6.容疑者No.3 盗賊ダル

 ───何故、彼女ダルがここに…。

 突然すぎて困惑している。


 いや、俺に何か用があって来たのだろう。

 正直に言って心の準備が出来ていない。サーシャに相談してダルは大丈夫だと思ってはいるが、こうも急に来ると少しばかり疑ってしまう。


 サーシャが魔王でダルがその手先。俺の事を疑ったサーシャがダルを差し向けた。

 それが考えるうる限りで最悪の展開だ。

 とりあえず平常心を保とう。変に緊張していたは相手に警戒していると受けとられる。

 ダルが魔王、あるいは魔王の手先だった場合それは悪手だ。


「ダルか、急にきてどうした?」

「む?我に用事があるのはカイルの方ではないのか?」


 不思議そうにダルが首を傾げた。

 俺がダルに用事?


「どういう事だ?」

「それは我が聞きたい事なのじゃが?」


 なんで? とダルが困惑している。

 彼女が首を傾げる度に腰まで届く赤い髪が揺れた。

 どういう事だ? 考えろ。


「ダル、もしかしてサーシャに言われて来たのか?」


 可能性としてあるのはそれだ。

 もしそうなら俺は覚悟を決めないといけないかも知れない。

 最悪の展開が当たっている可能性がある。


「うむ!サーシャがカイルが我に用事があって探していると言っていてな

あと、これをカイルに渡してくれと」


 やはりサーシャか…。

 俺に渡す物? ダルが腰に巻いたポーチをゴソゴソと漁っている。

 何時もより薄着だったせいか、彼女の胸元が見えそうになって思わず顔を背けた。 


「ほら、これだカイル!

ん?どうして顔を背けているのじゃ?」

「いや、なんでもない」


 ダルが差し出してきたのは二つに折りたたまれた白い紙。

 受け取って開くとサーシャの文字が見えた。


『カイルの事だからどうせ覚悟がどうとか言ってなかなか動かないでしょ?

ヘタレな貴方の為に話せる状況をあたしが作るから覚悟を決めてダルに直接聞きなさい』


 グシャッと思わず紙を握り潰した。

 それを見てダルがビクッとしたが気にしない。

 いくら何でも早すぎるだろ。確かに覚悟がどうこうと言い訳をしていたが、サーシャに相談してから殆ど時間が経っていないんだぞ。

 何て聞こうかとか全く考えてない。せめてこちらに準備する時間をくれ。

 思わずため息が出た。


「カイル?」


 ダルが心配そうにこちらを見つめていた。


「いや、すまない。ダルに用事があったのを忘れていた。

とりあえず部屋に入ってくれ」

「む!我を部屋に入れて何をする気だ?

よからぬ事か?」

「いや、普通に話をしたいだけだ」

「そうか…」


 なんで少し残念そうなんだ。

 部屋に招くと彼女は中に入りキョロキョロと部屋を見渡す。


「我の部屋と大して変わらんな」

「そりゃそうだろ、同じ宿なんだから。

とりあえずそこの椅子に座ってくれ」


 何を期待しているんだ。

 俺の家に招いたならともかく同じ宿の一室だ。多少間取りの違いはあれど基本的なものは一緒に決まっている。


 ひとまずダルに椅子に座るよう託すと、彼女は何故かベッドに座った。

 ───言うことを聞いてくれない!

