29.力の差

  妙な夢を見た。瞳から光沢が消えどこか虚ろな表情をしたノエルに迫られる夢だ。ノエルと判別は出来たが、夢の中の彼女は随分と幼かった。10歳以下だったと思う。

 明らかに自分より幼い少女に迫られて、何時ものような口撃に反抗出来ずにいる夢だ。想像できないくらい強い力で押し倒されたな。馬乗りになったノエルに何か言おうとして目が覚めた。


 なんというかノエルに会い難い。夢の所為なのは分かっているがノエルと話すのが怖いのだ。

 元々彼女に昔の話を聞くと機嫌が悪くなる。それもあってそれ以上追及出来ないのが何時もだ。

 一度だけ言われた事があったな。約束がどうこうと。顔を真っ赤にしてたし、最後の方が声が小さすぎて聞き取れなかった。それが関係しているのかも知らない。約束か。


「起きたのですねマスター。おはようございます」


 ベッドから体を起こすとデュランダルが挨拶してきた。俺よりも彼女の方が早起きだ。


「昨日は愉快な夢を見ていたみたいだな」

「愉快だなんて失礼ですよ!マスターでなかったらもう口も聞いてないです。

でも今の私は機嫌が良いので許しますよ」

「悪かったな、気をつけるよ。それにしても機嫌が良いな。良い夢を見れたのか?」

「マスターってスケベなんですね」


 急に何言ってんだデュランダルこいつ


「すまない。言ってる意味が分からないのだが」

「昨日はあんなに激しく迫ってきたじゃないですか。私とマスターの関係は男女のものでないのに」

「それは夢の話だよデュランダル」

「もう少し話に乗ってきてくださいよ」

「また今度な」


 剣に欲情して迫るほど俺は変態ではないと信じたい。なんというか愉快な夢を見ているな。

 彼女が自我がある事もそうだが、剣が寝るというのも不思議だ。聖剣は神が創った。彼女は誰が創ったのだろうか?

 一度聞いたが製作者は分からないと言っていたな。自我が芽生えたのは最初のマスターが魔力を流した時らしい。神以外が創ったすればドワーフだな。昔から魔道具や魔武器を作っていた筈だ。


「トラさんに話をしに行こうと思う」

「朝食はどうしますか?」

「今は食欲がないからやめておくよ」

「最近は朝食を取らない事が増えていますよ。食べないと力が出ないので出来れば食べてください」

「食べれる時に食べるよ」


 最近は胃の調子が良くないのだろう。朝は特にお腹が空かない。昨日はお酒の方が多かった筈だが。振り返ると体に良くない食生活をしている。朝はともかく昼と夜はしっかりと食べよう。

 デュランダルを手に持ってトラさんの部屋に行こうとしてある事を思い出す。昨日は体を洗ってない上、着替えすらしてない。

 トラさんに会う前に湯浴みをしておこうか。昨日は蓄積をした所為で体を洗う元気すらなかった。彼女は獣人で鼻が効くから匂いに敏感だ。失礼がないようにしよう。宿屋の主人に借りないとな…。





「トラさん、いるか?」


 湯浴みを終えてトラさんの部屋をノックしてから声をかけるが、反応がない。

 宿屋の主人にトラさんが朝の鍛錬をすると言って出ていったと聞いた。湯浴みをしてそれなりに時間が経ったの戻っているかと思ったがまだのようだ。

 この様子だとまだ鍛錬中だろうか。この辺りで出来そうな所は宿屋の裏の空き地だろう。広さもそうだがこの時間ならあそこは静かで集中出来る筈だ。

 そこに居ることを願おう。


 宿屋の主人に挨拶をしてから裏の空き地へと向かう。近付くにつれ、シュッ、シュッと風を切る音が聞こえてきた。

 予想通り此処に居たようだ。直ぐにトラさんの姿が見えた。鍛錬の真っ最中だな。

 トラさんが拳を振るう。風を切る音がこちらまで聞こえる。まるで演武を見てるかのような淀みない動きだ。そのままずっと眺めていたい気持ちになるが今日は他にもする事がある。要件を済ませよう。


「トラさん!」


 俺が声をかけるとトラさんの拳がピタリと止まる。俺に気付いたトラさんが嬉しそうに顔を崩した。


「おぉ!カイルではないか! どうした、俺に会いにきたのか?」

 

