11.容疑者No.4 格闘家トラさん

 懸念が当たっているとしたら、魔王もまたミラベルが関与した転生者の可能性が高い。

 その場合、なぜミラベルが魔王の正体を知らないのか。そして黙っていたのか聞かなくてはならない。

 最悪の場合、俺は相談出来る唯一の存在を失う事になる。


 いや、待てよ。1つミラベルが魔王を知らない原因が思い当たる。


「デュランダル、確認していいか?

もしかして今の魔王は初代魔王ではないのか?」

「はい。初代魔王ではありません。

今の魔王は前回勇者によって封印された5代目魔王ですね」


 やはり代替わりしていた。今より遥か昔の話だ。

 人間より長寿だから、生きているかと思ったが流石に死んでいたらしい。

 

「初代魔王はエルフによって毒殺されたと記されていましたね」

「毒殺…」

「初代魔王の息子が後を継いで2代目魔王となりましたが、親を殺された憎しみで魔族との闘いは激しさを増したとされます。」


 2年ほど前にエルフの女王が毒によって殺された。犯人は分かっていないが魔族と疑いがかけられている。

 初代魔王の事を考えれば、回り回って返ってきた可能性は高いだろう。


「魔族の事情は分かったがこちらも素直にやられる訳にいかないしな」

「やらかしたのはマスターの遠い遠いご先祖ですからねー

その責任を取れと言われても困りますね」

「そうなんだよな」


 俺も俺で守りたいものはある。

 黙って死ぬ訳にはいかない。


「魔族も長く続く闘いで数を著しく減らしています。魔王がいなくなると姿を隠したりするのはその所為ですね。

現存する魔族は昔ほど多くはないでしょうが、大戦を生き抜いた魔族もいるので手強いですよ」

「反逆した時からずっと闘い続けてる種族だもんな。そりゃ強いか」

「とはいえ数では圧倒的に劣りますからね、奇襲や毒、人質を使ったり数に劣るなりの戦い方をしますので手段を選ぶ事はないでしょう。

決して油断しないように!」

「ありがとうデュランダル。気を付けるよ」

 

 魔族が強い理由が良く分かった。

 戦闘種族魔族と言っても過言ではないな。闘い続けた理由は悲しいものではあるが。

 改めて認識しろ。魔族は狡猾で油断出来ない相手だ。

 数に劣る故に手段を選ばず、この生存競争に勝つ以外に未来がない以上は魔族は俺たち以上に必死だ。

 追い詰めたとしても油断するな。


 ベリエルのような人間に友好的な魔族は稀だろう。


「おや、1階からマスターを呼ぶ声がしますよ」

「本当か?俺は聞こえなかったが?」


 デュランダルが言うような声は聞こえなかったが…。

 念の為、扉を開けて耳を澄ましてみる。


「カイルさん!いらっしゃいますか!お客さんです!」


 確かに聞こえた。宿屋の店主の声だ。


「今向かいますよ!」


 声を張り上げて返事をする。本当に俺を呼んでいた。


「良く聞こえたなデュランダル」

「意外と耳はいいんですよね私」


 どこに耳があるんだよとツッコミのは野暮か?

 とはいえ俺にお客さんらしい。デュランダルと長話をしている内に、夕暮れになろうとしいているがこんな時間に?