 彼女は何時もこんな感じだ。なんというか気まぐれな猫を相手にしている気分になる。

 猫科の獣人は既にうちのパーティーにいるのだが…。


 さて、なんて切り出そうか。

 言葉に困る。俺が聞きたい事は彼女のデリケートな部分に当たるだろう。

 今まで魔法を使わなかったのも彼女自身が使ってはいけないと理解しているからだ。

 それでも、仲間の危機にダルは魔法を使った。


 …………。

 迷うな。揺れるな。

 大丈夫だ。ダルは仲間だ。


「えーと、なんだ…」 

「どうした?言いたい事があるならハッキリと言うといい」


 言葉に詰まる。

 こういう所がサーシャに言わせればヘタレなんだろうな。

 俺が聞こうとしている事はダルを傷付けることになる。仲間思いな彼女を傷付けると思うと言葉に出来なかった。

 30秒ほど無言の時間が続いた。


 深く吸ってからふぅーと息を吐く。深呼吸をして落ち着いた。

 ダルは黙ってこちらを見ていた。


「言い難い事だったらすまない。

無理に言わなくてもいい。それでも、もし答えられるなら答えて欲しい」

「我の魔法の事じゃろう、カイル?」

「あぁ、そうだ」


 ピリリとした緊張感が嫌になる。

 俺は昔から胃は強くないんだ。


「その様子だと我の正体について概ね見当はついているのじゃろう?」

「そうだな」


 声が何時もより弱い。表情からも不安の色が見えた。

 彼女に辛い思いをさせてしまった事に心が痛む。

 彼女の言葉から察するに俺の予想は当たっていたのだろう。やはり彼女は魔族の血を引く…。




「そうじゃ、我は魔王に対抗するべく人間の手によって魔物と合成させられた人型の合成獣キメラなのじゃ」 

「いや、それは知らない!」

「冗談じゃ」


 ハッハッハと何時も通りに笑う彼女に毒気が抜ける。

 言い難い事の筈なのにダルは笑っている。


「我は人と魔族とハーフなのじゃ」

「やっぱりそうなんだな…」


 驚きはなかった。


「カイルの知っての通り、魔族の殆どは過去に勇者に敗れてからその身を隠した

我の母も同じように隠れ、そして人の身に扮して生活していた」

「ベリエルと同じように、だな」

「そうじゃ」


 ───ベリエル。

 俺たちが1年前に闘った優しき魔族の名だ。

 彼も同じように人の身に扮して生活していた。旅人に対しても穏やかな表情を見せる彼を魔族とは思えなかった。

 彼に家族がいた事も大きいだろう。妻と1人子供がいた。それも人間の。


 彼は魔族と人間との間で苦しんでいた。

 同族(なかま)の魔族に共に勇者達おれたちと闘えと迫られ、人に付くか魔族に付くかで揺れていた。

 最終的に彼は自分の家族を同族の魔族に人質に取られ、俺たちと敵対して敗れた。

 

 命は取らなかった。短い期間ではあったが彼の人となりを知ってしまったから。

 彼の代わりに俺たちが家族を救おうと奮起した。

 ───最も何もかも既に手遅れだったが。


 ベリエルの家族を人質に取った魔族は既にいなかった。

 代わりに残されていたのは惨たらしく殺された家族の死体だけ。

 玩具として遊んだかのようにその死体は、人の形をしていなかった。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!」

 

 傷だらけの体を引きずって俺たちの後を追ってきたベリエルにとってその光景は地獄だっただろう。

 物言わぬ亡骸を抱き抱え、血の涙を流しながらベリエルは自害した。

 あの時の慟哭は今でも忘れない。


 全ての魔族が悪だとは言わない。ベリエルかれのように優しい魔族もいるだろう。

 それでも大多数の魔族は狡猾で油断出来ない相手だ。彼女の母親はどうなのだろうか。


「我の母はベリエルと同じように人間を愛していた。種族は違えど分かり合えると信じていた」

「優しい心の持ち主だったんだな」

「うむ。人の身に扮し働いていた母は父と運命的な出会いを果たして愛を育んだと聞いておる」

「そ、そうか」


 なんで少し誇らしげなんだ?


「母は父を愛し家族になる事を夢見た。だが、父には既に家庭があった。母は愛人でしかなかったのじゃ」

「酷い話だな」

「うむ。その後は烈火のごとく怒った母と父との間で激しいやり取りがあったらしい。

最終的には王様が2人を仲介して収めてくれたらしいが」

「ん?なんでそこで王様が出てくるんだ?」

「我の父が王様の弟だからじゃ」

「…………」


 待て、ダルの言葉を受け止められない。

 今なんて言った。父が王様の弟?


 思わずマジマジと彼女を見つめる。

 整った綺麗な顔立ちだ。俺の視線に気付いたのか白い頬が少し赤みを帯びた。

 切れ長の瞳は髪と同じ赤い色をしていて、まるでルビーのように美しい。


 赤い髪に赤い瞳。それは俺の所属する国の王家の象徴。王族に連なる者の特徴。


 ───ダルこいつ、王族だ…。

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