 声も嬉しそうだな思いながらトラさんに近付く。鍛錬をして汗をかくからか何時もより薄着な気がする。彼女の胸が見えそうで目のやり場に困る。

 トラさんは逞しい肉体をしているので、鍛え上げた大胸筋かと思ったがしっかりと女性らしい胸だった。柔らかかったなとトラさんとの情事を思い出す。

 いや、今思い出したらダメだろ。邪念を振り払うように頭を振る俺をトラさんが不思議そうに見ていた。


「大丈夫か? 」


 大丈夫です。トラさんを邪な目で見ていただけです。なんて言えないので、さっさと要件を伝えよう。


「大丈夫だ。少し邪念がな…。それよりトラさん伝えたい事があるんだ」

「なんだ、愛の言葉か?」


 違う。ダルといいトラさんといい、どうして直ぐに愛の言葉を求めるんだ? 言った方がいいのか? いや流石にダメだろ。相手が真に受けたら面倒な事になる。


「すまない、愛の言葉ではないんだ」

「そうか!なら要件はなんだ?」


 ダルと違い残念そうにはしていない。


「4日後に町を出発する予定になってる。トラさんにも準備をして欲しくてな」

「そうか、分かった!準備をしておこう」

「前日に教会で集まって方針を決めるつもりだからトラさんも覚えておいて欲しい」

「念を入れるな。魔族絡みか?」

「クロヴィカスと四天王について情報が入ってる。大事になりそうなんだ、それでしっかり話し合おうって事になってる」

「クロヴィカスに四天王か。強大な敵だな。だが、安心しろ。お前たちは俺が守ってやる」


 クハハハハッと豪快にトラさんが笑う。何時もと変わらないトラさんが本当に頼もしい。

 戦闘面では頼ってばかりだ。この人が傍にいる。それだけで安心出来てしまう。

 共に前衛で一緒に闘う事が多い。その為パーティーの中でも特に親交は深いだろう。


 不意にトラさん近付いてきた。何事かと思い見ている内に肩に腕を回されトラさんに抱き寄せられた。


「さっき俺の胸を見ていただろう?」


 急な事で硬直する俺の耳元でトラさんが囁く。艶かしいバリトンボイスが腰がくる。いや、その声よりも内容に思考が停止する。胸を見ていたのがバレた。誰に? トラさんに。 胸を見ていたのが?


 考えが纏まらない。謝った方がいいのか? 素直に打ち明けた方がいいか? 声の響きから嫌がってる様子ではない。変に否定しない方がいいと思う。焦るな。あくまで冷静でいろ。

 ここで焦れば相手に変な意味で捉えられてしまう。前世の母親にAVを見つけられた時でもこんなに焦らなかっただろう。あの時は開き直ったか…。

 ここは素直にいこう。トラさんが相手ならそれがいいだろう。


「トラさんが嫌な思いをしたなら謝ろう。つい目がいってしまった 」

「クハハハ!別に構わんさ。カイルも男なのだな」

「仲間に対して邪な目で見たのは悪いと思ってる」


 パーティーの仲間は全員女性だ。そのうち3人に好意を寄せられているし、ハッキリと返さず返事も有耶無耶になってる。自己嫌悪に陥りそうだ。

 周りが女性ばかりなのもあって視線だったり接し方には気を使っているつもりだったが、見事にバレていたらしい。女性は視線に気付いているとよく聞くが、実際に伝えられると焦るものがある。思春期の子供でもあるまいし。


「カイルに見られるのは良い。それが他の男なら困るがな。だが、責任は取ってくれるんだろうな?」


 責任? トラと肉体関係を持った事のか?

 だがあれはトラさんが気にしなくていいと言っていたな。その言葉に甘えるのは良くないが、トラさんは一度言った言葉を覆す人ではない。別の事か?


「責任?」

「あぁ、責任だ。好いた男にあのように見られたんだ。つい疼いてしまってな。この雌の本能を鎮めてくれるのだろう?」


 鎮めるというのはそういう事だろうか?こんな朝から? 恋人でもないのに?

 なんて返せばいい。下手な言葉は彼女を傷付ける。


「嫌なら抵抗してくれ。違うなら俺の相手をして欲しい。恋人になれとも迫らんさ。

ただ俺がカイルを欲しくて堪らないのだ。可哀想な雌を慰めてくれ」


 何か言いそうになって、喉元まで出かけていた言葉がトラさんの艶っぽい声に止まる。

 抵抗していいと言っていた。嫌なら抵抗すればいい。正直嫌ではないが…。罪悪感を芽生え抵抗する為に少し力を入れてみるが…ん?

 いや、抱きしめている力が強くてほんとに振り解けない。え?こんなに力の差があるのか?

 トラさんが筋力があるのは見た目から分かるが、微動だにしないのだが? 抵抗出来なくないか?

 そうこうしている内にトラの肩に担がれた。


 あー、そんな軽々と。一応成人男性だし、太ってはいないが筋肉は付いてるから一般の人よりは重たいと思うけどトラさんからしたら何て事ないのか…。

 そういえばドラゴン投げ飛ばしてたなこの人。力勝負で勝てる訳ないか。

 というよりこのままでは不味い気がする。


「トラさん!」

「俺とするのは嫌か?」

「嫌…ではないです」


 思わず本音が漏れた。トラさんが満足そうに笑い、そのまま宿屋の部屋に連れていかれた。




 ───トラさんには敵わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る