 疑問に思いながらデュランダルを片手に1階に降りると、宿屋の店主の横に衛兵の姿が見えた。

 もうその時点で嫌な予感しかしない。


 ───どうでもいい補足だが、俺たちの泊まる宿屋は二階建てだ。1階に幾つかの部屋と、受付。食事を食べるためのスペースがある。

 料理は元は料理人だという店主の妻が作ってくれておりなかなかに美味い。

 俺たちは二階の部屋で人数分の部屋を取っている。お金だけは無駄にあるからな。


「お待たせしました」

「勇者パーティーのカイル・グラフェムさんでお間違いないですか?」


 声をかけると衛兵が一礼して確認してきた。こういったやり取りを過去にも何度もしている。

 何も言わずとも用件は分かってしまった。

 ───勇者パーティーの誰かが問題を起こした。


 基本的に勇者パーティーが問題を起こした場合、その問題を解決してきたのは俺だ。

 金にものを言わせた場合と、頼み事を受ける事で相手に納得して貰っている。

 不幸中の幸いで今まで大きな問題にはなっていない。魔王討伐を皆が期待しているのも大きいか。勇者パーティーでなくなった瞬間がどうなるか考えるだけで恐ろしい。

 そういった経緯から、問題が起きた場合はとりあえず俺に連絡するというのが衛兵の中で広まっているらしい。

 嬉しくない認識だ。


「トラ・ヴィルカス・ヘルスティム・ノーゼンカズラさんが、公園で遊ぶ少年に猥褻な行為をしようとして捕まりました。ご対応頂けますでしょうか?」

「分かりました。対応します」


 ───捕まったのは俺たちの仲間、格闘家のトラさんだ。

 本名はトラ・ヴィルカス・ヘルスティム・ノーゼンカズラ・F・タイガー・ホワイト・シルバーファーク。長いのでトラさんと呼んでいる。

 ちなみにノーゼンカズラまでが名前で、その後がファミリーネームだ。


 勇者パーティーの中で1番捕まった回数が多いのがトラさんだ。

 今回は少年に対して猥褻な行為をしたらしい。もうそのまま捕まっていろよと思ってしまうが、トラさんは強力な戦力である為仕方なく対応する事に決めた。

 魔王討伐を果たしたらずっと牢屋に入れて置いた方が良いと個人的には思う。


 衛兵に一言掛けてから部屋に荷物を取りに行き、その後衛兵に着いて詰所に向かった。

 送り出してくれた宿屋の店主の同情の眼差しが痛かった。


「おぉ!カイルではないか!俺を迎えに来てくれたのか!」


 詰所の中に入れば見覚えのある獣人が嬉しそうに声を掛けてきた。

 彼はトラさん。虎の獣人だ。


 ───獣人について軽く話をしよう。

 大陸の南部に『ジャングル大帝』と呼ばれる国があり、そこに住む住人の9割が獣人だ。

 当初は小さな国であったが、エルフや人間の勢力が魔族の闘いで縮小した時期に、国として大きくなった。

 身体能力が非常に高く、魔法より体術を得意する者が多いのも種族の特徴だ。

 トラさんもジャングル大帝出身であり、多くの格闘家を生み出した名家の出らしい。


 その姿は人の身をした虎と言えば分かるだろうか?

 俺たちと同じように二足歩行、指の数なども全く同じ。虎を人間サイズに落としたような感じだ。

 その肉体は逞しく太ももや腕なんかは丸太のように太い。筋肉の鎧を纏っているかのようだ。

 休息中だったからか鎧ではなく、白いシャツと黒いズボンというかなりラフな格好だ。

 服の上からでもその逞しい筋肉が伺える。


 人やエルフとのハーフの場合、良くアニメや漫画で見かけるような耳や尻尾が生えた人間の姿をしているが、彼の場合は純血なのでしっかりと獣人だ。


 黙っていると厳つい顔だが、俺に対して嬉しそうに笑っているので愛嬌のある大きな猫という印象を受ける。

 もっともその声、外見に見合ったような低く逞しい声だ。

 

「お相手さんは何て言っていましたか?」

「少年の両親は未遂に終わったようですので、賠償金さえ貰えれば許すと言っていますね」

「分かりました。こちらから受け取りください。ついでに保釈金も」

「はい、確認しました。責任を持ってご家族にお渡しします」


 話しかけてきたトラさん無視して衛兵と話を進める。

 今回の場合はお金で解決する問題のようだ。

 持ってきた鞄から相手の提示して金額を衛兵に渡す。ついでに保釈金も渡すが迷惑料も込めて少し多めに。

 今回はスムーズに済みそうだと思っていたら、衛兵さんがあっ!と思い出したように声をあげた。


「そう言えば被害にあった少年が勇者パーティーにお願いしたい事があると」

「迷惑かけましたし引き受けます」

「分かりました。お金を届ける時にその事をお伝えしておきます。詳しい内容は少年から直接聞いてください。

何でも遊び場にゴブリンが出てくるようになって困っているとか」

「ゴブリンの討伐ですね。明日のお昼前に伺うと伝えてもらっても構いませんか?」

「大丈夫ですよ、お任せ下さい」


 衛兵にここが住所ですと、走り書きされたメモを渡されそれをポケットにしまう。

 こちらに一礼してから衛兵が詰所から出ていった。伝言の事もあるから今から向かうのだろう。ご苦労さまです。


「トラさん、明日のゴブリン討伐手伝って貰うぞ」

「おぉ!カイルからのデートの誘いか?

俺はちょうど暇していたから構わんぞ!」


 嬉しそうにトラさんが声を上げるが決してデートではない。

 とはいえ、明日の用事は決まった。

 ゴブリンの討伐。難しい仕事ではないが油断せずに行こう。


 衛兵さんに謝ってから、トラさんを連れて詰所を後にした。





「相変わらず良い尻をしているな!今晩どうだカイル?」


 宿までの道中で尻を触ってきたトラさんに行くんじゃなかったと後悔した。

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