そ、そうなんだっ。狗巻って安倍晴明の生まれ変わりなんじゃない?」


 やや冗談も含めて由佳は言ったが、実はそうではないかと狗巻は言われているらしい。


「へ~っ。すごいねっ。狗巻って本当に安倍晴明の生まれ変わりなんだ」


「安倍晴明は自分が没する時、こう言ったらしい。

 世に悪がはびこり、自分の力が必要になったら、自分はまた現世に舞い戻る」


「えっ? そうなの? じゃあ、今って…」


 狗巻は神妙な面持ちで頷いた。


「また安倍晴明の力が必要な何かが起こっているのかもしれない」


 その言葉に由佳は、はっとした。

 苗蘇神社びょうそじんじゃ一条神社いちじょうじんじゃの神様がおふたりともいなくなっていた。

 これは狗巻が言う「安倍晴明の力が必要な何か」の始まりなのではないか。


「狗巻、このこと、もっと詳しく教えて」


 電車を下りて通学路を辿りながら、由佳は狗巻からいろいろ教えてもらった。


 そして苗蘇神社に続く小径こみちまで来ると、ふたりは通学する高校生の列を離れて小径に入った。

 小径を進みながら、由佳は神様がおられますようにと祈りつつ苗蘇神社までやってきた。


 しかし、そこに神様の姿はなかった。


 代わりと言ってはなんだが、かえでが箒を抱えて佇んでいた。

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