第4話

「――ふむ、名前か」


 恋愛の神様を名乗る狐耳の生命体……一応本人はそのように名乗っているのだが、流石にそのまま呼ぶのもなんだか変だし呼ぶのも嫌なので、とりあえず別の呼び名を尋ねてみる事にする。

 すると本人は「ふーむ」と唸った後に首を傾げて見せた。


「いや、我的にはそもそも名前なんて必要とした事がなかったからそのように呼び名を求められるのは結構新鮮じゃな」

「ずっと恋愛の神様って呼ばれていたからか? いやでも学問の神様とかには普通に名前とかあった気がするけど」

「そりゃあそういうビッグネームにはビッグなネームが付いているじゃろうて。我は所詮俗世の片隅でこぢんまりと主張してきたクソ雑魚神様じゃし」


 急に表情暗くするじゃん。


「くっ、古傷が痛む……」

「それで、名前はどうする?」

「そこはちょっとくらい我を慮ってくれても良いと思うんじゃがー」

「俺より上位の存在に対して慮るもクソもないだろ」

「まあ、我的にはマグドを奢ってくれたりしてくれれば喜ぶが」


 安い神様だな本当に。

 俺は溜息を吐きながら投げやりに言う。


「んじゃ、とりあえず「稲荷」って呼ぶ事にするよ」

「安直じゃのー」

「じゃあアイアムネリネリって呼ぶが?」

「一体どこからネリネリは出て来た……」


 じゃあ、普通に稲荷で良いよもうと呆れたように相槌を打つ彼女に対し、「それじゃあ」とようやっと本題を尋ねる事にした。


「それで、鈴奈の事だけど」

「うむ、お主の幼馴染じゃの」

「なんか俺の事を好いてくれているらしい事は分かった」

「良かったのー」

「ただその方向性って言うかベクトルって言うか勢いって言うか、そういう諸々が斜め上にかっ飛んでた」

「斜め上のベクトルの?」

「斜め上のベクトルに」


 ほーん、と分かっているのかよく分かっていないのか判断に困る相槌の打ち方をする稲荷。


「で? とはいえ根本にある感情はそれなんじゃろ? なら問題はないじゃろうて」

「いや、しかしなんかいろいろと物騒なんだよ。正直今後、どのようにあいつと関わっていけばいいか困ってる」

「んー? 別にそこは悩まんでも良いじゃろ。別に何も悪い子じゃなんじゃろうし」

「悪くはないと思うよ、悪い事をした事はそこまで見た事ない」

「なら、何が問題なのじゃ?」

「……普通に、結構重たい感情を持っていらっしゃるみたいで困ってる」

「何故じゃ?」


 じっとこちらの瞳を覗き込んでくる。

 俺はそれに対して「それは――」と返答をしようとし、言葉に詰まる。

 困っているのは、何故か。

 そう尋ねられてしまうと答えに困ってしまう。


「なんで、だろうな?」

「その、お主の幼馴染は少なくともお主の事が好きで。大好きで。そしてそれはお主が予想していたモノとは違っていた感じの感情だったという事か?」

「まあ、好かれているとは思ってもいなかったのは事実だよ」

「確かにそれは驚いたのー」

「そして、思った以上に俺はどうやら好かれているみたいだった」

「確かにそれも驚きじゃな」

「だから、うんまあ。俺は多分、その感情にどう向かい合っていけば良いのか分からなくて、困っているんだと思う」

「じゃろうなー」


 こくりと頷く稲荷は「まあ、一筋縄ではいかんじゃろ」と神妙そうに答えた。


「そも、今まで何を考えているのかいまいち分かっておらんかった奴から向けられる好意というのは、ぶっちゃけ恐ろしいものじゃろう」

「それは、いや。そもそも俺は確かにあいつの事を全く理解出来ていなかったんだろうけど、だけどでも、別にあいつの事は嫌っている訳じゃなかった。好悪で言えば好意的だったと、そのように断言出来る」

「まあ、そこがそうなんじゃろうな。好悪にもタイプがあるじゃろうし、そしてお主が想定していた好意をお主の幼馴染は抱いておらんかった」

「ああ、うん。そうだな」


 そして俺はもう一度「そうだなー」と改めて思う。

 氷室鈴奈。

 俺の幼馴染。

 どうやら俺に対して少なからず好意を向けてくれている彼女。

 彼女に対し、俺はどのような答えを提出すれば良いのだろうか?

 そもそも、彼女の好意に対してどのように向き合えば良いのか。


「……」

「どうした?」

「よくよく考えてみなくても、普通に考えて他人の感情思考を盗み見るのは明らかに悪い事だったなーと今更ながら後悔してる」

「クーリングオフするか?」

「くーりん……いや、そういえばそういうの出来るんか」

「我としては別にどっちでも良いが、どうする?」

「……いや、見てしまった以上は最後までその責任を取るつもりだよ」


 見てしまった以上、今後は見える事を前提で活動すべきだと俺は思う。

 あるいは、見えていないといろいろと不都合が起きる可能性があるような気がする。

 俺にとっても、そして彼女にとっても。

 そうならない為にも、俺はこの力を利用しなくてはならない。


 俺は別に善人ではない。

 そして善人の振りをしている人間は他人からは善人のように思われるという事もまた真であると考えている。

 それこそ悪人でも死ぬまで正しく振舞っていればそれは善人となんら違いないという訳で。


 だから、俺は自分の為にこの力を利用していこうと思う。

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子供の時に結婚の約束をしたクールな幼馴染の心を覗いてみたらヤンデレである事が判明した カラスバ @nodoguro

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