第10話 ニャんとキミが貴船 由佳だったのニャ

『ニャんと。キミが貴船 由佳きふね ゆかその人だったのニャ。それはますます困ったニャ』


「ますます、ですか?」


『そうニャ。願い事の対象となる相手に、願い事をした人のことを言ってはいけニャいのニャ』


 なるほど、と由佳は思った。

 確かに推理小説を読む前に、犯人が誰かわかってしまうと台無しになるように、願い事をしていることがわかってしまっては、願い事自体、元も子もなくなってしまう。


『これは重大な守秘義務違反を犯してしまったニャ。

 ニャんとかしニャいといかんが、この状態では身動きもとれニャいニャ。

 キミ、すまんがとにかく早く助けて欲しいニャ。そういう約束ニャ』


「はい。もちろんお助けします。でもどうしたら良いですか?」


 神様は隙間なく神社に詰まっていて、由佳が引っ張ったところで引きずり出すことはできなさそうだった。


『そこに箒があるニャ。それで神社の周りを掃き清めて欲しいニャ。掃き清められたところならワシは入ることができるニャ』


 なるほど、そうなのかと思い、由佳は早速、箒を拾い上げようとしたが───


「え?! 重い!! 何この箒!?」


 由佳が箒を拾い上げようとすると、およそ箒とは思えない重量があって、由佳はよろめいてしまった。


「こ、この箒、なんでこんなに重いの…!? 柄の部分に鉄の棒でも仕込まれているみたい…!」


 由佳はなんとか箒を拾い上げたが、箒を支えるので精一杯だった。


『実際、その箒には鉄の棒が入っているニャ』


「そ、そうなんですか? でもなんで箒にそんなことを」


『その箒を使っている娘さんは金剛力こんごうりきの持ち主ニャ。凄い怪力でどんな重いものも軽々と持ち上げてしまうニャ。代わりといってはニャんだが、軽すぎると逆に扱い辛いのだろうニャ。それで重りとして鉄の棒をいれているのニャ』


「ええ~!? そ、そうなんですか?! …まさかかえでにそんな秘密があったなんて…」


 しかし言われてみれば由佳は思い当たるところがなかったわけではなかった。

 実は楓は小学校1年生の時に、一条神社で開催されている子供相撲に出場していたのだが、なんと年上の男の子を投げ飛ばして見事優勝したのだ。

 子供相撲を見学していた由佳は、その瞬間を目撃していて、一方的に楓の事を知っていたのだが、高校に入ってそんな楓とクラスメイトになったのはとても奇遇だと思っていた。


『別に驚くことじゃニャいニャ。みんな秘密のひとつやふたつあるニャ。キミだって神が視みえるという秘密があるニャ』


「た、確かにそれはそうですけど…。だからと言って楓の秘密を納得すべきなのでしょうか…」


 由佳は少し釈然としないところもあったが、楓の秘密を受け入れることにした。

 但し、この事は本人が言ってくるまで、こちらからは何も言わないでおこうとも思った。


『それより早くその箒で周りを掃き清めて欲しいニャ』


「あ、はい! わかりました。やってみます」


 由佳は重い箒に悪戦苦闘しながらも、なんとか神社の周りを掃き清めた。

 楓はいつもこの箒を軽々と使っていた。楓の金剛力というのはとても凄いのだと由佳は実感した。


『助かったニャー。これで身体を伸ばせるニャー』


 由佳が神社の周りを掃き清めると神様は行き場がなくて丸まっていた御身体を広げ、その後、大きく伸びをして凝り固まった四肢をほぐされた。


『ああ~。助かったニャ。もう一生このまま身動きができニャいかと、とても心配だったニャ』


 存分に御身体をほぐした後、神様は由佳に1万円を差し出してきた。


「…これは? お賽銭に入れられた1万円ですか?」


『そうニャ。キミ、すまんがこの1万円を願い事をした本人に返してきて欲しいニャ』


「ええ~!? 返す!? 私がですか!?」


『そうニャ。もうこの願いを叶えることはできニャくなってしまったニャ。何せ本人にバレてしまったからニャ。だからお金を返すニャ』


「で、でもどうして私が返すんですか? 神様がご自身でお返しにならないんですか?」


『ワシはこの神社を離れることが出来ニャいニャ。それにキミのせいで守秘義務違反をしてしまったニャ。助けると約束した以上、キミが返して来て欲しいニャ』


「そんな……」


 由佳は少し騙された気持ちになったが、仕方なく引き受けることにした。


「わかりました。では私が代わりに返してきます。

 ですので、願い事をした人が、どんな人だったか教えてください」


『すまんがそれはわからニャいニャ。御社の上で寝ていたので、参拝に来たのが誰だったか確認してニャかったニャ』


「そ、そんな……。せめて男の人か、女の人かだけでもわかりませんか?」


『すまニャいニャ。それもわからないニャ』


「そうなんですか……。それは困りました……」


 一見手掛かりがないように思えたが、しかし由佳は、願い事の中に「おなじくらすの」というキーワードがあったことに気付いていた。


「同じクラスと言っていたので、高校のクラスメイトの誰かだとは思います。ですので明日、学校で「1万円をお賽銭に入れた人~!」って聞いてまわってみます」


『だめニャー! そんなことをしたらその人が願い事で1万円を賽銭箱にいれたことが皆にばれてしまうニャ!』


「ええ~!? だ、だめなんですか!?」


『当たり前ニャ! 神への願い事はその人の重大な秘め事ニャ! それをばらしては絶対にいけニャいニャ!』


 でも神様は私にその秘密をばらされてませんでしたっけ…?と由佳は思ったが口には出さないでおくことにした。


「わかりました。では周りの人に気付かれないように、こっそりその人を探します」


『うむ。そうしてくれニャ。宜しく頼んだのニャ!』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る